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「えっと…………クビになっちゃいました。騎士団」
「ほら見ろ、ジャック。お前の所為だからな」
「えぇ! なんでボク!? と、というか、騎士団をクビに!? ど、どういうことなの?」
『大演劇祭』最終日から数日が経った早朝。
いまだ祭りの興奮冷めやらぬといったスパニエルの街に別れを告げて、さていざ出発と門の前までやって来たところで、俺たちは何やら大荷物を抱えたラヴラに引き留められた。
「はい。あの後、騎士団に今回の一連のことを報告したんです。逃げてしまった劇団の代わりに演劇をして、『大演劇祭』を滞りなく終わらせられるように尽力しました、と」
「うんうん。それで? 騎士団の偉い人は何て言ったの?」
「『貴殿が代わりに演劇をするという発想自体が斜め上過ぎるのはこの際置いておくとして、そうしたところで劇団が持ち去ってしまった分の損失が無くなるわけではない。持ち逃げされた分の前金を取り戻せなかったのであれば、本来なら処刑も止む無しの失態だ』、と」
「しょ、処刑!? ラヴラ、処刑されちゃうの!?」
荷台から転げ落ちんばかりに身を乗り出すジャックを、ラヴラが慌ててなだめすかす。
「お、落ち着いて下さい、ジャックさん。それは『本来であれば』、の話です。現に私は今こうして、騎士団を退団という形に落ち着いているんですから。ね?」
「あ……そ、そっか。ふぅ、びっくりしたなぁ」
「その口ぶりだと、処刑を免れた何らかの理由があったんだな?」
ラヴラがコクリと頷く。
「ええ。理由はいくつかありますが、主には私たちの演劇が、『大演劇祭』が予想以上の大成功を収めた要因の一つとなったこと、私が暴走したドラゴンの撃退の一翼を担ったこと、などですね」
「なるほど。たしかにそれだけのカードがあれば、騎士団も無茶はできないだろうな」
「はい。あ、でも、私が退団に留まる決め手となったことは別にあるそうですよ? なんでも『さるお方』からの心ある助言があったからとか……詳しい話は、私も知らないのですが」
ふ~む、「さるお方」ねぇ……心当たりが無いでもないが、親切な人もいたものだ。
「そうだ! 皆は? ラヴラはクビで済んだとして、じゃあ従者の皆はどうなったの?」
「安心して下さい。従者の皆さんも、劇団の逃走とは何の関係もないことがはっきりしましたし、彼らもまたドラゴンの撃退に一役買ったことが鑑みられました。さすがにお咎めなし、とはいきませんが、そこまで重い罰は課せられないようですよ?」
「本当? はぁ~。なら良かった良かった」
「ああ、危なかったな。あと一つでもフラグを立てていたら即死だった」
「ふらぐ? 何の話?」
「何の話でもねーよ」
と、俺とジャックが安堵に胸を撫で下ろすのをじっと見ていたラヴラが、何やら急にもじもじし始めた。ほんのりと頬を赤く染め、胸の前で両手の人差し指を合わせる。
「そ、それで、ですね。……あの……その……」
「ん? どうしたの、ラヴラ? そういえば、朝から随分な大荷物だね。これからどこかにお出かけ? 方向が一緒なら、途中まで送っていこうか?」
フランクに荷台を指差すジャックの言葉に、ラヴラは一つ大きく深呼吸をして言った。
「──この数日、色々と考えたんです。騎士団を退団させられてしまったし、これからどうしようかな、と。それで私、シバケンさんが私の知らないことを沢山知っていたのを思い出したんです。私も、あんな風にもっと色んなことを知れたらなって」
ラヴラが、まだ人がまばらな朝の目抜き通りを振り返る。
「折角、長寿な種族に生まれてきたんです。退団になったのも何かの契機と割り切って、この際一つ所に留まらずに、世界中を旅して様々なことを知るのも良いかと思いまして……で、でも、やはり一人は心細いな、と…………で、ですからっ…………」
再びこちらに向き直ると、ラヴラが上目遣いで訊いてきた。
「――わ、私も、お二人の旅仲間に入れては、貰えませんか?」
「条件がある!」
「はやっ! シバケン、はやっ!」
当たり前だ。
こんな可愛い女の子にこんないじらしいお願いをされたら、たとえその内容が「踏ませて」であったとしても秒で了承するのが紳士というものだ。
「じ、条件……ですか?」
おそるおそる訊き返してくるラヴラの眼前で、俺は自らの人差し指をピンと立てる。
「ああ……一度でいい。何も訊かずに、『こう』言うんだ」
そのまま彼女の耳元で、小さく囁いた。
「え? えっと…………え?」
当然ながら、ますます困惑するラヴラ。どう反応すれば良いのかわからずオロオロするその姿もまた愛らしい。実に奥ゆかしみがある。この愛らしさだけで、俺は空も飛べそうだ。
「……む~、また何か変なこと考えてるね? ねぇ、シバケン? そんなにボクのハンマーの一撃が良かったの? もしかしてキミ、そういう気があるのかなぁ?」
「黙らっしゃい。今大事な所なんだからちょっと座ってろ」
疑惑の眼差しを向けてくるジャックにおすわりを言いつけると、俺は再びラヴラの顔前で人差し指をピンと立てた。
「一度でいいんだ。頼む。仲間入りの儀式と思って、何も訊かずに言ってみて欲しい」
「あ、あの、これには一体どういう意味が……」
「何も訊かずに!」
「ぴっ!?」
更に半歩ほど距離を詰めた俺に、さすがに恐怖を隠せなくなったのか、ドラゴンを相手取った時の勇ましさも忘れて小さく悲鳴を上げるラヴラの顔が、みるみる引きつっていく。
とうとう耐え切れなくなったのか、ラヴラは二度、三度と躊躇う素振りを見せた後、
「……え……えっと…………わ、『私を飼って、くれますか』?」
もはや半分泣きそうになりながら、それでもなんとかそう呟いた。
――次の瞬間。朝霧立ち込める街の中。
一人の健全な紳士の勝ち鬨が響き渡り、直後にその勝ち鬨が、一人の少女のツッコミとハンマーの一撃によって悲痛な絶叫に変わったのは、やっぱり言うまでもないことだった。




