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第22ページ

「なぁラヴラ。さっき、この劇団が最終日に演劇を披露することは既に周知済みだ、って言ってたけど、それってこの劇団がどんな劇をするのかっていうのも、知らされてるのか?」


 俺の唐突な質問に怪訝な表情を浮かべながら、ラヴラがゆっくりと顔を上げた。


「い、いえ……劇の内容までは公開されていないと聞いていますが?」

「そうか。なら……いや、でもやっぱりこの状態じゃ…………」

「シバケン? 急にブツブツ言ってどうしたのさ?」


 口元に手を当てて考え込む俺に、ジャックも不思議そうな顔で訊いてくる。


 と、不意にテントの入り口から真昼の眩しい日差しが差し込み、次には数人の男女が列をなして入ってきた。


「お疲れ様です、騎士様」


 入って来た数人の内、先頭にいた大柄な男がラヴラに軽く会釈をする。

 それにならうようにして、後ろにいた者たちも口々に挨拶の言葉を告げた。


 突然の来訪者に一瞬驚いたものの、ラヴラはすぐにハッとして姿勢を正し、ゴシゴシと涙を拭うと自らも男たちに向かって小さく頭を下げた。


「それで、あの……どうでしょうか? 何かわかったこととか、ありましたかね?」


 不安そうな面持ちで遠慮がちにそう尋ねてくる男の言葉に、ラヴラは口を噤んでしまう。

 その様子で、大体を察したのだろう。男たちもまた、落胆と諦感を織り交ぜたような暗い色をその顔に滲ませた。


 テントの中を支配する何とも言えない陰鬱な空気の中、ジャックが口を開く。


「えっと……ラヴラ、この人たちは?」

「彼らは、今回逃げてしまった劇団で色々と雑事をされていた、従者の方々です。逃げてしまったのは劇団の主要メンバーだけで、彼らは何も知らされていなかったそうなんです」


 ラヴラに紹介されて、従者の面々が俺たちにも軽くお辞儀をしてくる。

 しかし、彼らの瞳は何やらどんよりと曇りきっており、その一挙手一投足もどこか上の空といった感じだ。正直、俺たちのことがちゃんと頭に入ったのかすら怪しいところだ。


「にしても…………そうか、手掛かり無しか」

「畜生、主人がいなくなっちまって、俺たちゃこの先どうしたらいいんだよ」

「それどころじゃねぇ。王女様も見る大舞台で、このまま演劇ができなかったら俺たち……」

「処刑、なんスかね? アタシらやっぱり、代わりに責任取らされて処刑スかねぇ……?」


 陰鬱な空気はますますその重さを増し、従者たちが次々に絶望の声を上げる。まるでこの世の終わりか滅亡か、とでもいわんばかりの嘆きぶりだ。ラヴラも、そしてジャックでさえも、彼らの重苦しく悲痛な喘ぎに黙りこくってしまう。


 そんな、某左腕を銃に魔改造した伊達男でも裸足で逃げてしまいそうな鬱ムードの中、


「あ~……コホンッ。盛り上がってるとこ悪いんだが、ちょっと質問があってだね?」


 場違いにも程がある緊張感の無い声で、そんな呑気なことをほざくアホがいた。


 ……というか、それは俺だった。


 テント内の全員の視線が集まってくるのを感じながら、俺は単刀直入に述べる。


「えっと、多分だけど…………乗り切れるかも知れないぞ? 『大演劇祭』」


 刹那、俺を除く全員が揃って目を丸くした。


「ど、どういうことですか、シバケンさん? 『乗り切れる』って?」

「言葉通りの意味だよ。もしかしたら、ここにいる誰一人として処刑なんかされずに、三日後の持ち時間できっちり演劇を披露できるかも知れない、ってこと」


 途端に、今度は全員が色めきたって詰め寄って来る。


「そ、そんなことができるのですか?」

「もしや、何か劇団を連れ戻す為の手掛かりでも見つけたんですか? クセ毛のお方!」

「そ、それとも、どこか他の劇団へのツテでもあるんスかっ? クセ毛のお方!」

「是非! 是非お教え願いませんかっ! クセ毛のお方!」

「だぁぁぁ! やかましい、いっぺんに喋るな。あと、今クセ毛って言った奴、あとでテント裏な!」


 群がって来る従者たちを引っぺがし、ひとまず気を落ち着かせるように説き伏せている横で、それまで黙っていたジャックが心配そうな目でグイグイと俺の袖を引っ張ってくる。


「ね、ねぇ、シバケン? 今ならまだ間に合うよ? ボクも一緒にごめんなさいしてあげるから、『やっぱりそんなの無理です。大きな口をきいてすみませんでした』って言った方がいいんじゃないかなぁ?」

