チート・ザ・40話
本来の姿を取り戻した鶴の飛行速度と雪女のスケート速度はほぼ五分。
しかし、地上を滑る雪女は木々がどうしても移動の邪魔になるのに対して、木々の上を飛べる鶴はその限りではない。
上空から再び無数の白羽が雪女達の元へ飛来した。
鶴にとって葉が視界を妨げる効果はあるが、雪女の性質上、周囲の温度を急激に下げながら移動するため大まかな位置は特定出来る。それならば広範囲に攻撃すれば大した問題ではないのだ。
対して雪女は素早く正確な身のこなしで木々も鶴の白羽も華麗に回避。
「わわっ! え、【天使乃……」
「やめろグレーテル、流石に今それを使われると前が見えん。木にぶつかって追い付かれるぞ」
滑りながら雪女にはもう1つ思惑があった。
(ヤツの【次元捕食網】、アレは高度な空間魔法の一種だな。かぶが言ってた事を加味するなら鶴のあの力、何とか利用出来んものか……)
雪女の思考とは裏腹に、グレーテルは敵である鶴に対して戦う意思を見せ始める。
「それなら! 私も戦う!」
グレーテルは天使の翼を、今度は大きく羽ばたかせる。
それにより雪女の手を振りほどき、グレーテルは上空に飛んだ。
「やめろグレーテル!」
雪女の制止を振り切り、グレーテルは上空で鶴と対面する。
そのはるか後方では【次元捕食網】が森を呑み込みながら迫って来ている。恐らく鶴自身はこの技の効果を防御する術を持っているのだろう。
(それなら、この人を捕らえて私達の近くで防御技を使わせる!)
その予想は当たっている。
が、グレーテルからしてみればそれが周囲に効果を及ぼすものである保証はどこにもないのだが、そこは幼さ故の浅はかさ。
その可能性に気付く事なくグレーテルは攻撃を開始した。
「【暗黒砂糖菓子】っ!」
グレーテルが持つ蝙蝠モチーフの杖から複数の灼熱暗黒魔手が不規則な軌道で発射される。
しかし、鶴もまた上空こそが本来の独壇場。
魔手はその素早い身のこなしで全て回避され、【暗黒砂糖菓子】はそのまま前方へ消えていった。
「あ……!」
鶴はそのまま加速し、グレーテルへ体当たりを仕掛ける。
黄金の嘴がグレーテルの腹に命中!
あわや串刺しになったかと思われたが、グレーテルが纏う魔法少女の黒レオタードが驚異的な防御力を発揮。
グレーテルは貫かれる事はなかったが、大きくバランスを崩し地上に落下した。
複数の枝をバキバキとへし折りながら木々を抜け、その下で待ち構えていたのは雪女の両腕。
雪女はグレーテルがすぐに返り討ちになる事を予測し、必殺の【次元捕食網】に追われているにも関わらずグレーテルを待っていたのだ。
「きゃん!」
見事その両手に落下したグレーテルは可愛らしい叫び声を上げた。
落下中、思わず閉じていた目を開いて雪女の顔を見上げる。
雪女は安堵の表情を浮かべグレーテルを見返していた。
雪女は抱き抱えたその小さな身体を、優しく足から地面に下ろしてグレーテルを立たせる。
グレーテルは雪女に礼を言おうと口を開いた。
「お、お姉ちゃん、ありが────」
その瞬間、雪女の平手打ちがグレーテルの右頬に炸裂!
