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エルデン王国は、ハインリヒがクラーラと結婚した後はしばらく大人しかったが、近いうちにリスネシア王国を訪問したいとの申し出をした。
必ずその時に何かしら仕掛けてくるだろうとリスネシアの王達は考えていたが、訪問を断る理由はどうしても見つからず、申し出を受ける事になった。
何が起こるかわからないから必ず二人で仲良く行動する様に言われたクラーラとハインリヒは、エルデン王国の厄介な客が帰るまで部屋にいる時以外は一緒に行動した。
ハインリヒはクラーラにぎこちない悪態をつくものの、周りからは仲良く見えるよう配慮していた。
庭園でお茶を共にして仲の良さをアピールしようとなった時、ハインリヒは服のポケットから小箱を取り出してクラーラに渡した。
「それはこの前の、礼、だ。ありがたく受け取るが良い」
クラーラが箱を開けると小さなウサギの形をした白い布の様な物が入っていた。
「それは湯で湿らせて目に当てると気持ちが良いものだそうだ。いつも作業してばかりで目を使っているのだろう。目が悪くなってしまう前にそれを使えば良い」
「ありがとうございます。私の目を気遣ってくださったのですね。ウサギ・・・可愛いです」
ハインリヒは随分と可愛い物が好きなんだなと思うと、クラーラはフッと笑ってしまっていた。
「な、何を笑っている!言っておくがウサギの物しか無かったのだからな!ウサギは多産で縁起が良いからとは全く思ってないぞ!」
「わかってます。でも、ありがとうございます。殿下」
「そ、そうか。なら良いのだ」
ハインリヒはふんっと鼻をならし、もう残ってない紅茶を飲むフリをした。
「こちらにいらしたんですねえ。ハインリヒ様、私も混ぜてくださいませんか?」
明かに異質な存在が割入ってきたので、二人は声のした方を向いた。エルデン王国の姫であるアディーレだった。その後ろには、彼女の叔父だという男性が立っていた。
「なかなかお会いできなくてとっても寂しかったですわ。クラーラ様と仲の良いふりをするのは疲れませんか?私は全て知っていますのでそんな疲れる事はしなくても大丈夫ですよ?」
アディーレは独特の重たい口調でハインリヒに迫った。
「ふりなどしておらぬ。私とクラーラは親密だ」
ハインリヒは吐き捨てるようにアディーレに言うと、クラーラの手を引いて彼女を庇う様に立ち上がった。
「ふふふ。本当に無理をしなくても良いんですよ。ハインリヒ様は幼い女性が好みなのを知ってますよ。クラーラ様はお綺麗だけど大人っぽいです。でもそれじゃあハインリヒ様の好みではありませんよねえ?それに比べて私は小柄だし幼い女の子だと思いませんか?」
「クラーラは確かに大人の女性だ。だが誰がクラーラを好みではないと言った?クラーラは手先も器用で思いやりがある器量の良い女性だ。そんな彼女を私が愛さないはずはない」
ハインリヒはそう言ってクラーラの手を握りしめた。少し痛い手の感覚は、その時のクラーラにとっては不思議と心地よく感じられた。だからだろうか。普段ならば黙ってやり過ごしていた彼女だが、その時はハインリヒを助けるべく体が動いたのである。
「ハインリヒ様はとても優しいお方です。冷たいと言われてきた私にも、毎日根気よく話しかけてくださいました。私の様な者にも気を遣って贈り物をしてくださる大切な人です。どうか私達の仲を割く様な事はしないでくださいまし」
そう言ってクラーラはハインリヒの隣に並んだ。二人の握った手は一層強くなっていた。
二人からたて続けに惚気を聞かされたアディーレはしばらく呆気に取られた後に、ハッと我に返った。
「や、やっぱりラブラブなんじゃない!どういう事なんですのおじ様!簡単に仲違い出来るって言ってたじゃないですか!」
アディーレは小声で叔父に話しかけた。叔父は気まずそうな顔をしながら、ハインリヒ達に聞こえないよう小声でアディーレと言葉を交わした。それからすぐ後アディーレは、こちらの様子を伺っているハインリヒとクラーラの方を向き優雅なお辞儀をした。そしてアディーレとその叔父は、踵を返して少し歩いた後に脱兎の如く走り去っていった。
「足が速い方々ですね」
「そうだな」
クラーラとハインリヒはしばらく手を繋いだままだったが、テオがニコニコしながら二人の元に歩いてきた時、ハインリヒが急いで手を離した。
クラーラは離された手の温度が冷えていくのを不思議と寂しく思った。
エルデン王国の厄介な客は、その日のうちに帰って行った。手紙ではしつこく結婚を迫ってきた彼らだったが、実際の外交には向いていないようだった。こうしてあっさりとリスネシア王国の危機は去って行ったのである。




