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クラーラは感情を表に出すことがないため、心の冷えた娘だと認識されている。しかし彼女をよく知る家族や友人は、心が冷たいなどとは思っていない。興味を持つものに関しては、クラーラが表情豊かになる事を彼らは知っていた。
滅多に出ない社交の場でクラーラが微笑むのはとても少ない事だが、その光景を見てしまった者はしばらく見惚れてしまうという。
クラーラはリスネシア王国が成り立った当初から名を残している侯爵家の娘であるが、その家は経済的危機に陥っていた。余計な出費を抑えるため、お金がかかる社交の場には必要最低限しか参加出来ない。
ドレスも装飾品も、なかなか新しい物は買えない状況だったが、その事についてクラーラは特に悲しいとも思わなかった。
クラーラが16になる年、彼女の兄はなんとか経済難を解決するべく、試しに領地の山を掘らせたところ、アメシストが産出したのである。それをきっかけにアメシストの加工や売買で財を増やしていこうと家族が団結した。
クラーラも自分にできる事を模索するうち、加工された宝石を使って手鏡や箱に装飾する事に夢中になった。アメシストだけでなく他の宝石も必要としたが、その完成度は高く高額で売れたため、兄はクラーラに他国から買い上げた多くの種類の宝石を与えて存分に作らせた。
それから2年が経ち復興も軌道に乗ってきた頃、大金と引き換えに第二王子の仮の妃になって欲しいという依頼がクラーラに来たのである。
リスネシア王国の王子であるハインリヒは、見目は端正だが、王太子である兄とは違って少し残念だと認識されている。何が残念かというと、学力や性格なども兄に比べ劣っているのだが、一番は彼の性癖だという。
ハインリヒは現在23歳だが、7年前にマレーナ国の8歳になるヴェロニカ姫に求婚をしたのである。この件はハインリヒに憧れを抱いていた女性達を幻滅させた。
こうして口には出さないものの、人々はハインリヒをロリコン王子として生温かい目で見るようになった。
そのような王子になぜ仮の妃が必要になったのかというと、エルデン王国の姫をハインリヒの妃にという申込が絶えず届いているのだという。
エルデン王国は不祥事だらけの王族から権力を奪った貴族が現国王となっており、近隣諸国からは様子見として距離を置かれている。そんなエルデン王国はなんとか近隣諸国と繋がりを持ち、他国の王族の血を取り入れたいと、まだ独り身のハインリヒに目を付けたのだった。
リスネシア王国としてはハインリヒに婚約者がいるとエルデン王国には伝えてはいたが、それでもまだ結婚していないことを理由にあれこれ話を持ち込まれた。ハインリヒが求婚したヴェロニカ姫は婚姻できる16歳まであと一年あった。それまでなんとしてでも自国の姫と結婚をさせようと躍起になっているエルデン王国を恐れたリスネシア王は、自国の娘を仮の妃にと考えたのである。
この様な事情を使者から聞いたクラーラは、仮の妃の件について二つ返事で引き受けた。
「仮とは言っても、実際に結婚するのだから仮の期間が終わればお前に来る縁談は減るだろう。それにもしかしたら本当にそのまま妃になる事もあるかもしれない。見返りはとても大きいけど、それだけ困難な案件だ。クラーラ、少しでもためらいがあるのなら受けなくていいんだ。我が家はもう安定してきているからお前が無駄な犠牲になる事はないんだよ?」
クラーラの兄はこの件については乗り気でない様だった。昔から仲の良い兄妹だったので、可愛い妹が不幸になる様な事は避けたかったのだろう。
「仮の期間が終われば、その後の私の縁談が難しい事も、その他の色々な痛手がある事も理解しています。覚悟は出来ています。この申し出を受ければ、家に大金が入り、お兄様の事業ももっとやり易くなるはずです。仮の期間が終わりましたら私を装飾師として雇ってくださいまし」
クラーラはそういうと、使者から詳細な事柄を聞き始めた。クラーラの兄と父はこうなってしまったら娘を引き止める術は無いことを知っているので、クラーラが仮の妃になる事を受け入れた。そして仮の期間が終わったら、また家族として一緒に暮らす事をクラーラに約束した。