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第20ページ

 紀行文を書く為には、旅をしなければならない。

 旅をする為には、金がなくてはならない。

 そして金を稼ぐ為には哀しいかな…………自由気ままな旅人とて、労働をしなければならないのだ。


 しかし、特に手に職を持っていないばかりかバイトすらまともにしたことがなく、家族からは「学生ニート」なる不名誉な称号まで頂戴している、そんな俺に金儲けなどできようはずもなく。


 結果、最初にミネルヴァから支給された旅費は、順調に目減りしていく一方だった。


 そういう訳で、俺たち一行の旅の資金は基本的にはジャックが武具を製造、販売することによって得た収入で賄われている。とはいえ、さすがにこれだけじゃ俺は女の稼ぎを食い潰すだけのただのヒモ男と成り下がってしまうので、俺もジャックの武具屋の店員として働くことで、せめてもの面目を保っているのだ。


「あ~、わたくし生まれも育ちも地球は日本。性は真柴、名は健人、人呼んで『ワナビのシバケン』と発します。さぁさぁどなた様でも遠慮なく、寄ってらっしゃい、見てらっしゃ~い」


 ということで翌日。


 まだ空がうっすらと白み始めたばかりの時分から、俺は慣れない大声を張り上げていた。

 場所は街の目抜き通りの一つにある商店街。俺たちと同じく観光客目当てと思しき商人たちもチラホラいて、早朝にも関わらず商店街は結構な賑わいを見せている。


「……何? その旅芸人の前口上みたいなセリフは?」

「俺が知る限り、俺の故郷で一、二を争う辣腕の商人の商法だ。この前口上を入れるか入れないかでは、売り上げが天と地ほども違うと言ってもいいね」

「え~、本当かなぁ? 何だか凄く胡散臭そうに聞こえるんだけど?」


 おい、失礼なことを言うもんじゃあない。俺の故郷を代表する、凄腕の旅商人なんだぞ。


「まぁいいや。とにかくそんな感じで、シバケンは頑張ってお客さんを呼び込んでよ。武具の説明とかお会計とかは基本的にボクがやるけど、今回はいつもよりも沢山お客さんがくるだろうから、こっちの手が空かない時はシバケンにもやってもらうからね。目標は路銀二ヶ月分! さぁ、売って売って売りまくるよ!」


 腕まくりをするような素振りで意気込むジャック。気合いは充分の様だが、毎度のことながらこいつが金勘定をするのはちと不安だな。上手いこと言い包められて、簡単に値切られてしまったりしなければ良いのだが……。


 ここは一つ、念を押しておいた方がいいかな?


「あー、一応確認しとくと、例えばここにショコロの実がだな……」

「それはもういいよ! 大丈夫だよ! これまでも何度か一人でやってきたんだから、お会計くらいちゃんとできるよ! もう、やっぱりキミ、ボクのことおバカさんだと思ってない? まったくもって、シンガイ、だよ!」

「あ、こいつ、こないだ覚えたばっかの言葉使って『頭良いです』アピールしてる」

「なっ! う、う、うるさいなぁ! もういいからさっさと始めるよ!」


 そんなこんなで、いざ売り歩き開始。


※   ※   ※


「いらっしゃい、いらっしゃい。ジャック・ラッセルの武具屋だよ~。どれも腕利きの《鍛冶職人》が丹精込めて作った一級品だよ~。どんどん見ていってくんな~」

「あ、お客さんお目が高いね! それはボクが作ったボウガンの中でも特に出来が良かったやつだよ! お客さんガタイが良いから、このくらいの大きさでも大丈夫だと思うな!」

「ショートソードに両手剣、盾にナイフにハンマーにと、何でもござれの品揃え~。鎧の試着や剣の試し切り、各種サービスも充実だ~。ジャック・ラッセルの武具屋だよ~」

「え、まだ高い? うーん……よしっ! それならコレと、コレも付けてこの値段でどうかな? それでいい? うんうん、交渉成立だね! ここで装備していくかい?」

「さぁさぁご覧ください、このバランスの取れた美しいボデ~!」


 結論から言えば、俺たちの期待通り、いやそれ以上に、店は大盛況も大盛況だった。


 売り歩きを始めてからいくらもしない内にチラホラと客がやってきて、陽が完全に顔を出す頃には、ちょっとした人だかりさえできるほどの繁盛ぶり。


 お陰で当初の正念場と考えていた夕方どころか正午にすら差し掛かることもなく、俺たちはぼちぼち目標金額である二ヶ月分の路銀を稼ごうというところまでこぎつけていた。


「こ、これが前口上の効果か……おい、見たかジャック。俺の呼び込みのお陰で大繁盛だぜ。フハハハハ、これでもうお前に養われてるとは言わせん」

「な~に言ってるのさっ。ボクの腕が良いから、皆ウチの武具を買ってくれてるんだよ。今回はいつもより数も用意できたからね。つまり、繁盛してるのはボクのお手柄だよ!」

「まぁ、そういう意見もある」


 なんて、口ではそんな強がりを言ったものの、確かに八割以上はジャックの実力と言えなくも――そもそも俺が二割も貢献しているのかどうか怪しいという点はともかく――ないかも知れない。


 勿論、彼女の作る武具が本当に出来が良いということもあるのだが、何しろ今日のこいつは昨日と同じく可愛らしい町娘風のファッションで売り子をしているのだ。


 ──なぁおい。あそこの武具屋の娘さん、めちゃくちゃ可愛くないか?

