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The Bridal of Sprit

作者: 真攻 魚京

拙作。

The Bridal of Sprit



物音一つしない、静寂の街の夜。

石灰岩が混ざった白亜の壁が美しく、色とりどりに染められた天幕が寂しげに舞う。

中心を流れる小川に近づけば、水の流れるわずかな音が心地良かった。


太陽の光が地平線から漏れて、夜の色を変えていく。

この色が好きだった。黒に青みが増して、放射状に広がっていく色。

街が起きる合図だ。


いつもなら朝市の支度をと商人が働き始め、職人が奥さんに起こされる頃。

しかし誰も家から顔を出さない。煙突から煙も出ていなかった。

きっと、昨日の夜遅くまで宴会が続いたせいだろう。

昨日は街中に音楽が溢れ、笑い声が絶えなかった。

酒を酌み交わす互いの杯がぶつかる音、踊り子たちが舞う軽やかな足音、弦が弾く音とそれに合わせた綺麗な歌声。

全部昨日のことのはずなのに、ひどく懐かしさに包まれるのは何故だろうか。


太陽の光が街を差す。

川の水が反射して、光の粒が踊るように輝く。

白亜の壁が温かさを溜め込んで、夜の寒さを拭っていった。


自身の鼻歌に合わせて、一番好きな舞を踊る。石畳の上を軽やかに。

かつてこの街に訪れた旅人が、街の踊り子に一目惚れして舞の最中に求婚した逸話が残っている。この舞が好きだった。

商人は生涯に渡って愛を捧げ、踊り子は彼だけの時にしかその舞を踊らなかった。

いつしか求婚の舞とも呼ばれ、縁担ぎとして結婚式に好まれるようになった。


両腕の白の飾り布はくるりと回る度に、風に薙ぐ。

後ろに一つにまとめた長い黒髪が、飾り布のように回る。

舞い終わって顔を上げると、家の屋根に止まった白い鳥が見下ろしていた。

思わぬ観客に声をあげそうになるが、姿勢を直して綺麗に一礼をする。

白い鳥は満足したように、飛び去った。


もう二度と見ることのできなくなるこの景色を、愛した街並みを慈しんだ。

この街で生まれ、この街で育った。住人は全員顔見知りで、良い人たちばかりだ。裏通りも野菜の値段も、この街のことなら全部知っている。

決して全てが裕福で幸福だった訳では無い。でも愛されていて、恵まれていたのだけは分かっている。


だから、辞めるなんてできなかった。逃げるなんてできなかった。

これは誇らしく、光栄なこと。

それで、愛した人たちとその生活が守れるのなら。



太陽が一番高くなった頃。

私は神輿に担がれ、森へ行く。凝った絹の白服を身に纏い、薄く化粧をした口元には紅が引いてある。

神輿の後ろには、嫁入り道具を運ぶ荷担ぎの男たちが列を作っていた。

新しい服、細工に富んだ衣装箪笥、高価な石がついた髪飾りに、磨かれた鏡。

この日のために充てがわれた高級品の数々。1つ1つが住人一人の年収を大きく超えているだろう。

神輿の周囲を踊り子が舞い、楽師が音を奏でる。

皆が笑顔だった。

しかし言葉は無い。誰一人として声を発さない、無言の隊列。


やがて森の深部にある泉に、一行は到着した。

透き通った泉の中心には小島があり、その大地のほとんどを一本の巨木の根が覆っていた。

列の最後尾から舟が運ばれ、泉に降ろされると、次々と嫁入り道具が運ばれ、私は最後に乗った。

そして誰かが、そっと舟を押す。


舟はゆっくりと、まっすぐに泉を進んだ。

後ろにいた大勢の人の気配は薄れ、岸から離れて行くにつれて、人は背を向け街へと帰っていく。

これで良いのだ。今生の別れは、昨日のうちに済ませてある。

憂いを残さないため、私はじっと巨木を見つめていた。


やがて舟が小島に乗り上げると、舟先に白い鳥が舞い降りる。


「精霊さま、今日から宜しくお願い申し上げます」


これは人が生涯を捧げるに足る契約。

天災から守り恵みをもたらす精霊の存在は、人々の繁栄の鍵そのもの。

だから精霊に居続けて頂くために、何百年と世話人を捧げてきた。

不死ではない精霊も寿命が訪れ生まれ直す間、何かの器に宿る必要がある。

故に、その器として女性が選ばれてきた。

女性の胎内に、新たな精霊を宿すために。

選ばれた世話人の女性は、ここで精霊と共にあり続ける。

次代の精霊が産まれるのを見届け、精霊が育つのをただ見守る。

誰にも会えず、誰とも会わないまま。

精霊の住処で、見初められた精霊と共に生涯を共にする。


これで良いのだ。

これで、愛した人たちとその生活が守られるのだから。


これは精霊と人との契約。

街のために誰かを捧げる、ただの人身御供の儀式。

精霊へと届ける、花婿という名の生贄を乗せた神輿の隊列。

それを精霊の結婚式と呼んだ。


パッと思いついたワンカットとアイディアを膨らませた短編です。

結婚式と言いながらも、花嫁本人にとっては街のための犠牲となる葬式なのかもしれない。

街や風景の美しさと、結婚式を取り巻く人間感情のアンバランスさ(向こうの住人が見たら何もおかしくはないが、私たちが見たら異国の理解できない伝統のような気味の悪さ)が表現できればな、と思う。

どんな批判も意見も受け止めますので、率直な意見・感想を頂けたら嬉しいです。

ゆくゆくは中編・長編に挑戦したい。

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