チート・ザ・5話
翁の腹を貫いた浦島太郎は、崖の上からヒラリと跳び上がった。
そして翁に突き刺してある釣り糸を巻き取る様に縮める。それにより、釣り針が浦島の手元に戻る────のではない。
地中深く刺さった釣り針はその場で完全に固定され、代わりに浦島の身体の方が釣り針へ巻き上げられ始めた。
つまりは、浦島と釣り針の間にある翁への高速接近である。
「ぬうぅ……!」
翁は、自身の身体を貫通している釣り糸を掴み、薙ぎ払うように横に振り回した。
それにより空中高速接近する浦島のバランスを崩させる事が狙い。
だが、浦島もまたそれを予想していたのだろう。
老骨とは思えない軽快な動きで、払われる方向へ自らもまた跳ぶ。
忍者を彷彿させるような動きで木々の幹に水平に立ち、更に飛び移りながら速度を落とすことなく接近を続けた。
ある程度の距離が詰まったところで、浦島は空いている左手を開き、翁の方へ5本の指先を向ける。
「ひゃっはー!」
接近しながらそれぞれの指先から更に釣り針が発射された。
その内3本が翁の手足に突き刺さり、親指と小指から発射された残りの2本は翁の斜め上の大木2本にそれぞれ命中。
最初、釣り竿から発射された釣り針は肉体の力だけで弾き飛ばした翁ではあったが、不意を突かれた背後からの一撃でその無敵の筋力を上手く発揮出来ない。
更には老人と化した浦島の指先から直接放たれる攻撃は、禍々しいオーラに纏われており速度も威力も釣り竿の比ではなかった。
「ぬぐ……!」
翁は痛みを堪えながらも、迫りくる浦島の攻撃を防御するために手をクロスしながら身をやや丸める。
そんな翁に、
「オラァッ!!」
浦島は接近の勢いのまま強烈な空中飛び膝蹴りを浴びせた。
「ぬお……ッ!」
翁は吹き飛ぶ。
と同時に自身に突き刺さった糸は掴んだ。先ほどは掴んでも身のこなしで接近を許してしまったが、それでも相手の選択肢を『接近』に絞る事が出来るのであれば、せめてやっておいた方がいい。
が、その思いは次の浦島の行動で叶わないものだと知った。
浦島は翁に突き刺さった4本の釣り糸を、爪の間から外したのだ。
そして大木に刺さった2本の釣り糸を巻き取る事で曲芸のような動きで空中に跳ぶ。
(……伸縮だけでなく、脱着も自在かッ!)
胸中で毒づく翁。
かたや浦島は空中まで行くと、空いた右手の指を翁の方へ向け再び5本の釣り針を発射する。
「なぶり殺しだッ!!」
やはり翁に発射するのは3本。残りの親指と小指の二本は木や岩などの地形に突き刺す事でワイヤーアクションのように宙を舞い、手負いの翁にヒットアンドアウェイを繰り返す。
「捕らえられぬならば……ッ!」
翁は重傷を負いながらも拳を強く握りしめ、地面を殴りつけるために降り下ろす。
それにより大規模な地響きを引き起こし、浦島が移動の軸とする大木そのものを根元から崩すのが狙い。
「させねぇよ、【殺戮逆釣魚】!」
しかし、それよりも早く浦島が右手の中指を上にあげた。
それを合図に、いつの間にか地中に埋まっていた大量の釣り糸が地面を突き破りながら天高く昇る!
