笑いの神様のいたずら
(一日目)
吉田と小杉は有名な漫才グランプリに優勝した。
優勝した勢いで東京進出を図ったが思うように仕事が取れなかった。
最近では、吉田&小杉のコンビよりも、若手で勢いのある漫才コンビが
東京での特番にひっぱりだこで、大阪から出てきたとき想像していたのと
様子が違っていた。
その中でも、若手の藤元と原西のコンビは鋭いキレのあるギャグで、
吉田&小杉をけ落として、番組出場枠を手中に収めていった。
「吉田、お前らは、グランプリ優勝がピークやったなあ」
と先輩芸人からは言われる始末だった。
特に、藤元&原西コンビにはことごとく番組枠を争って、負けていた。
このままだと東京での仕事もなく都落ちという事態が後ろから迫ってきていた。
「今度は負けられへんぞ。次こそは俺たちがレギュラーの座を勝ち取るんや」
小杉が気合いを込めていった。
「どうした、吉田、暗い顔して。疲れているのか?」
「いや、なんでもない。それより、藤元と原西のどちらかが今いなくなったら
今度の番組のレギュラーは俺たちのものになると思わないか」
吉田が、暗い目で、小杉に提案した。
「それはそうだけど、いなくなってもらうって。どうするんだよ」
「・・・・・・・・」
小杉がはっと気がついた。
「お前まさか、藤元さんか原西さんに危害を加えるとかするんじゃないだろうな」
立ち上がって、小杉は吉田の肩をぐっと押さえて、真っ直ぐに吉田の顔を見た。
「まあ、まかせとけや。俺にええ考えがあるんや」
吉田はそういうと、小杉の手を振り払って立ち上がった。
その日の午後、藤元と原西が漫才を終えて、舞台からおりてきた。
舞台の裾からみてた吉田は、端の方の暗いところで、
偶然手に入れた反魂の書を読み上げながら、片手に持った棒きれを
藤元と原西の頭上からえいやッで振り下ろした。
二人は頭と口から血を流して倒れた。
一瞬の出来心とはいえ、目の前の惨状に吉田は動転してしまった。
あわてて、傷の浅い藤元の腰を抱きかかえ、
「大丈夫ですか?」
と何度も体を震わせながら、声をかけた。
「大丈夫ですか?」
しばらくして藤元は、吉田の声で意識が戻った。
気がついた藤元は、目の前で血を流している原西を発見する。
「は、わ、原西、おい大丈夫か?」
藤元は目の前で血だらけになって倒れている原西を見て仰天した。
藤元は、原西の体をゆすってみたが、反応はなかった。
「し、死んでるー!」
と藤元は叫び声をあげた。
そのとき、どこか遠くから藤元の頭の中へ、原西の声が聞こえてきた。
「やべえよ、おい。俺殺されちゃってるよ」
「ちょ、ヤバイよ。で、原西、お前は今どこにいるだ?」
「俺は、藤元、お前の中にいる」
「じゃあ俺たち合体しちゃったのか。って、これじゃ明日から漫才できねえじゃねえか」
と、そのとき、血を流している原西の体がむっくりと立ち上がった。
それを見て藤元は腰を抜かした。
「・・・、あ、あしたも、、こ、こ、で、ネタ合わせ、、しよう。じゃ、また、あしたな」
原西の体はそういって楽屋から出て行った。
「お、おいどうなってんだよ、これ」
藤元は上ずった声で叫んだ。
「俺にもわからん。今出て行った奴は誰なんだ一体!?」
藤元の頭の中で原西もうなり声をあげた
吉田が、心配そうに見ながら、藤元の肩を抱え上げた。
(二日目)
翌日、藤元が起きた時、原西が頭の中から声をかけてきた。
「おい〜、俺はこれから三日のうちに元の体に戻らないとあの世いきだってさ」
「あ、そう。それより、今日の漫才どうするんだよ」
「おい、『あ、そう』で流すなよ。相方が死ぬかどうかの瀬戸際なんだぞ」
「ごめんごめん。それより今日の舞台どうするんだよ。俺一人じゃ漫才できないぞ」
原西とあれやこれや言いながらも、藤元が衣装に着替える。
がらっとふすまが開いて、藤元の母が入ってきた。
「あんた、朝から何ぶつぶつ独り言言ってるんだよ」
