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少年の奮闘と、あと俺が奇跡的に目立ったミスをしなかったことのお陰で、どうにか盗賊たちから逃げおおせてから馬車で進むこと十分弱。
少年の今晩の目的地であるという小さな村に辿り着いた。村の入り口にあった木製のアーチには「ウィペット村」と書いてある。
「それじゃ改めて……ボクの名前はジャック、ジャック・ラッセル。〈アイベル大陸〉中の遺跡や史跡を探検する為に旅をしている、トレジャーハンターだよ。よろしくね」
まだ正午を少し回った頃だろうかという時刻なのにも関わらず、既に多くの客で賑わっている村の酒場。その一番隅っこの方で、俺達は席を取っていた。
「トレジャーハンター?」
「そう! 世界中の遺跡を探検して、数々の危険を乗り越えながらお宝を追い求める冒険家、それがトレジャーハンター! トレジャーハンターは、子どもの頃からのボクの夢だったんだ!」
にわかに爛々と瞳を輝かせ何やら熱弁するジャック。なるほど、そんな職業も普通にあるとはさすが異世界。この〈アイベル大陸〉は、地球よりはいくらか夢のある世界らしい。
「俺は真柴健人。さっきも言ったが旅の物書きだ。こちらこそ改めてよろしくな、ジャック」
「マシバケント? ふ~ん、変わった名前だね。なら『シバケン』って呼んでいいかな?」
「シバケン……だと?」
なんてこった。まさかこんな場所で、小学生時代のあだ名で呼ばれるとは思わなかったぞ。
「…………かつてその名で俺を呼んだ奴が五人いた」
「……何か始まった」
いきなり真面目くさった顔で五本の指を立てる俺に、ジャックが訝しげな顔をする。
「その内一人は謎の死を遂げ、二人は失踪。残りの奴らがどうなったか、わかるか?」
訝しげな表情は崩さないまま、ゴクリと唾を飲むジャック。
「ど、どうなったのさ?」
「フッ、知れたこと…………謎の死を遂げたんだよ!」
「なっ! …………って、じゃあ最初から『三人死んだ』でいいじゃん! 回りくどいよ!」
「まぁ、そういう意見もある」
「っていうか、絶対ウソでしょその話!」
「ああ、ウソだ。いま即興で考えた作り話だよ。なにしろ俺は作家だからな」
しれっとした顔で俺が嘯くと、ジャックが脱力気味に頬杖をついた。
「はぁ……さっきはうやむやになったけど、やっぱりキミはどうも胡散臭いなぁ。『旅の物書き』っていうのも、いまいちよくわからないしさ。本当に、何者なんだい?」
一層疑わしそうにそう訊いてくるジャックに、俺はおおまかな説明をしてやった。
この〈アイベル大陸〉の文化などを調べる為に旅を始めたこと、それを紀行文としてまとめ、一冊の本を書くこと、など。
「異世界から来た」なんて言えばまたぞろ胡散臭がられると思ったので、そのことについては「ド田舎から来た」というありがちな説明で済ますことにはしたのだが。
「ふんふん。それじゃあ、旅の目的はボクと似たようなものなんだね?」
酒場のウェイトレスのお姉さん(ウサギ耳の美人!)が持ってきてくれた飲み物を一口飲んでから、ジャックが一応は納得したという風に頷いた。
「まぁ、〈アイベル大陸〉中をほっつき歩く、って点ではな」
俺も飲み物に口を付けて答えると、ジャックがうんうんと頷いた。
「そういうことならさ、しばらくボクと一緒に旅をしない? 実はボクも遺跡探検の旅は始めたばかりでね、一人じゃちょっと心細いと思っていたところなんだよ。同行者は多い方が、さっきみたいなトラブルに遭遇したときも安心でしょ? 勿論、無理にとは言わないけど、さ」
どうかな? と言って、ジャックがフサフサの尻尾をゆらゆらと揺らす。
ふーむ。確かにさっきみたいな連中が普通に蔓延っているのなら、俺一人で旅をするのはかなり危険かも知れない。三日ともたず、何らかの形で二階級特進してしまうことは確定的に明らかだろう。