「ぐほぁ……ッ!」
その釣り糸群は翁が降り下ろす直前の拳を含む、翁の全身に突き刺さり、力の出鼻を挫かれた翁を更によろめかせた。
「まだまだいくぜぇ!!」
更に続く浦島のワイヤーアクションヒットアンドアウェイ。
────高速且つ立体的、強烈且つ変則的な浦島の動きに、もはや翁は、ただ耐える事しか出来なかった。
その攻防を何度か繰り返したのち、翁は片膝を地面につけた。
身体には数十の穴が開き、傷口からも目からも口からも多量の血を流しながら。
「ゴ、ゴフッ……」
「本気の俺を相手にここまで耐えるとは、よくやったよジイさん……最初の不意打ちが決まらなかったら、負けてたのは俺のほうかも知れねぇ」
浦島は地に足をつけた。
人差し指から釣糸を小刀ほどのサイズまで伸ばし硬質化する。
そして致命傷の翁まであと数歩の所まで迫った、その時──
「この時を待っておりました、今度は貴方が罠にかかる番です」
──突如、浦島の足元に紫色の魔法陣が展開された。
「な、なに!?」
異変に気が付いた浦島はすぐに飛び退こうとするが、足が魔法陣に張り付いたかのように離せない。
よく見ると魔法陣は3メートルほどの正方形の上に描かれており、その正方形は純白の織物で出来ていた。
続けて声の方へ目を向けると、そこには先ほど鶴が、本来の鳥の姿で佇んでいる。
「わたくし、うぬぼれておりました。自分は強い、きっと異世界の勇者達を相手にも正面から互角に戦えるだろう、と」
浦島は鶴の方へ指先を向け、釣り針を発射する。
しかし、最初の『中央世界』で攻撃が光に打ち払われたように、魔法陣とその外の間に壁があるかのように釣り針は弾かれた。
「でも、貴方がたは私の想像よりもずっとお強くございました。ならば、わたくしも得意分野で相手させて頂きます」
鶴の『得意分野』。それは次元を繋ぎ天界や魔界への扉を開く程の強力な魔法。
身動きが取れない浦島は叫ぶ。
「ば、ばかな! 俺の動きを封じる程の結界魔法陣だと!? 一体いつの間にこんな複雑で強固な物を作っていた!? いや、そもそもこの魔法陣を描ける材料など……」
浦島はそこでハッとした。
足元の魔法陣の細部までよく見てみる。
魔法陣の作成に使われているものは目の前にいる鶴の純白の羽毛と────
「そう、浦島様の釣り糸です。これほどの材質ならば、強固な魔法陣を作る事もまた可能」
浦島が翁をなぶり殺しにするために、一回ごとに数本使い捨てていた釣り糸。
それと自身の翼を巧みに縫い合わせ、強大な魔力を込めて魔法陣を作成していたのだ。
「これより貴方様の身体を半分だけ数メートル転移させます」
鶴の言葉に、浦島は一瞬顔を引きつらせ、すぐに魔法に抗うため全身に力を込めた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおッ!!」
しかし、やはり身体を動かす事が出来ない。
浦島はニヤリと嗤い、その事実を認めた。
そして、かつてない程狂気的に嗤い叫ぶ。
「楽しかったぜ女ッ! ジイさんッ!! はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははーーーーーーーーッ!!!」
「【亜空切断】、死んでくださいまし浦島様」
魔法陣から光が溢れる。
その一瞬後、鶴の宣言通り浦島太郎の身体は綺麗に左半身だけ数メートル転移し、それぞれの身体はグシャリと音を立てて崩れ落ちた。
光が納まる頃、鶴はまた人の形へと姿を変えた。
先ほど以上に鼠色にくすみ、より着崩れた衣装姿でふらりと倒れこむ。
しかし、すぐに震える足を起こし、翁の方へ歩み寄った。
翁はその鶴の方を見て、優しくニコリと笑いながら口を開く。
「最後は少し締まらなかったが……今度はキチンと助けてやることが出来たようじゃの……」
その一言だけ話し、翁の身体は完全に倒れた。
力を込める事で膨れ上がっていた筋肉も最初会った時ほどに萎み、流血だらけの顔は穏やかな表情をしている。
鶴はそんな翁の顔を、ゆっくりと切なく見下ろす。
もう目を開ける事のない老人の寝顔に、数敵の雫が降りかかった。
「わたくしは、また恩を返しきる事が出来ませんでした……」
『翁』────死亡
『浦島太郎』────死亡
残り────29名
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