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第6ページ

「へ?」


 今度は、俺が素っ頓狂な声を上げる番だった。


「お前……男じゃ、ないの?」

「違うよ! ほら、よく見てみなよ! ボクの耳、ちゃんとピンと立ってるでしょ! 〈犬人種〉はこれが女の子の証なの! それも知らないの?」

「……あ、アハハ、まさか! だってお前、「ジャック」なんて男らしい名前なのに女って」

「そ、それはあだ名だよ! 本名は、その、ボクにはちょっと可愛らし過ぎるからあんまり言わないだけで……とにかくっ、ボクは本当に女の子なの!」

「またまたぁ。たしかにお前は女の子と言っても通じるくらいユニセックスな顔と声だけども、そう言い張るにはちょっとばかし体に起伏が無さ過ぎるだろう」


 俺の意地悪な物言いが気に障ったのか、ジャックが気色ばむ。


「なっ? 失礼な! 服とローブ越しだからそう見えるだけだよ! 脱いだらちゃんと女の子らしい体型だよ! こう見えても結構グラマーさんなんだからね、ボクは!」

「へぇ。じゃあ、ちょっくら体調べさせてくれよ」

「ななな、何言ってるのさ! そんなの嫌に決まってるじゃん!」


 顔を真っ赤にして抗議してくるジャックに、俺は追い詰めるように続けた。


「おいおい、人の体を触ろうとした奴のセリフじゃあねぇな。それとも、そんなに嫌がるってことは、お前の方こそやっぱりウソ吐いてるんじゃないのか?」

「なっ……じ、上等だよ! そんなに言うなら見せてあげるよ! ほら、好きなだけ調べればいいだろ!」


 いよいよ引っ込みがつかなくなったらしい。ジャックが半ばヤケクソ気味にそう叫び、羽織っていたローブを無造作に脱ぎ捨て、着ていた服の胸元をガバッと開けた。


 果たして、そこからちらりと顔を覗かせたのは――――見まごうことなき、柔らかそうな双丘の谷間であった。


「…………マジでか?」


 ほ、本当に立派なブツが付いていやがった。

 それも結構どころか、グラビアモデルもびっくりのナイスバディじゃねーか! こいつ、めっちゃ着痩せするタイプだったんだな……。


「あの…………なんか、ごめん」

「……改めて、自己紹介するね? 僕はジャック、十七歳。トレジャーハンターとして旅をしている、〈犬人種〉の『女の子』だよ。フフフ、これからよろしくね……変態放浪作家さん?」


 そう言って微笑むジャックの目は、少しも笑ってはいなかった。


※   ※   ※


 酒場を後にした俺達は、今晩の寝床を求めて村の宿屋に向かった。

 村には三軒ほど宿屋があったのだが、その内馬車を留めておける所は一軒しか無かったので、特に迷わずに済んだ。


「えっと……上着、歯ブラシ、予備のペン、水筒に、それからこっちでの通貨……」


 ひとまず部屋で落ち着くことにした俺は、〈アイベル大陸〉に来る際にミネルヴァから貰ったナップザックの中身を確認していた。


 ザックには最低限の日用品と、こっちの世界の通貨――ジャックに教えて貰ったところによると、路銀にして約一か月分の額らしい――などが入っていた。


 いやいや、本当に最低限だな。あとはどうにか現地調達をしろってことなのか?


「はぁ……まぁ、仕方ない。とりあえず、装備も確認できたところでさっそくこの村を探索するか」

「村を見て回るの? じゃあボクも一緒に行くよ」


 と言うジャックと共に、俺は宿を出発する。


「いやぁ、それにしてもえらくのどかな場所だなぁ。周りは自然で一杯だし、空気も澄んでいるし、俺の住んでいる所とは大違いだ」


 穏やかな昼下がり。レンガや石畳などで舗装されていない道を、荷車や農工具を担いだ人々や走り回る子ども達なんかが行き交っている。なんとも牧歌的な光景だ。ファンタジーRPGなんかでよくある「最初の村」とか「始まりの町」みたいな雰囲気がムンムンする。


「さて、まずはどこに行くかな?」


 俺が宿の従業員に貰った村の地図を広げると、ジャックがツンツンと肩を突いてきた。


「それなら、まずは市場に行かない? 弓矢みたいな飛び道具とか、足りなくなってきた武具の素材を買い足したいんだ」

「そうだな。ここではどんな物が売られているのか、ってのも紀行文のネタになりそうだ。それにしても、武具じゃなくて『武具の素材』を買いたいっていうのは、どういうことだ?」


 地図に書いてある道を頼りに歩き出しながらそう尋ねると、ジャックがおもむろに腰に差していた短刀を抜いて、俺に見せてきた。


「そりゃ、ボクは《鍛冶職人》だからね。武器や防具は自分で使う物も売って路銀を稼ぐ為の物も、全部ボクが一から作るんだ。このナイフもボクが作ったんだよ。良い出来でしょ?」