なら、俺としても旅仲間ができるのは願ったり叶ったりだ。断る理由も、べつだん思いつかないな。
「オーケー。なら一緒に行こうぜ、ジャック。旅は道連れ、ってな」
「ありがとう! よろしく頼むよ、シバケン!」
ああ、結局その呼び方で決定ですか、そうですか。まぁ別に良いけど。
「それにしても……」
賑やかな雰囲気に包まれる酒場を見回して、俺は尋ねた。
「お前もそうだけど、なんだかあっちもこっちも亜人種だらけだな。さっきから人の姿が全然見当たらないんだが……この村は亜人種が多い村なのか?」
俺の質問に、ジャックがきょとんとした顔で返す。
「人って、〈人間〉のこと? そんなの、王都からも都市からも遠いこんな小さい村にいるわけないじゃないか。キミ、本当に田舎から来たんだね」
「ん? どういうことだ?」
「あのね、キミの故郷では知られていないのかも知れないけど、〈人間〉っていうのはこの〈アイベル大陸〉に住む色んな種族の中でも、一番珍しい種族なの。そんでもって〈人間〉たちは王族とか貴族とか、まぁいわゆる上流階級な人がほとんどで、基本的に王都周辺とか大都市とか、王国内でも中心地にしかいないんだ」
「ほぉ……人間が希少種族、ねぇ?」
なるほどな、道理で右を向いても左を向いても亜人種だらけなわけだ。
けど、それは面白いことを聞けたな。早速、紀行文のネタになりそうな話じゃないか。
俺は左腰に装備していた赤本(仮名)からページを一枚抜き取り、ブックホルスターに一緒にしまってあったペンで今の話を書き記していく。メモメモ、と。
「何してるのさ?」
「メモを取ってるんだよ。後で紀行文としてまとめる為にな」
「きこーぶん……って?」
「知らないか? 簡単に言えば、旅の記録をまとめて本にした物、だな」
「ふーん。こんな話、〈アイベル大陸〉じゃ誰でも知ってることだし、本にしたところで誰もわざわざ買わないと思うけどね。そもそも、本自体が高級品だし」
「別に売る為に本を書くわけじゃないからな。いいんだよ」
それより、こっちじゃ本は高級品なのか。現地での資料集めは、なかなか難しいのかも知れないな。これも、一応メモしておくか。
でこぼこのテーブルの上で本を下敷き代わりに俺がメモをしていると、その様子を興味深そうに見つめていたジャックが、不意に質問してきた。
「そういえば、キミの種族をまだ聞いてなかったよ。あ、ちなみにボクは見ての通り犬の獣人、〈犬人種〉だよ」
「ああ、俺は〈人間〉だよ。亜人種じゃないんだ」
途端に、ジャックがクスクスと笑い出した。
「アハハ、まさか! こんな所に〈人間〉がいるもんか」
「本当だって。ほら、お前らみたいに獣耳が生えていたり尻尾が付いているように見えるか?」
俺は腕を広げて体全体を見せるが、ジャックはいまだ信じていないようだった。
「またまたぁ。こんなみすぼらしくてクセ毛の〈人間〉がいるなんて聞いたことないよ」
「クセ毛関係無いよね!? はぁ、わからない奴だな。なら一体どう言えば信じるんだよ?」
「じゃあ、ちょっと体を調べさせてよ」
はい? こいつは何を言っているんだ?
「本当に亜人種じゃないか確かめるんだよ。ぱっと見じゃわからない所に特徴がある亜人種だっていっぱいいるからね」
「おいおい、調べるってまさかボディチェックする気か? 冗談じゃない。おい、こら、近付いて来るな。こっち来んな。セクハラだぞ?」
俺の制止の声もお構いなしに、ジャックが立ち上がって歩み寄って来る。
「せくはら? 何を言ってるのかわからないけど、そんなに嫌がるってことはやっぱりウソ吐いてるんじゃないの?」
「おい、ふざけんなよ。何が楽しくて男に体をまさぐられなきゃいけないんだ。俺にその手の趣味は無い。そういうプレイは他所でやれ」
席から腰を浮かせ後退しようとしながら俺がそう言うと、
「はぁ?」
今までで一番素っ頓狂な声を上げ、ジャックが片手で顔を覆った。
「呆れた。キミ――――ボクのこと、男だと思ってたの?」




