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ひゃっほい、マジかよ。獣耳だよ獣耳。更にフサフサの尻尾まで付いちゃって、しかもどう見ても作り物には見えないぞ。
「小説やおとぎ話に出てくるような世界」とは聞いていたが、飛ばされて早々、当たり前のように亜人種にでくわすとは……
本物の異世界は伊達じゃねぇな、おい。
とか何とか考えながらマジマジと獣耳を鑑賞していると、再び御者の声が飛ぶ。
「ちょっと! ボクの話、聞いてるのかなぁ!」
今度は馬の手綱を握り締めたまま、御者の人がこちらを振り返った。
声の感じからそうかなとも思っていたのだが、顔立ちを見るにどうやら俺と同い年くらいの少年だったようだ。少女のものと言われても納得するほどの鈴を転がすような高い声に、俺とは違い生気に満ち溢れている整った顔。「美少年」とは、正しくこいつのような奴のことを指す言葉なのだろう。
「あ、わ、悪い。ちょっと気になることがあったもんでな。で、何の話だっけ?」
「キミは一体どこの誰で、いつの間にボクの馬車に乗り込んで来たのかって聞いてるの!」
時折チラチラと前方を確認しながら、獣耳の少年が三度問い掛けてくる。
「俺か? 俺は、えっと……趣味と仕事と、その他諸々の事情で旅の物書きをやってる者だ」
異世界から来ました、などと言って通じるかどうかわからなかったので、俺は取り敢えず端的に自分の素性を明かすことにした。
「旅の物書き? キミ、旅人なの?」
「そうだ。今までは『ワナビ』と呼ばれる旅人として、『ラノベギョー海』という大海原を旅していたんだが、最近この〈アイベル大陸〉を『ガチで』旅することになったんだ。よろしくな」
「わ、わなび? らのべぎょ……よ、よくわからないけど、とにかく旅人なんだね。それじゃあ、後ろのあいつらの仲間ってわけじゃあないんだね?」
困惑気味に確認しつつ、少年が疾走する荷馬車の後方を指差した。
何のこっちゃと思って、俺も後方を振り返ってみる。十メートルほど間隔を開けた場所に、俺達が乗る荷馬車を追いかけるようにして、数人の男が馬を走らせていた。
「おお、あいつらも亜人種か? 獣耳もいるし、顔がまんま獣の奴もいるなぁ。もっと近くに寄ってくれればちゃんと見えるんだけど。是非ともキャラ描写の参考にしたい」
「なに呑気なこと言ってるのさ! 近くに寄られたらマズいんだよ!」
「なんだお前、あいつらと競争でもしてるのか? 負けたら一杯奢るとか?」
切羽詰まった様子の少年とは反対に、俺が冗談めかして肩を竦めるのも束の間。
「――違うよ! 盗賊に追われてるんだ!」
少年が叫ぶや否や、荷台の床、俺のすぐ足元に何かが飛んで来て深々と突き刺さった。
…………矢、だった。
「……マジでか」
いかに自分が空気を読めていなかったのかをようやく理解し、俺も遅ればせながら慌てふためいた。
飛ばされて早々、当たり前のように盗賊出現とか……やっぱ、本物の異世界は伊達じゃねぇな、おい。
「うわっ! あいつら、とうとう射ってきた!」
「お、おい、どうするんだ。このままじゃマズいんじゃないか?」
「だからさっきからそう言ってるじゃないか!」
「おいおい勘弁してくれよ! 何が悲しくて旅の初っ端から盗賊に殺されそうにならなきゃいけないんだ。物語の冒頭にインパクトのあるシーンを入れるのは、確かに小説のテクニックの一つではあるけれども、だからってリアルにそれを再現しなくても良いだろうに!」
「わけわからないこと言ってないで、何とかしてよ! 馬車が穴だらけになっちゃう!」
何とかしろったって、一体どうすりゃいいんだ。飛んで来る矢を全て撃ち落とせとでも言うのか? そんな神業ができるのなら、いっそ馬車から下りて盗賊たちを直接ぶっ倒しに行った方が話が早い。
「荷台にいくつか盾が転がってるでしょ? それでなんとか矢を防いで!」
動かない俺に痺れを切らしたのか、少年が指示を飛ばす。
色々な物が積まれている荷台には、たしかに丈夫そうな盾が何枚か置いてあった。それくらいなら、俺でもどうにかできそうだ。
「よしきた」
俺は飛んで来る矢を警戒しつつ、素早く手近にあった盾を両手で持ち上げて、
「とても重い!」
……一秒ともたず、持ち上げた盾を取り落としてしまった。
「ええっ? ウソでしょ? そんなに重くないよ!」
「いやいや、ダメだこりゃ。めちゃくちゃ重いわ」
「ボクでも片手で持ち上げられるよ!? ねぇ、本気でやってる? ふざけてるんじゃなくて?」
「やってるけど、さ! ……はぁ、やっぱり無理だ」
再度挑戦してみるが、やはり俺の腕力では到底持ち上がらない。
言い訳っぽく聞こえるかも知れないが、俺が運動不足ということを差し引いたとしても、この盾はちょっと重過ぎる。
「な、情けない……そんなんで今までよく旅人やってこれたものだよ」
感心一%、呆れ九十九%といった感じで溜息を吐くと、少年がやにわに立ち上がった。
「もういいよ、交代! 防御はボクがするから、キミは操縦してあいつらを引き離して!」
「操縦? ば、馬車の操縦なんてしたことないぞ?」
「時々ムチを鳴らして、あとは手綱を握ってるだけでいいから!」
言うが早いか、少年が身軽な動きで荷台の方に乗り移ってきた。入れ替わるようにして、俺も慌てて操縦席に座り手綱を握る。
チラリと後ろの様子を伺うと、少年がさっきのクソ重い盾をあっさりと持ち上げ、勇敢にも次から次に飛んで来る矢を悉く防いでいた。まるでアクション映画の主人公のようだ。
「お前、凄いな。俺なんか持ち上げるのすら一苦労なのに」
「別にっ、こんなのっ、大抵の人ならっ、普通にできる、よっ!」
答えながらも確実に矢をはたき落としていく少年。それなりに大変そうではあるが、まだまだ余裕が見える。
「なぁ、こっちからも反撃した方がいいんじゃないか? 見ている限りじゃ、お前なら盾で防ぎながらでも攻撃できそうだけどな」
「そうしたいところだけど、あいにく今は飛び道具の在庫を切らしてるんだ。投げられる物っていったら、威嚇用の小さい手投げ爆弾くらいしかないよ」
「それを投げるのはダメなのか?」
「どうせ避けられるのがオチだし、威力だって多少地面をへこませる程度しかないんだよ」
いくらアクション映画みたいな展開だろうと、いくら舞台が異世界だろうと、そこはやはり現実。
そう上手くはいかないものらしい。現実が厳しいのは、どこの世界でも一緒ってわけだ。
「リアルなんてクソゲー、とはよく言ったモンだな…………」
「ほら、ブツブツ言ってないで、ちゃんと操縦してよね!」
少年の指示に従うままに、俺は慣れない手付きで荷馬車を走らせた。




