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第25ページ

 ラヴラのインパクト抜群な登場に勢いづいたか、それからの皆の演技も申し分ない出来栄えだった。緊張どころか、むしろ誰もが演技を楽しんでいるようにすら見える。


 物語はどんどんと進んでいき、騎士モモタロスが村を発ち、忠心篤い〈犬人種〉、素行は悪いが根は優しい〈猿人種〉、元気いっぱいの〈鳥人種〉のお供を伴い、一路オニガシマへと向かっていく。遂に最終決戦を前にして、観客の高揚も最高潮だ。


「〈――さぁ、観念しなさい、グラン・オーガ! 王国全土を脅かす諸悪の根源、この騎士モモタロスが必ずや打ち滅ぼして見せましょう!〉」

「〈ウフハハハハッ! よくもここまで来たものだ、騎士なにがしとやら。まさかこの吾輩に反旗を翻すとは愚かなり! これは許されざる蛮行と言えよう! かくなる上はこの『超オニガシマ級の金棒』をもって貴様らの罪に私自らが処罰を加える! 死ぬがよい!〉」


 そして始まる敵味方入り乱れてのチャンチャンバラバラ大立ち回り。

 もはや観客席では座っている者を見つける方が難しく、皆手に汗を握り、興奮気味に頬を紅潮させ、ときには騎士モモタロスへの声援を力一杯叫んでいる。


「…………よっしゃっ!」


 会場の凄まじい熱狂、収まらない興奮、何とも言えない素晴らしい一体感は舞台袖にも充分に伝わってきており、気付けば俺も子供のようにガッツポーズをかましていた。


 大成功だ。

 はっきりと、そう確信していた。


 三日前までのどん底の状態から考えれば、これは充分大成功と言えるだろう。ここまで盛り上がればもう『大演劇祭』は乗り切ったも同然、ラヴラも従者の皆も何の罪に問われることもない。何もかもが上手くいったのだ。


「〈――もう、勝負は決しました。無駄な足掻きは止めて、大人しく裁きを受けなさい〉」

「〈ぐ、グググ…………〉」

「よしよし。あとはこの勢いを殺さぬまま、最後まで劇をやり切れば万事オーケーだな」


 くずおれるオーガにピタリと槍を向けて言い放つ騎士モモタロスを見やりながら……。


「〈く、クククッ! よもやこの吾輩に膝をつかせるとはな。モモタロスと言ったか、その名、しかと覚えておこう……だがッ! 吾輩とてそう簡単に負けてやるつもりは無い!〉」


 …………俺は、あろうことか、作家としてあまりにも不注意な言葉を吐いてしまった。


「〈ここまで吾輩を追い詰めた事への褒美として、貴様らには吾輩の全身全霊をもった『無駄な足掻き』を見せてやろう! さあ、恐怖に慄け! 絶望に泣け! これが吾輩の最後の秘奥義! いよいよもって死ぬが――〉」

「……ん? 待てよ? なんか、さっきのセリフはよく考えてみれば完全にフラ――」


 ドゴォォォォォォンッッ!


 突如、耳をつんざくような破壊音と共に、俺が控えている方とは反対側の舞台袖が土煙をもうもうと上げて半壊した。


 何が起きたのかと考える余裕も与えられず、次には半壊した舞台袖から、何やら巨大な生物が壇上に闖入してきた。客席から上がる悲鳴をファンファーレ代わりに、謎の巨大生物が、煙に遮られていたその全容を露わにする。


 血液を彷彿とさせる赤黒い色の、ごつごつした鱗。大型トラックのタイヤほどもある、黄ばんだ二つの眼球。一本一本がそのまま武器としても使えそうなくらい、鋭利な爪と牙。


「おいおいおい、こりゃもしかして……もしかするのか? え? リアル異世界ファンタジーさんよ……?」


 ギロリと壇上の俺たちを睥睨し、巨大生物が咆哮する。


『ゴァァァァァァァッッ!』


 ほとんどゼロ距離から発せられた暴力的なまでの轟音に、全員が耳を塞いで固まる中、ジャックの驚愕に満ちた叫び声が聞こえてきた。


「――――ドラゴンだっっ!」


 この期に及んでも無意識にメモを取り始める己の体にさすがに眉根を寄せながら、俺はジャックの叫び声をどこか遠くに感じつつ、小山ほどもあるその巨大生物を見上げていた。


※   ※   ※


 俺のアホ! 間抜け! トンマ! ワナビという名の社会不適合者!


