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「てやぁぁぁ!」
元気の良い掛け声とともにジャックが振り下ろしたハンマーが、ガギンッ! と鈍い音を伴いながら、眼前の魔物が咄嗟に構えた腕の甲殻を打ち砕いた。
「よしっ! これで三体目だ!」
ジャックは重いハンマーを軽々と肩に担ぎ、割れた甲殻を拾って満足げな笑顔を浮かべてから、脇でその様子を本を片手に眺めていた俺に文句を言う。
「ねぇ、ちょっと。そんな所でぼさっとしてないで、少しはボクの素材集めを手伝ってくれてもいいんじゃないかなぁ?」
「いいかジャック。何度も言うが、俺を戦闘要員の頭数に数えても意味がないぞ? お前もよく知っているように、俺はただのしがない放浪作家。ペンは握れても剣は握れないんだ。俺が前線に出るのはなんか違う。そう、歌手より前に出ちゃうバックダンサーくらい、なんか違うんだよ。わかるだろ?」
「いや、全然わからないんだけど……」
釈然としないといった顔で首を振るジャック。
まぁ、たしかに少しばかり情けない話ではあるかも知れないが、それでも俺は伝説の魔剣の使い手でも、女神の守護を受けた選ばれし勇者でも何でもない、普通の男子高校生なのだ。
「フッ、あんなゴツイ見た目のモンスターなぞ、この俺の相手できるような敵じゃない」
「カッコイイ風にそんな情けないこと言わないで欲しいなぁ。あのね、ヨロイガニは全然強い魔物じゃないんだよ? 二、三人集まれば、村の子どもでも追っ払えるよ?」
そう言ってジャックが顎で示す方向には、天井の所々から差し込む陽の光によって明るく照らされている洞窟内を、のそのそと緩慢に動き回る何体かのカニに似た魔物。
見た目はアルマジロのように鎧の如く固い燐甲板に覆われた、人間の子どもほどの体長を誇るでかいカニである。が、その威圧感充分な外見とは裏腹に、言われてみればそこまで気性が荒い性格でもないようで、奴らは襲い掛かって来るジャックはともかく、傍らで無防備に座っている俺の方には特に何もして来なかった。
ガルムやドラゴンといった凶悪な前例の所為で考えたこともなかったが、一口に魔物といってもその生態はまちまちらしい。
「キミも見てたでしょ? あいつらはこっちから攻撃しても、ただ防御するだけで、特に反撃はしてこないの。だからそこまで危険じゃないんだよ」
「う、う~む、たしカニ一理アルマジロ…………」
「でしょ? だからほら、シバケンもいつまでも戦えないなんて開き直ってないで、ちょっとずつでも特訓した方が良いって。ボクもちゃんと色々教えてあげるからさ、ね?」
いらぬ世話を焼こうと、ジャックが座り込む俺の袖をグイグイと引っ張ってくる。
そうは言っても、それでなくとも俺は運動があまり好きじゃないんだが。
……はぁ、仕方ない。こうなったら、俺のやれることはもはや『これ』しかあるまい。
一つ大きく深呼吸して、俺はジャックの両肩に手を置き、グイッと顔を近付けた。
「――なぁ、ジャック。俺は知ってるぞ?」
「へ? どど、どうしたのさ、シバケン? いきなりそんな近くにんむっ!?」
「まぁ、聞けって」
開きかけたジャックの口を人差し指で押さえ、努めて優しい口調で語りかける。
「お前は、いつも頑張っていたよな? 昼となく、夜となく、良い武具を作りたい一心で一所懸命に金槌を振るっていた。そんなお前のことを、俺はちゃあんと見てきたんだぜ?」
唐突に口を塞がれて目を白黒させるジャックが、今度は突然の褒め殺しに顔を赤くする。
「な、何? ほ、ホントにどうしたのさ? 急にそんなこと言うなんて、ら、らしくないじゃないか?」
「こんなこと、面と向かってそうほいほい言えるかっての。まぁ、それはいい。で、そうしてお前が心を込めて作った中でも特別に良い出来だったのが……そのハンマーなんだろ?」
言って、ジャックの右手に握られている、碧色の模様があしらわれた黒い鉄槌を指差した。
「え? ……う、うん。たしかにこの子は、ボクの作った武器の中でも一番の出来だよ。自信作さ。一所懸命に素材を集めて、何回も失敗して、ようやく出来たボクの宝物だ」
「だろ? だったらさ」
ここが聞かせどころとばかりに、俺は畳み掛ける。
「――こいつの力、もっと信じてやっても良いんじゃないか?」
体中に電流が走ったかのように、ジャックがハッとして顔を上げた。
「こいつさえあれば、後はもう何もいらない。どんな凶悪な魔物だろうと、どんな大勢の悪党だろうと、こいつの前には形無しさ。お前のハンマーは無敵だ、最高だ! そうだろう?」
ジャックは二、三秒の間固まって、ジッと手元のハンマーを見下ろすと、
「…………うん。そう、だよね? この『ジャック・ハンマー試作一号』だって、今までずっと一緒に旅してきた仲間だもんね。信じてあげなきゃ、ダメだよね! よーしっ、やってやる! ボクとこの子だけで魔物の十体や二十体、あっという間にやっつけてみせるよ!」
天井知らずにチョロいことに定評のある俺の相棒は、それこそ投げられたボールを取って来いと言われた忠犬よろしく、元気良くヨロイガニの群れへと駆けて行った。