 ジャックが得意そうに見せびらかしてくるナイフは、なるほど持ち運びに最適なサイズな上に、素人目にもそれとわかるほど良く切れそうだった。本当に自作なら、かなりの腕と見える。


「へぇ、そりゃ確かに凄いとは思うけど……でもお前、トレジャーハンターなんじゃなかったのか?」


 こいつはさっき、自分のことをそう言っていたような気がするのだが。


「たしかにボクはトレジャーハンターだけど、ボクの『スキル』は《鍛冶職人》なんだよ」


 何? スキル? またわからない単語が出てきたな。


「ああ、これも知らない? うーんと、ボクも詳しいことは知らないけど、『スキル』っていうのはまぁ、簡単に言っちゃえば『生まれ持った才能』のことだよ。持ってる『スキル』は数も種類も人それぞれで、皆自分の『スキル』を生かした仕事や生活をするのが普通なんだ。中には特定の種族にしか持てない、変わったものもあるみたいだけど」


「生まれ持った才能? 自分が何の才能を持っているかなんて、そんなのわかるのか?」


 俺のこの質問はある程度予想していたのか、ジャックは手早く肩に掛けていたバッグの中から何かを取り出す。出てきたのは手鏡のようなものだった。


「それは?」

「『スキル』を占って、決める道具。ここに顔を映すと、その人にどんな『スキル』があるのかがわかるんだ。一つあげるから、ちょっと見ててね?」


 言って、ジャックが手鏡を俺に向けた。


 本来顔が映る部分に、ゆっくりと白い靄のようなものが立ち込める。さほど時間が掛からない内に、手鏡にうっすらと文字が浮かんできた。


 ほほぅ、つまりこれが俺の「スキル」。生まれ持っての才能、ってわけか。今まであまり気にしたことは無かったが、いざわかるとなるとなかなかワクワクするモンだな。


「ええと、なになに……?」


 浮かんできた文字を読んでみる。

 そこには白い文字でただ一言、《物書き》と書かれていた。


 ……おお、やったぞ、物書きだ! 俺の「スキル」が《物書き》とはな。これは嬉しい。フフフ、やっぱり俺にはそういう才能があったんだなぁ。いやいや、参ったねこりゃ。


 などと浮かれているのも束の間、にわかにジャックが眉を顰めた。


「えぇ!? シバケンの『スキル』って、これ一つしか無いの?」

「あ? それが何かマズいのか?」

「いや、マズくはないけど……相当変わってるっていうか、かなり残念な人だね、キミは」

「な、何だよ? 何が言いたいんだ?」


 大仰に溜息を吐きながら、やたら可哀想なものを見るような目を向けてくるジャックに、俺は少しムッとして再度尋ねた。


「人が持っている『スキル』っていうのは、普通はもっと沢山あるんだよ。少なくとも五つくらいはね。例えばボクなんかは、《鍛冶職人》の他にも《大工》とか《パン屋》とか《調香師》なんかがあったよ。で、そんな風にいくつかある中から身に着けたいものを一つ選んで、自分の『スキル』にする。それが普通なのさ」

「それじゃあ、元々一つしか『スキル』を持っていない俺は……どうなるんだ?」


 憐れみ、というか、もはやちょっと小馬鹿にしたような目をして、ジャックがきっぱりと言い放った。


「選ぶ必要なし。物書き以外のことは何をやろうとてんでダメ、ってことじゃないかな?」


 えぇ……何だよ、それ。それはそれでなんか傷付くんですけど…………。


 ふんっ、畜生め。「もしかして《勇者》とか《大魔術士》みたいな凄い『スキル』があるかも」とか、ちょっとだけ期待していた俺が馬鹿みたいじゃないか。


「ま、幸いキミは元々、物書きって仕事を選んでいたみたいだし? これからも大人しく放浪作家をやってれば良いと思うよ。《物書き》っていうのが、実際にどんなことができる『スキル』なのかは、知らないけどね。……っと、ぼちぼち市場が見えてきたよ」


 手鏡を見つめながら不貞腐れている俺の横で、ジャックが前方を指差した。


 そこにはたしかに商店らしき店が集まっていたが、そのほとんどが露店形式で数も十店舗前後といった、市場というにはいささか規模の小さいものだった。下手すると高校の文化祭の模擬店通りの方がまだ活気があるくらいだが、一応ここが、この村のメインストリートらしい。


「じゃあ、ボクは必要な物を買いに行ってくるから、シバケンも一通り見て回ってきなよ」


 市場に足を踏み入れるなり、ジャックはそう言ってさっさと人混みの中へ入って行ってしまった。


 ……仕方ない。なら俺も、言われた通り適当にぶらついてみるかな。


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