 救いようがないほど綺麗にフラグを立ててしまった己自身にいま思いつく限りのありったけの悪態を吐きかけながら、俺は突如目の前に現れた怪物を眺め回す。


 ドラゴンだ。間違いない。ゲームやラノベでも「お前本当に架空生物なの?」と言いたくなるほどお馴染みの、あの皆大好きドラゴンさんが、俺の目の前に現れた。


 何だこれ、一体どういう状況なんだ? 

 百歩譲って、この世界にもドラゴンがいるという事実はまぁ良いとして、だ。そのドラゴンが、なんでこんな所に、しかもこんなタイミングで登場するんだ? やっぱりフラグか? フラグの所為なのかっ?


「こ、このドラゴンはっ!」

「知っているのか、ラヴラ!?」


 俺のいる舞台袖まで後退してきたラヴラが、慌てた仕草で首肯する。


「は、はい! たしか今日、『大演劇祭』最終日のトリを飾る劇団が演劇で登場させる予定のドラゴンだったと思います! 飼い慣らされているとはいえ、ドラゴンは気性の荒い魔物です。その為、当該劇団には他の劇団よりも固い警護がなされていた筈ですが……」

「じ、じゃあなにか? 案の定、何かの弾みでそのドラゴンが暴走しちゃった、ってことか?」

「その可能性が、一番濃厚だと思います……!」


 なんてこった。冗談じゃない。いや、こんなヤバい事態に遭遇してしまったことも冗談じゃないのだが、それよりもこのままでは演劇自体が滅茶苦茶になってしまうのが一番冗談じゃない。


 折角、折角ここまでどうにか上手くやってきたのにっ!


「ど、どうするのさっ? これ、ちょっとマズいんじゃないの?」


 ジャックも舞台袖近くまでやってきて狼狽の声を上げた。

 答えられずにいる俺の代わりに、ラヴラが少しの間考え込み、やがて覚悟したように頷く。


「……こうなってしまっては、致し方ありません。演劇は中止です。おそらくすぐに騎士団が観客の皆さんの避難誘導を始めるはず……その間、何とか私が時間を稼ぎます」

「えぇ? 時間稼ぎって、まさか、あのドラゴンを食い止めようっていうの!?」

「はい。ですからシバケンさん、ジャックさん。お二人も早く、従者の方々と避難を」


 ラヴラの返答を遮って、ジャックがすかさず彼女の肩に両手を乗せる。


「無茶だよ! そりゃ、ラヴラはたしかに強いし頑丈だとは思うけど、さすがにあのドラゴンを相手に一人で立ち向かうなんて! 大怪我じゃ済まないかも知れないんだよ?」

「騎士として、それくらいの覚悟は私にもあります。それに、なにもずっと一人で相手をするわけではありません。ここにもすぐに応援が来るでしょう。それまでの辛抱ですから」


 本当は怖い筈だろうに、震える腕で盾と槍を構えながら気丈に笑ってみせるラヴラ。


 彼女の瞳に固い意志の光を感じ取ったのか、ジャックもそれ以上は何も言わず、黙って頷くと、いまだ身動きが取れないでいる壇上の皆に向き直った。


 腹を決めた二人の背中を眺めて、俺も断腸の思いで劇の中止を決行しようとして……、


「…………ッ!」


 ふと、観客席に視線を戻した瞬間、思わず叫んだ。


「――――いや、ダメだ! 続けようっ!」


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