「朝からうるせえなあ、かあちゃん」
「それより、朝飯出来たから早く食べに降りてらっしゃい」
「わかったよ。今行くよ」
「今くるよ。どえす」
「朝からくだらないダジャレとばしてんじゃねえよ」
藤元はため息をついて、母の背中を押して、階下の食堂へおりていった。
「おかわり」
「あんた今朝は良く食うね。どうしたんだい」
「え、そうかな。今、絶好調なんだよね」
「あらそう。良かったわねえ」
藤元の母は感心したようにうなずいた。
「親子そろって感心してる場合じゃないだろ」
原西が藤元の頭の中から叫んだ。
そのとき、原西の母がやってきた。
「うちの息子の様子がおかしいのよ。顔色が悪くて、なんだか死人みたいで。
今朝も食事を取らなかったし」
藤元は相方の母親同士の会話に割って入った。
そして、昨日の起きたこと、今原西の魂が藤元の中にいることを身振り手振りでしゃべった。
最初は笑って本気にしなかった原西の母も、藤元の口から親子でしかわからない秘密がどんどん出てきて顔が青ざめてきた。
「じゃ、今家にいるあれは何?息子じゃないの」
「はい、息子さんはここにいます」
藤元はまじめな顔で自分の頭を指さした。
「どうすればいいのよ。三日たてばうちの息子は本当に死んじゃうのよ」
「霊媒師を呼びましょう。霊媒師に原西の今の体から変な霊を追い出して、ここにいる原西の魂を元の体にもどしましょう」
早急に霊媒師を呼ぶことに決めた三人、いや原西の魂も入れて四人は、早速マネージャーに電話をかけた。
藤元は電話で昨日からの出来事を話した
「それで、原西君にはどう対応すればいいのかね」
マネージャーは困ったようなあきれたような調子で聞き返した。
「霊媒師を連れてきて欲しいんです。原西君の体に魂がちゃんと戻せるように」
「分かった。探しておきましょう。で、他に何かあるかね」
「僕らを襲った犯人を見つけ出して欲しいんです。こうなったのも、昨日楽屋の裏で誰かに背後から殴られて、気がついたらこうなってたんですよ」
「気がついたとき誰かいたのか」
「吉田がいました」
一呼吸置いて、藤元とマネージャーが声を揃えて
「あーっ!まちがいない!犯人は吉田だ!!」
と電話口で叫んだ。
マネージャーは霊媒師の件を快く引き受け、今夜にでも有名な霊媒師を原西の家に連れていくと約束した。
そして、明日にでも吉田を連れていって事情を聞こうということになった。
午後、藤元が楽屋に行くと既に原西が来ていた。
原西の魂は藤元の体の中にあって、目の前で一緒にネタ合わせをするこの抜け殻は、一体何者なんだろうと思った。
ネタそのものは藤元の頭の中の原西から教わった。それを抜け殻ともいえる原西の体と
ネタあわせをして、リズムや間をとる練習をした。
その日の舞台は大受けだった。
生気のない原西の目に、一瞬観客は引いたが、いつも以上に切れのいいギャグを連発した
原西の抜け殻は、その死んだような目と切れのいいギャグの落差からいつになく大きな笑いをとった。
漫才を終えて、舞台を降りた藤元は、舞台の袖から明石家に声をかけられた。
「おまえ、どうしたんや。芸風を変えたのか」
「ありがとうございます。おかげで今日はガッツンガッツン笑わせましたよ」
「そうやない。相方の原西が無口になってシュールな芸風になるのはいいんやけど、そんなのは、お前らすぐに飽きられるで」
藤元は明石家にいきなり核心を突かれ動揺した。
「そ、そうですか。アドバイスありがとうございます」
動揺を隠すように頭を下げ、足早に藤元は楽屋に戻っていった。
藤元は、誰かわからない原西の体を引っ張って家に帰った。
夜になって、マネージャーが連れてきた女性霊媒師の鳥居がやってきた。
鳥居による霊媒式が行われた。
しかし、鳥居はギャンギャン騒いで変な踊りを見せただけで、何の効果もなかった。
「おいおい、これじゃダメだろ。俺はまだお前の中だぞ」
