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ハインリヒが謝罪をした後、クラーラの生活が劇的に変わった訳ではなかった。元々快適な城生活をしてきたクラーラは、いつもの様に仮の妃としての務めを果たし、自室で宝石装飾をするというルーティンは変わらなかった。

ただ一つだけ変わったことといえば、ハインリヒの態度に刺々しさがなくなった事である。それでもクラーラに甘い言葉を放つ事は彼にとって難しいようで、ぎこちない態度で気持ちの悪い労わりの言葉をかけるだけだった。


「クラーラ、今日は商業会の話し合いに参加して疲れただろう。そ、その、良ければこれから気持ちが高揚するような遠乗りにでも行かないか?」


「申し訳ございませんハインリヒ様。これから王妃様たちとのお茶会があるのです」


「そ、そうか。女は茶会が好きだからな。存分に楽しんで来るが良い」


ハインリヒは明らかに気落ちした様子だったが、全然残念ではない事を示そうと変な笑顔で応えた。


「ハインリヒ様、夕食の後はお時間がありますでしょうか?王妃様にまた新しい文様集を頂いたのです。よろしければまた好きな柄を教えて下さいまし」


「本当か!良いだろう。夕食の後時間をとってやる。あ、あまり食べ過ぎて眠くならないようにな」


この様な感じで二人はエルデン王国の使者が帰った後も、よく一緒に居るようになった。クラーラはハインリヒの隣にいると良く笑う様になったので、社交の場で彼女を見て驚く者が大勢いたという。


ハインリヒはクラーラに対する気持ちが大きくなってしまって悩んでいた。仮の期間が終わる事を考えたくなかった。自室にいる時は毎日の様に頭を抱えていたハインリヒを見て、ある日痺れを切らしたようにテオが話しかけてきた。


「殿下、これからどうしたいのかおっしゃってください」


「どうしたいかだと?どうもこうもこのまま私はヴェロニカ姫と結婚するだけだ。婚約を申し込んだのは私なのだからな」


「誰も結婚の話だとは言って無いのですが」


テオからそう言われたハインリヒは、顔を赤くした後ふてくされた様にそっぽを向いてティーカップに口をつけた。


「そんなに結婚の事で悩んでおられるのですね。本当はどうなさりたいのですか?このままヴェロニカ姫と結婚したいのですか?でしたら毎日毎日変顔で椅子に鎮座しなくても良いですよね?本当の所どうなのです?私には教えてくれますよね?」


笑顔でぐいぐいと迫ってくるテオに敵わないハインリヒは、観念した様に話し始めた。


「本当は・・・本当はヴェロニカ姫との結婚は望んでいない。このまま彼女と、クラーラと一緒にいたいと思っている」


「はあー、うちの殿下は本当にクズですね。自分から婚約を申し込んでおいて違う女性と一緒になりたいと。しかもその女性に散々酷い態度を取っておきながらですよ。これには私もドン引きです」


「そ、そんなのわかっている!わかっているからこんなに悩んでいるのだろう!私はどうしようもないクズだ。本当にな」


ハインリヒは立ち上がって大声で怒鳴った後、だんだんと声が小さくなり、今にも泣き出しそうに椅子に座った。


「わかってるなら良いのです。人の気持ちをわからない人間には育ててませんからね。それでも殿下は散々色んな方々を振り回してきました。それは自覚ありますね?」


「ああ、わかっている。自分にロリコンだと暗示をかけて方々に迷惑をかけた。とても褒められた事ではない」


「そうですね。振り回された方はとても良い迷惑でした。でもちゃんと改心なさるなら、殿下にも希望は訪れるでしょう」


「希望だと?」


「そうです。まずは国王陛下に今の事を伝えてみてはどうでしょうか?陛下も殿下にはお心を砕いて来られましたから」



次の日、ハインリヒは自分の父親にこれまでの謝罪と本心を伝えた。それで国王から帰ってきた言葉はどれもハインリヒの度肝を抜くものであり、話し合いが終わった彼はしばらく放心状態だった。それから後に会ったテオに、ハインリヒは怒号を放った。


「婚約して無かったではないか!」


ハインリヒとヴェロニカの婚約の事実は無かったのである。当時ハインリヒの様子が少しおかしいと感じていた国王は、ハインリヒが幼い姫に求婚した直後、マレーナ王に謝罪と事情を説明し、求婚をなかった事とした。そしてヴェロニカと会わせない様にし、ハインリヒが真っ当になる様クラーラと結婚させたという事だった。

この結婚についての事情はハインリヒとクラーラ以外の近親者はみな知っており、知らないのは二人だけだった。


国王も適当にクラーラを選んであてがったのではなく、妃選びは抜かりない調査と国王と王妃による面接があった。その事を勿論クラーラは知らなかったが、厳しい選考後に選ばれたのが彼女だったのである。


クラーラに真実を伝えなかったのは、万が一二人が別れなければならない程険悪な仲だった時の保険だった。仮の結婚と伝えておけば、もし別れることになっても彼女の心理的負担が少なくなると考えての事だったのである。それでも離縁してしまえばクラーラは様々な目で他人から見られる事になる。そのため慰謝料という意味も込めて、多額の支度金が贈られることとなった。

勿論クラーラの家族には事実が伝えられているが、家族はこの件を諸手を挙げて喜んだ訳ではなく、殊更クラーラの兄は難色を示した。しかし意外にも真実を伝えられていないクラーラが一番乗り気だったのである。


ハインリヒがクラーラと結婚してもヴェロニカを望むのであれば、国王自ら諭すつもりだったが、そうはならないであろう事を国王は予想していた。ハインリヒが愚か者ではないと国王は信じていたのである。彼が信じた通り、ハインリヒは自分を省みてクラーラと一緒になる事を望んだのだ。


「そうですよ。あんな気持ちの悪い求婚は無かった事になったのです。国王陛下が取り消してくださって良かったですね。殿下」


テオはいつもの様にニコニコしながらきつい事を述べた。


「クラーラ様には殿下が誠意を持って説明してくださいね。許してくださるか分かりませんけど」


「わかっている!」


そう言い放ったハインリヒはクラーラの元へ急いだ。彼の目にはもう迷いは無く、その眼差しは力強く輝いていた。




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