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第2ページ

「さっき、ここは地球と〈アイベル大陸〉を結ぶ空間だって言ったけれど、実はこの二つの世界が結ばれたのって結構最近だったりするのよね。だからこの【ハザマ文庫】には、まだまだ二つの世界の情報が集まっていないのよ。

 数ある『半異世界』の中でも、【ハザマ文庫】は特に二つの世界の知識や物語を収集し、本としてそれらを保管するのが仕事だから、まずそれぞれの世界の文化、生活様式、世俗なんかを知らないんじゃ、お話にならないの」


 ミネルヴァが大仰に溜息を吐いて、わざとらしく悲哀に満ちた顔をして嘆いて見せる。


「けれど悲しいかな! 私はここの編集長であり司書。いくら取材の為とはいえ、この【ハザマ文庫】を留守にすることは許されていない。あなたたちの住む地球の方は、『ネット』っていう便利な物があるから私一人でも多少の情報収集はできるけれど、〈アイベル大陸〉の方は、どうも直接現地にいくしかなさそうなのよね。

 ああっ! なんということでしょう! これではいつまでも本を作ることなどできないではありませんか! 一体私はどうしたら……と、そこでっ!」


 にわかに表情を明るくして、ミネルヴァがパンと両手を合わせた。


 …………あ~、なんかもうわかったわ。この後の展開が何となく読める気がするわ~。


 これアレ、アレでしょ? よくサラリーマンを題材にしたドラマや何かで偉い人に呼び出された平社員が、「君……涼しい所は好きかね?」とか言われて北の大地に飛ばされる、みたいな。


「それらの情報を客観的な視点で収集して、それを元に紀行文としてまとめることができるような、類まれなる文才を持った人物――つまり、あなたのような人を探していたのよ!」


 やっぱりか……。


「…………つまり俺は、小説家としてじゃなくて、紀行文作家としてスカウトされた、と?」

「ええ! その記念すべき第一号が、あなたよ!」

「あんた、俺の書いたウェブ小説に感服したんじゃなかったのか? 俺はてっきり小説家としての才能を買われたとばかり思っていたんだけどな」

「感服したわよ? でも私が感服したのはあなたの文章力や構成力であって、微妙なストーリーやいまいちよくわからない世界観じゃあないわ。メールにもそう書いた筈よ?」

「お、お前っ……言って良いことと悪いことがあるんだぞぅ……!」


 なんて素直な奴なんだ。いい歳こいてマジ泣きする一歩手前なんだが?


 全身に力を入れて、涙だけは流すまいと涙ぐましい努力をする俺にはお構いなしに、ミネルヴァが期待に満ちた顔で俺を見つめてくる。


 目を輝かせる彼女を前に俺はどうにか気分を落ち着かせて、軽く目を瞑りながら答えた。


「――嫌です。致しません」

「えぇぇぇぇぇぇぇ⁉」


 おい、いきなり大声を出すんじゃない。ご近所迷惑だろ。ご近所があるかは知らんけど。


「だって、異世界を旅するってことはアレだろ? 電車もバスもないから、移動は基本的に徒歩か精々馬で、夜は野宿が当たり前。サービスエリアや道の駅とかがあるわけも無いから、町や村に滞在する時以外はロクに飯も食えなかったりするんだろ? 超アウトドアじゃん。そんなの、インドア代表みたいな人種であるところの俺たちワナビには厳し過ぎるよ」


 何よりパソコンも使えないんじゃ、小説も満足に投稿できないじゃないか。


 うん、そうだ。実際に異世界に行けるチャンスをみすみす逃すのはちと惜しいが、そんな自衛隊の訓練みたいな生活を送るくらいなら、俺は別に異世界モノの主人公でなくてもいい。


 これからも変わらず、悠々自適なワナビ生活を送るのだ。


 俺は椅子から立ち上がり、俯くミネルヴァに声を掛けた。


「ってわけで、折角スカウトしてくれたのに悪いとは思うけど、俺じゃあ力にはなれなさそうだ。調査は誰か他の奴に頼んでくんな。じゃ、俺はそろそろ帰らせて貰うとするよ」


 って、そういえばここから俺の部屋にはどうやって帰ればいいんだ? ここに来た時のこともよく覚えていないし、やっぱりミネルヴァに何かして貰う必要があるのだろうか?


 と、そんなことを考えながら俺が顎に手を当てていると、


「…………印税、出ますよ?」


 ぽつり、と。


 ミネルヴァの口から言葉が漏れる。思わず反応して、俺はピクリと眉を動かしてしまった。

 それを勝機と見たのか、何やら虚ろな目をしたミネルヴァが続ける。


「……ここって、私の許可が無いと入るのは勿論、出ることもできない空間なのよね」

「……な、何故今それを言う?」

「異世界での体験や知識があれば……さぞ面白い小説が書けるでしょうねぇ?」

「うっ……そ、それは確かにそうだけど………」

「そもそもメールのアイコンをクリックしちゃった時点で、あなたの異世界行きは決定しているのよ。断れば不思議な力で死ぬことになる……かも」

「なん……だと……っ?」

「一冊書いてくれるなら……それなりの報酬も約束するわ」

「り、リアクションで疲れる! 物で釣るか脅迫するかどっちかにしてくれませんかね?」


 狼狽する俺から視線を外さないまま、ミネルヴァが不敵な笑みを浮かべ、立ち上がった。


「フフフ、さぁどうするの、真柴先生? 少し我慢して旅をして、得難い経験と知識を持ち帰り、印税と報酬をその手に現実世界に帰還する? それとも、睡眠と運動の不足でバッキバキのその体で私と勝負してみるかね?」


 ち、畜生っ。この女、脅迫を選びやがった!

 これが、借金取りよりも性質の悪い脅しで作家から原稿を取り立てると恐れられている悪魔……「担当編集」か!


 しばしの間、異世界に行かないことを選んだ時のメリットとデメリットを天秤にかけ、


「……………………はぁ~、わかったよ。行けば良いんだろ、行けば」


 深く、深く溜息を吐き、俺は半ば吹っ切れたようにそう言った。


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