藤元の中から、原西が怒り半分あきらめ半分でこぼした。
(三日目)
藤元は無理矢理ついてきた原西の母と一緒に楽屋入りした。
このまま何もしないで今日が終わったら原西は本当に死んでしまうのだ。
原西の母は家でじっとしていられず、抜け殻になった息子を連れて藤元の家にいき、藤元にくっついたまま楽屋まで来てしまった。
藤元が原西の母と話し込んでいる時、楽屋に、マネージャーが来た。
「今日の舞台が終わったら、ブラックマヨネーズの吉田をここに連れてくるからね」
「わかりました。僕ら三人でここで待ってます」
藤元はマネージャーと入れ替わりで、原西の抜け殻を引っ張っていって舞台に上がっていった。
楽屋でマネージャーは、観客席の爆笑を聞きながら、
「なんだ。見事に笑いを取ってるじゃないか。これならこのままでいいかも」
と、原西の母の前で思わず口に出して言ってしまった。
「こらっ!何を言うとるんじゃあんたは!うちの息子が死んでもええんか」
マネージャは、原西の母から思いっきり首を締め上げられた。
「すみません、すみません」
マネージャーは何度も謝って、ようやく羽交い締めを解いて、許してもらった。
「すみません」
小声で、吉田が相方の小杉に伴われて、楽屋にやってきた。
「あ、吉田君。まあ、そこに座りなさい。小杉君もこっちの奥の席に座りなさい」
マネージャーに言われるまま、二人はイスに腰掛けた。
その吉田に原西の母がくってかかろうとしたが、マネージャーが間に入った。
漫才が終わり、藤元と原西の体は舞台から楽屋に戻ってきた。
吉田の姿を見つけると藤元が駆け寄って、問い詰めた。
「なんでこんなことをした?何か恨みでもあるのか?」
つかみかからんばかりの勢いで藤元は吉田を締め上げた。
マネージャーが藤元を吉田から引き離し、静かに言った。
「君がやったのかね」
「はい、そうです」
吉田は消え入りそうな声で答えた。
「なんでこんなことをしたのかね」
「え、それは、笑いの神様が俺の前に現れて」
「笑いの神様!?」
藤元が声をあげた。
「それで?」
マネージャーが吉田をうながした。
「笑いの神様が、フルテンションからご臨終と言ってる時に、ご臨終させればもう一度笑いの頂点に立てるぞといいまして。それで、舞台から降りてきた藤元さんと原西さんの二人を後ろから殴って、笑いの神様からもらった反魂の紙を読み上げたんです。そしたら、原西さんが本当にご臨終になりかかって。それで俺、驚いて、その場で立ちすくんでしまって」
「で、何とか無事である藤元君を助け起こしたと」
「はい、そうです」
吉田は、俯いたまま言った。
「M-1のチャンピオンになったからって、今では仕事も減る一方です。もっと東京で仕事がしたいんです」
吉田は、涙を浮かべて声をあげた。
「あほか!お前らみたいなブツブツと禿が東京来て売れると思ってるのか」
藤元は、吉田のイスを思いっきり蹴り上げた。
「でも、俺ら二四〇〇組の漫才の頂点に立った男ですよ」
きっとなって吉田は藤元をにらみつけた。
「いつまで言うとんねん」
後ろから小杉が、吉田の頭をひっぱたいた。
「それより、どうすれば息子が帰ってくるのでしょうか。今ここにあるあの抜け殻をすぐに元に戻して欲しい」
原西の母が、原西の体、何も言わず座ったままの抜け殻を指さして、言った。
「反魂の紙には戻し方が書いてないのか?逆のことをすればいいんじゃないのか」
マネージャーが言った。
吉田はポケットをまさぐって反魂の紙を取り出した。
「はい。あっ、書いてあります」
「おい、何て書いてあるんだ?どうすれば元に戻れるんだ?」
藤元の体を通じて原西が聞いた。
マネージャーや吉田、そして原西の母は一斉に藤元の方を振り返った。
「おお、原西君。声は出せるんだね」
「はい、原西です。今藤元の意識を乗っ取って、声を出しています」
原西の母が藤元に抱きついて喜んだ。
