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「よっし! 終わったっ! 第四章完!」


 薄暗い部屋の中で、煌々と光るパソコンのディスプレイを前に、俺は高々と自分の人差し指を天に掲げた。ああ、なんという達成感だろうか。これほど満ち足りた瞬間もそうはあるまい。


 しばらくの間、心地よい疲労感に身を委ねて天井を見上げた後、俺はつい今しがた完成した眼前の文書に目を戻し、最後の文字の下で点滅するビームポインタを感慨深げに眺めた。


 推敲も含めた総制作期間、約二週間半。

 遂に、遂に、俺のウェブ小説の第四章が完成した。


「ぐあぁ、腰と背中と首がぁ……」


 ちらりと、壁際の棚に置かれた無機質なデザインのアナログ時計を見やる。時刻はちょうど丑三つ時を回ろうかというところか。十一月も終盤に差し掛かりますます冷え込んできた今日この頃、たとえ部屋の中であろうとも、暖房が無ければ厳しい時間帯だ。


「うわ、十時間ぶっ続けでやってたのか…………ふぁ~、そろそろ寝るか」


 歯を磨く為に部屋を出て、洗面所に向かう。

 鏡に映る自分の顔は、眼精疲労上等の長時間に渡る執筆作業と明らかな睡眠不足で、自分で言うのもなんだがまるで死人みたいだった。


 しかし、こんなのはもう慣れっこだ。そう……小説家を目指し始めた、あの時から。


 ※   ※   ※


 俺こと真柴健人が小説家を目指し始めたのは、ちょうど二年と半年弱ほど前のことだったか。たまたま友達から借りた本の中にあった、ライトノベルというカテゴリの本にどっぶりとハマったのが、そもそものきっかけだったように思う。


 子どもの頃から読書が大好きだった俺は、家、学校問わず隙あらばラノベを読み耽っている、そんな男子高校生になっていた。


 そして、高一の夏休み。俺はとうとう、自分でもラノベを書いてみたいという欲求に抗えなくなり、気が付けば国語辞典や執筆のハウツー本を脇に、パソコンの前に座っていた。


 俺がライトノベル作家志望――――俗に言う「ワナビ」になった瞬間だった。


 それからの俺の高校生活は、少しずつ小説にまみれていった。頭の中では常に小説のことを考えているし、何かあればすぐにノートなり携帯端末なりにメモをする。ゲームでも漫画でも映画でも、ユーザーとして楽しむ以上に、ストーリーや構成などが気になって仕方ない。


 毎日が情報収集や発見の連続で忙しなく、そして、だからこそ毎日が楽しくなった。


 そんなこんなで、ライトノベルレーベルの新人賞に応募してみたり、ネット上の小説投稿サイトで自分の小説を連載してスカウトを待ったりの、悠々自適なワナビ生活を続けて二年半。


 高校三年生の十一月現在、「お前ら、最後の追い込みだぞ?」という意味でウチの学校が自由登校期間に入ったのを良いことに、俺は日がな一日ひたすら小説を書いているような日常を送っていた。

 ……え、「ジュケンベンキョー」? 何それ? 中国の郷土料理?


「……フフフフ」


 二度、三度とうがいを繰り返し、俺はタオルで口を拭いながらにやけていた。


 一年ほど前から俺がネット上で連載している小説、その第四章が、ついさっきようやく完成したのだ。


 題材はよくあるものだったが、キャラクターや設定なんかは結構こだわって作った甲斐あってか、少ないながらもなかなか好評してくれる読者もいる。ありがたや、ありがたや。


 そして今回の第四章は、今まで散りばめていた数々の伏線を怒涛の勢いで回収していく、物語にとっての大きなターニングポイント。


 この章の出来次第では、一気に読者が増える可能性も充分にある。

 是が非でも面白い展開にしなければならない為、いつも以上に工夫をしたのだ。


「けど……今回はマジで良い仕上がりになったなぁ」


 薄暗い洗面所。目の下に真っ黒なクマを作り、死んだ魚のような目をしながら、ボサボサの髪とヨレヨレのパーカーを揺らして、俺は「ククク」と気持ち悪い声で笑った。


 町を出歩いたら確実に「しっ! 見ちゃいけません!」とか言われること請け合いな格好だが、そんなことはどうでもいい。今の俺は、実に満足した気分なのだ。


 フフ、二章第四話のコメディ描写が今回の伏線だったと知ったら、皆はどんな顔をするだろうか? 

 一章で登場したモブキャラの正体が実はあいつだったと知ったら、きっと驚くぞ?