 ──ああ。ちょっと寄っていってみるか

 ──あー、あんな子に俺のバスターソードを査定して貰いてぇなぁ

 ──おいうるせーぞ、果物ナイフ


 あちらこちらから聞こえてくる、歓声にも似た男たちの騒めき。

 図らずもジャックは、武具屋の主なターゲット層である若い男性陣の心と財布の紐を、がっちりと鷲掴みにしていた。客の中にはこの看板娘目当ての奴も多分に存在するだろう。


 そりゃ、俺だっていかつい強面親父が黙って仁王立ちする店と、明るくて元気な美少女が笑顔を振りまいて接客する店。腕が同じならどちらの店で買い物をしたいかと聞かれれば、迷わず後者にルパンダイブするもんなぁ。


 その後もひたすら売りまくり、正午まであと一時間ほどといった時点で、とうとう荷馬車に山と積まれていた武具や道具の数々は綺麗さっぱり捌けていた。


「凄いや! 完売だよ、完売! やったね、シバケン! お疲れ様っ」


 俺が「売り切れ御免」と書いた紙を荷馬車に貼り付けると、ジャックが満面の笑顔でハイタッチを促してきた。本当に嬉しいのだろう、尻尾が扇風機の羽みたいな動きをしている。


「おう、そっちこそお疲れさん」


 俺もすかさず手を掲げる。パンッ、という気持ちのいい音が辺りに響き渡った。


「いやぁ、売れた売れた。一度にこんなに売れたことなんて、初めてだよ」

「まぁ、今までの小さい街とか村とかとはそもそもの客の数が段違いだったからな。その上、このお祭りムードの効果も上乗せされてるだろうし」


 俺にしても、一日であんなに大勢の人と会話をしたのは初めての経験だった。


「はぁ、疲れた。半日こんな風に売り子をやるんだったら、その代わりに三日間くらいぶっ続けで本を書いている方がまだマシな気がするよ」

「え~、そうかなぁ? 相変わらず変わってるね、シバケンは」

「放っとけ」

「はいはい。それにしても、呆れちゃうほど凄い人の数だなぁ」


 口を尖らせて座り込む俺を適当にあしらってから、ジャックが目の前の通りを見回した。


 スパニエル市街を四つのエリアに分断するように四方に伸びる、石畳の目抜き通り。街の中心部と郊外との往来にも多くの住民が利用している為、ここは平時でも両脇に食い物の屋台などが立ち並びすこぶる賑やかだそうだが、確かに今は、よそ者の俺たちですらそれとわかるくらい、べらぼうな数の人だった。


「もうすぐ昼飯時だからな。多分、演劇祭の午前の部が終わって、午後の部が始めるまでの間で皆が街に繰り出してるんだろ」

「あ、そっか。そういえばもうそろそろそんな時間だったね。言われてみれば、ボクも何だかお腹が空いてきたよ」


 照れ臭そうに笑いながら腹を擦り、ジャックがパンッと両手を合わせた。


「ねね、シバケン。思ったよりも早く完売したことだし、折角だからボクらも屋台へ繰り出して、食べ歩きでもしようよ! さっきからあっちこっちでイイ匂いがするんだよね~」


 恍惚とした表情で目を細め、しきりにクンクンと鼻を鳴らすジャック。

 こいつほど優れた嗅覚を持ち合わせているわけではない俺にも、たしかに方々から漂ってくる美味そうな匂いは感じられた。焼けた何かの肉の香ばしい匂い。食欲をダイレクトに刺激する芳醇なスパイスの香り。口の中で、自然と唾が溜まっていくのがわかる。


 それもいいかもな、と口で言うのに先んじて、盛大に腹が鳴った。


「あ……」

「アハハッ、『賛成』ってことで良いかな? それじゃあ、早速行こうか! ほら早く!」

「わ、わかった。わかったから引っ張るなって。これ以上俺のパーカーをヨレヨレにするな」

「よーしっ! スパニエルの美味しい物、全部制覇するぞ~!」


 軒を連ねる屋台群をビシっと指差して、ジャックは高らかに言い放った。


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