「母ちゃん、まだ喜んでる場合じゃないよ。早くしないとこのまま天に召されてしまうんだよ」
「そ、そうだね。まだ喜ぶには早いわね。あんたの声を久しぶりに聞けてわたしは嬉しいよ」
「久しぶりって、たったの三日ぶりじゃないか」
原西はあきれた。
「で、どうすればいいのかね、吉田君」
「はい、まず俺が反魂を最後から読み上げます。そして、僕と原西さん、今は藤元さんの体ですが」
「原西さんと俺がじゃんけん五回勝負をして原西さんが先に3勝し、その場でギャグをして笑いの神様を笑わせれば元の体に戻れます」
神妙な面持ちで吉田が言った。
一瞬微妙な空気が流れた。
マネージャーは原西の母の顔をみて、うなづいた。
「やりなさい」
と吉田に言い渡した。
吉田は、こくりとうなづいた。
吉田は、反魂を後ろから読み上げた。
そして、藤元の体を通して原西が、吉田に声をかけた。
「じゃんけんぽん!」
吉田がグー、原西がチョキだった。
「やったあー」
吉田が両手を振り上げた。
「お前、なに喜んでんねん。お前が勝ったらあかんやろ」
後ろに立っていた小杉が、吉田の頭をたたいた。
「いったいなあ。俺はチャンピオンやぞ。運もいいんや」
「そういう話やないやろ。原西さん殺すつもりか」
「あっ、そうやったな。ごめん」
吉田は顔を掻いた。
「よーし、次いくぞ。じゃんけんぽん!」
吉田がパー、原西がグーだった。
「あかん。どうしても勝ってしまう。M-1のチャンピオンは運も強いやなあ」
と吉田は思わず口を滑らした。
マネージャーを始め楽屋にいた一同は真っ青な顔をしていた。
「もうあとがない。何とか負けられへんのか」
小杉が顔中から汗をふき出しながらいった。
原西の母が今にも泣きそうな顔をしていた。
「よ〜し、次の勝負だ!」
原西がめいっぱい力を込めて言った。
「じゃんけんぽん!」
吉田がチョキ、原西がグーだった。
「よし、ここでギャグをかませ!」
普段は冷静なマネージャーが、興奮して声をはりあげた。
「自己紹介!」
原西は渾身のギャグを放った。
どこからか、「オーケー」という声が聞こえた。
その声はどことなく明石家に似ていた。
「よし、一つ勝った。次、勝負だ!」
マネージャーが気合いをこめて言った。
「じゃんけんぽん!」
吉田がグー、原西がパーだった。
「必殺!デフレスパイラル!!」
原西は新ギャグを披露した。
またも、「オーケー」という声が聞こえた。
その声はやはり、何となく明石家に似ていた。
「よし、次でいけますよ、がんばれ原西さん!」
小杉が後ろから大声をあげた。
「じゃんけんぽん!」
吉田がチョキ、原西がパーだった。
空気が凍り付いた。
一瞬、時が止まった。
何秒待っても神様からの声は、聞こえなかった。
「もうダメか」
マネージャーはうなり声をあげた。
原西の母が泣き崩れた。
そのとき、原西の抜け殻となった体が立ち上がった。そして
「フルテンションからご臨終」
とギャグを放った。
とっさに、原西の魂は、藤元の体を使って、ギャグを返した。
「ご臨終からフルテンション!」
「笑えないよ」
とみんながそう思った。
その時、またしてもどこからともなく
「ようやった。戻ってええで」
と、これも思いっきり明石家に似た声が楽屋の中を響き渡った。
一瞬の間。
藤元の耳から白い物体が飛び出した。
そして、あっという間に、元の体に入っていった。
数秒が過ぎた。
突然、原西の体が動いた。
「あっ、痛い」
原西が頭をかかえてうめいた。
「やった!戻った」
マネージャーをはじめ全員が原西の元に駆け寄った。
「大丈夫?本当に元に戻ったのね」
原西の母が、抱きかかえるようにして、原西を立たせた。
「え、う、うん。大丈夫だけど。それより誰か俺の頭を殴ったな」
そういうと原西は目の前にいた吉田に気づいた。
「あ、お前か、殴ったのは。もう、痛いじゃないか」
吉田は、直立不動に立ち上がって、何度も何度も深く頭を下げて謝った。
(終わり)