チート・ザ・7話
シンデレラは即座に行動に移した。
先手必勝。最短の動きで相手に接近して物理で倒す。
その為に迅速にマッチ売りの少女の方へ駆けたシンデレラであったが、接近を終える前に相手は新たなマッチに火をつけていた。
そのマッチから発生した煙が、即座に幾千もの針へと形を変え、高速で辺りに飛び散った。
「くっ……!」
思いの外早く行われた迎撃に、シンデレラは反射的に動きを止めて針の撃ち落としにかかる。
しかし、それは悪手だった。
針を撃ち落としている間にマッチ売りの少女は更に複数のマッチに火をつける。
複数の煙がそれぞれ形を成していき、戦車、合成獣、ミサイル、幽霊、マグマ、魔竜、処刑鎌、輪ゴム、悪意と殺意を持ったあらゆる物に姿を変えた。
(この能力は……なんでもありなの!?)
生み出されたそれらが一斉にシンデレラを襲う。
シンデレラの体術を持ってすればそれらから距離をとる事は難しくはない。
────しかし、シンデレラは攻撃全てを真正面から受けた。
戦車の砲撃を手ではたく事により別方向から迫る合成獣にぶつけ撃破。ミサイルはガラスの靴で蹴り上げる事で上空で爆発させ、幽霊は息で吹き消す。マグマは気合で吹き飛ばし、魔竜は睨みつける事により戦意を喪失させる。処刑鎌を逆に手刀で切断したのちに輪ゴムをバク宙で回避。
(この手ごたえ……なるほど、これら全てが本物ね! あの少女の能力はマッチの煙を媒体とした『想像の創造』……恐ろしい!)
いつの間にか目の前には巨大な要塞が現れており、マッチ売りの少女の姿はない。
シンデレラはその要塞に飛び掛かろうと足に力を込めた。
その時、シンデレラは足首に違和感を感じ、すぐに飛び退く。
足首があった場所にはマッチ売りの少女が生み出した煙が漂っていた。
そして次の瞬間、要塞の中から声が響く。
「貴女……平民出なのにお姫様なの!?」
マッチ売りの少女の物だろうと思われる声。
その叫びに対し、シンデレラもまた胸中で叫ぶ。
(創り出すだけでなく、煙を対象に纏わせる事により相手の記憶も読み取れるのね……!)
その時、内部にいるマッチ売りの少女の心境を体現するかのように巨大な要塞が戦慄いた。
「私は……元の世界でどれだけ一生懸命頑張っても王子様なんて現れなかったわ……! それなのに、貴女はどうして……どうして貴女ばかりッ!」
要塞に多数ある窓から蒸気が噴出した。
その蒸気はやはりマッチの煙。
先ほどを上回る数の兵器や魔獣、災害がドンドン溢れてゆく。
シンデレラはここで考える。
先ほど自分の足首に纏わりついた煙、アレを『即死の毒』にでも変化させれば既に勝負がついていたはず。
いや、それ以前に『なんでも出来る能力』なのであれば『光速の攻撃』や『絶対無敵のバリア』等、勝利を納める手段などいくらでもあるはずなのだ。
(それをしないのは ➀能力に何か制限がある ➁あの子自体がそれを思いついていない)
迫る脅威を先ほどと同じように捌きながらシンデレラは思考を深める。
(普通に考えるなら➀。それならばその制限を見極める必要がある……防戦に徹するべき。でも相手はちょっと心が不安定な年端もいかない女の子、➁の可能性も十分ある……そうならば逆に相手がそれらを思いつく前に倒さなくてはいけない!)
考えながら適当に撃ち返した爆弾が要塞に命中。要塞には大穴が空き、中のマッチ売りの少女が姿を現した。
マッチ売りの少女に追撃するためにシンデレラは足を大きく振るった。
それにより発生したカマイタチがマッチ売りの少女に命中! 少女の手から鮮血が舞い、複数のマッチが零れ落ちた。
このチャンスを逃さずシンデレラは即座に跳んだ。もはや武器を持たない少女に止めを刺そうと穴の空いた要塞に侵入する。
────シンデレラが要塞に足をかけた瞬間、要塞は溶けるように一瞬で煙へと姿を戻した。
「な!?」
煙に包まれながら落下するシンデレラとマッチ売りの少女。
更に、シンデレラは落下中に周囲の煙が形を変えた剣と槍に両足を貫かれた!
「うぐっ……!」
地面に激突する二人の少女。
その衝撃によりどちらも大ケガを負ってしまったが、それでも足を直接貫かれたシンデレラの方がダメージは大きい。
「貴女はどうして……貴女……は……私は、お父さんに……! お父さんをッ!」
マッチ売りの少女は震えながら立ち上がった。
血が流れている左手にはマッチ箱を、無傷な右手には一本のマッチを持って!
「私は帰らなければならないの! あの人の元に……! あの人が待つ世界にッ!!」
シンデレラもまた、血まみれの足に無理やり力を込めて立ち上がる。
この状態になってしまってはシンデレラにはもはや多くの選択肢は用意されていない。
(マッチを擦る前に倒す!)
シンデレラはガラスの靴を脱ぎ捨て、手刀を構え全力で前に走った。
神速のシンデレラ。その速度は足に大ケガを負って尚、常人とは段違いの素晴らしい速度を誇る。
しかしその手刀が相手に届く前に、シンデレラは確かに見た。目の前の少女が最後のマッチを擦る所を!
(間に合わなかった……)
シンデレラは突進しながら敗北を覚悟した。
『なんでも出来るマッチ』が擦られた以上、手負いの自分はそれを受けきる事は出来ない。想像以上に相手が強かった。完敗だったのだ。
────しかし、その考えとは裏腹に、シンデレラの手刀は、マッチ売りの少女の胸を貫いた。
「え?」
マッチ売りの少女の口からはゴボリと多量の血が、シンデレラの口から間の抜けた驚きの声がそれぞれ漏れる。
それと同時に、シンデレラは起こった事を思考した。
(絶対に間に合わないタイミングだった……この事実はマッチの煙が見せる幻? 貫いているこの子はマッチの煙で創られた偽物?)
しかし、その一瞬後にそのどちらでもない事を知る。
少女が擦った最後のマッチの効果。それは、煙に触れた者にのみ聞こえるメッセージを残すものだったのだ。
────”私は元の世界では死んでしまった。そこに戻ってもそのまま死んでしまうかも知れない……私はお父さんに理不尽に厳しくされて、ただ憎んでいただけだった。でも、貴女は自分を虐めてきた義家族にも優しくあろうとしていたのね…………貴女の勝ちよ、先に進みなさい、シンデレラ”────
マッチ売りの少女が絶対的能力を持ちながらシンデレラをすぐに倒さなかった理由。
それは能力に制限があったわけでも、想像力が足りなかったわけでもない。
少女は見極めようとしていたのだ。シンデレラが、絶望に囚われた自分よりも生きるに相応しい人間かどうかを。
最初は断片的に読み取っただけの記憶が、戦いの中徐々に詳しく少女の頭の中に入っていっていたのだ。
そしてその記憶を読み切った時、マッチ売りの少女は認めた。
ここで死ぬべきなのは、愛に満ちたシンデレラでは決してない。
ここで死ぬべきなのは、何でも出来るのに何も出来なかった自分なのだと。
シンデレラの手から、真っ赤に染まった少女の身体が抜け落ちる。
真っ赤に染まったその顔は、どこか晴れやかな表情だった。
『マッチ売りの少女』────死亡
残り────28名
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