「失礼なワン公だな。口からでまかせじゃないから。本当に考えがあって言ってるから」

「ホントにぃ……? じゃあ、一体どんな考えがあるって言うんだよ?」


 疑り深そうにジャックが言うと、ラヴラや従者の皆も固唾を呑んで俺を見やる。

 別に焦らすほどのアイディアでもないので、俺は端的に説明した。


「要するにだな。ここにいる俺たちで、代わりに演劇をやればいいんだよ。それが一番手っ取り早い解決法だ」


 案の定騒めく面々を見回して、俺は従者の中でもまとめ役を担っていると思しき大柄な男に問うた。


「ちなみに、劇団で使う衣装や小道具なんかって、従者の人らが管理してるの?」

「え? は、はい。作るところまでは団員の皆さんがやりますが、維持管理は我々が」

「その衣装や小道具ってのも、全部逃げた連中に持ってかれちまったのか?」

「あ、いえ。たしかに高価な衣装や貴重な装飾品は持って行かれてしまったようですが、半分以上は今も、一応自分らが管理しています」

「そりゃ結構。だったら、準備にもそう時間は掛からないな」


 男の返答に俺は満足げに頷くも、従者たちの顔からは困惑の色は消えない。

 眉間に皺を寄せながら、次々に疑念を口にする。


「し、しかしですな、シバケン殿。たとえ衣装や小道具があったとて、我々はただの雑用係。演劇に関してはずぶの素人も良いところなのですぞ?」

「これでそれなりに時間があるっていうならまだしも、本番はもう三日後っスよ?」

「人数だって、ここにいる全員だけではいささか少ないんじゃ」

「技量も、時間も、人手も足りないし、何より……」


 不安に満ちた声の中、誰がともなく決定的な欠陥を挙げた。


「…………『脚本』が無いんじゃ、文字通りお話にならないですよ」

「よしんば他が充分でも、こればっかりは脚本家がいないとどうにもならんからな……」


 ピクッ、と。


 ジャックのフサフサな耳と尻尾がそこで反応する。

 それと同時に、何か思いついたような顔をしたジャックが、やや興奮気味に呟いた。


「――――いや、いる。いるよ! お話を作れる人!」


 俺に向けられていた視線が、今度は一斉にジャックに向けられた。


「お、わかったか? さすがは我が相棒」


 伊達に一緒に旅をしてきたわけではなかったということか。何だかんだ言ってもこいつは、俺の物書きとしての力量に関しては認めてくれていたらしい。何だかむず痒い気もするが……まぁ、悪くない気分だな。


 照れ臭さを誤魔化すようにジャックの頭をわしわしと撫でると、俺はラヴラたちに向き直り、腰に手を当てて声高々に言い放った。


「そう言えば、ちゃんとした自己紹介がまだだったな。俺の名前は真柴健人。この度、故あってとある片田舎を出て〈アイベル大陸〉中を旅することになった、しがない放浪作家だ」


 どこぞのご隠居の付き人が事あるごとに取り出す印籠の如く、俺は腰のブックホルスターから書きかけの紀行文の本を取り出し、ページを開いて見せてやる。


「これも何かの縁ってやつだ。演劇をやるなんて、なかなかできる体験じゃない。俺がこれから生み出す作品の何かしらの参考にもなるだろうからな。その脚本作り、俺がやる」


 従者たちはいよいよ驚きを隠せないといった様子で、まるで幽霊にでも出くわしたかのような顔で紀行文を凝視していた。


 たっぷり数分間ほどはそうしたあと、まとめ役の男がやっとこさ口を開く。


「お、驚いた。まさかこんなところで、本を書ける方に出会えるとは願ってもない奇跡です。奇跡、ですが……それでもやはり、今からではもう…………」


 血が滲むほど唇を噛み締めて、なおもそんなことを言うまとめ役の男。

 助かりたいのか助かりたくないのかどっちなんだよ、とツッコミたい気持ちをグッと堪えて、俺は自信たっぷりに宣言した。


「大丈夫だ、任せてくれ。俺にとっておきのシナリオがある。今すぐにでも練習を始められて、かつこの少人数、この短期間で、どんな素人でもそれなりに形にできる、そして何より、おそらくはこの街の誰もが見たこともないような、とっておきの演目がな」

「そ、そんな夢のような演目が本当にあるんですか? い、一体どんな劇なんだ……?」


 焦らすというなら今しかない、と、俺は疑惑半分、期待半分といった従者たちの前で不敵な笑みを浮かべつつ、ためにためてからバタンと勢いよく本を閉じた。


「フッ、俺たちがやる演劇はズバリ――――『桃太郎』だッ!」


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