 自分でも「今回の話は良くできた」と感じる先ほど完成した原稿のことを思い返しつつ、俺はそんなことを考えて自室に戻り、


「いやぁ、こりゃあいよいよどこかの出版社からスカウトが来ちゃうかな?」


 なんておめでたい独り言をのたまいながらベッドに倒れ込もうとした。


 その時だった。


「ポロン」という音がパソコンから聞こえ、たった今メールを受けとったことを知らせる。


「……おや? こんな時間に誰だろう?」


 怪訝に思いながら、俺はベッドにダイブしようとしていた体を回れ右して、パソコン前のデスクチェアに座る。果たして、俺のパソコンに一通の新着メールが届いていた。


 マウスを操作してメール画面を展開し、受信トレイの一番上を確認する。差出人は……、


「……【ハザマ文庫】?」


 んん? どこからのメールだ? 全く身に覚えが無い。配信停止の登録をし忘れたメルマガか何かだろうか? 首を傾げつつ、ひとまず文面に目を通してみる。


〈二〇××年/十一月/二十日 二時四十分 件名:【ハザマ文庫】からのご案内

 真柴 健人様

 初めまして。【ハザマ文庫】編集長、峰と申します。

 この度、真柴様がウェブ上で公開されている連載小説を拝見させて頂き、その文章力と構成力の素晴らしさに、編集部一同、心より感服致しました。

 つきましては、真柴様のその類まれなる文才を見込んで是非とも我が【ハザマ文庫】にて書籍を出版して頂きたいと考え、今回スカウトのご連絡をさせて頂く運びとなりました。〉


「……って、スカウト⁉」


 ち、ちょっと待ってくれ。え? スカウト? スカウトって、あのスカウトだよな?


 しかも差出人は【ハザマ文庫】ときたもんだ。聞いたことのないレーベル名だが、「文庫」と名前が付いているからには十中八九、出版社だろう。そこの編集長が、俺の小説に、感服?


「ってことは俺、これで作家デビュー? …………マジでか?」


 人間というのは、限界まで嬉しくなると逆に大人しくなってしまうものらしい。

 心の中は「来た! デビュー来た! 作家デビュー来た! これで勝つる!」と大騒ぎなのとは反対に、俺は乾いた笑いを漏らしながら、脱力気味にゆっくりとデスクチェアにもたれかかっていた。


 まさか、まさか本当にスカウトが来るなんて。


 小説家を目指してから苦節二年と半年。新人賞は良いトコ二次選考通過止まり、公開している何シリーズかのウェブ小説も一向に日の目を見る気配が無かった。

 勿論、小説を書くのは大好きだし、その程度でへこたれたりはしないが、それでも、一日でも早く小説家としてデビューしたいと常日頃から願っていた。


 そんな俺が、遂にプロデビュー?


 あまりに短兵急な出来事に、思わず夢オチなんじゃないかと疑ってしまった俺は、気分を落ち着かせて再びメール本文を読み返す。確かめるように読み返す。


 何度も、何度も、何度も。


「……すげぇ。夢じゃねぇや」


 さんざっぱら文面を読み返したり頬をつねったりして、やっと現状を飲み込めた。


 ――俺は今、まちがいなく、出版社にスカウトをされている。


 はぁ、はぁ、どうしよう。心臓が怖いくらいバクバクしている。足が生まれたての子ジカみたいに震えている。だ、ダメだ、落ち着け俺。取り敢えず、落ち着くんだ。今は夜中の三時だぞ。


 痛いほどに脈打っている心臓を押さえながら、俺は改めてメール本文に目を向ける。

 画面をスクロールしていくと、本文にはまだ続きがあった。


〈――真柴 健人様。我が【ハザマ文庫】にて、本を書いてはみませんか?〉


 さらにスクロールしてみる。

 メールの最後の方に、瑠璃色を基調とした、本と何かの鳥類が描かれたデザインのアイコンがあった。

 アイコンのそばには、ご了承頂ける場合はこのアイコンをクリックしろという旨の短文が添えられている。


 ゴクリと唾を飲み込んでから、俺は意を決してマウスを操作し、アイコンをクリックした。


「え? な、何だこれ!」


 突如、パソコンのディスプレイが眩いほどに輝き始め、薄暗かった俺の部屋が真昼のように明るくなった。びっくりして思わず両腕で顔を覆い、目を細める。


 光は一向に収まる様子はなく、むしろどんどんとその光量を増していった。


「う、うわっ!?」


 もはや視界に白以外の色が見えなくなり、そして……俺の意識は、段々と遠のいていった。


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