殺伐とした殺し合いの場には似つかわしくないパアァンという甲高い音が、周囲に鳴り響き木霊する。
その一瞬の出来事に、グレーテルは何が起こったのか理解が追い付かない。
雪女は続けてグレーテルの両頬を両手で挟むの事で、相手の口をタコのような形にする。
「むぎゅっ!」
そのまま平手打ちとは逆方向にグレーテルの首を捻った。
それにより無理矢理自分と顔を合わさせ、更にグレーテルの額にゴンッと頭突きをかます。
呆けているグレーテルとゼロ距離まで顔を近づけ、眉をVの字にして大声を上げた。
「勝手な事をしないでグレーテル!」
突然怒られた事にグレーテルは困惑を極める。
グレーテルは雪女の力になりたかった。その為の行動だった。それを否定された事実に反射的に声を上げる。
「で、でも……!」
「『でも』じゃない! 貴女は今! 一歩間違えれば死んでいたのよ!」
そこでグレーテルは初めて気がつく。
雪女は自分の危険な行いを、親のような態度で本気で叱っているのだ。
完全に今までの雪女とは違う口調。きっとこれが彼女の『母』としての顔なのだろう。
そこで雪女は手の力を弱めながら少し視線を落とし、声量を少なくして言葉を続けた。
「……例え天使と悪魔の強い力を持っていても、貴女はまだ子供なんだから、大人の言うことはちゃんと聞きなさい? 良い子だから、ね?」
グレーテルは恥じた。
【次元捕食網】が背後から迫り鶴が上空から狙撃をしてくる今、そもそもこんな言い争いに使っている時間はあるわけがない。そんな事は自分でもわかる。
ならば雪女は、それを承知で自分を叱る事を優先したのだ。
「ごめんなさい、お姉ちゃん……」
グレーテルは真っ直ぐ雪女のほうを向き、謝罪を口にした。
「立ち止まっているなんて、随分と余裕ですわね」
その時、雪女の背後に鶴が舞い降りてきた。
雪女は振り返りながら、グレーテルに問いかける。
「グレーテル、お前の天使の力、他の物にも形を変えれるか?」
雪女の口調が戻った。
それは冷静沈着な戦士としての雪女の顔。その状態でグレーテルに戦闘での相談。
雪女はグレーテルの謝罪を受け入れ、自分の力になりたいというグレーテルの想いも加味し、今度はパートナーとしてグレーテルに接したのだ。
「! う、うん! かぶ食べてから調子よくって、色々出来そうだよ!」
その想いはすぐにグレーテルに伝わった。
嬉しそうに返事を返すグレーテルを横目でチラリとだけ見て、雪女はニカッと笑う。
「私が攻撃したら、その数秒後にお前も最速の攻撃をヤツにかませ。天使の力で、だ。悪魔の力は熱くて敵わん」
雪女は鶴には聞こえない小声でそう言い、今度は鶴のほうへ声を投げ掛けた。
「待たせてすまなかったな」
「いいえ、わたくしとしてはただ待っているだけで貴女方が【次元捕食網】に呑まれて下さるのです。余計な事はせず、また余計な事をさせず見張っているのが上策」
鶴の言葉を聞いた後、雪女はすぐに手を前方にかざした。
「そうか、ではそれはそうと喰らえ、【雹弾吹雪】!」
雪女の手から無数の雹が発射される。鶴は瞬時に飛び立つ事でそれを回避。
回避した先で今度は反撃の白羽を発射しようとしたその時、グレーテルの翼から輝くエネルギーが矢となって鶴に発射されようとしていた。
鶴は攻撃を直前で取り止め、更に身を翻そうとした。一度停滞してしまったが、このタイミングならばまだギリギリ回避に間に合う。
────はずだった、が、いつの間にか鶴の足に真っ白な氷がまとわりついていた。
雪女は無数の弾丸である【雹弾吹雪】の内、1粒にだけ特別な魔力を込めていたのだ。
それは着弾後、更に標的に向かって伸びる氷の蔓を生み出す力。
鶴ほどの手練れにただ撃っただけではそれも見切られていただろう。
鶴が『【次元捕食網】に自分達を巻き込ませるため中距離で足止めをする』という選択肢をとっていなければ遠くに逃げられていただろう。
しかし雪女の読み通り、鶴は中距離で留まった。
そしてグレーテルに意識を向けさせる事でこの些細な手品にも気付かせなかった。
雪女は、今まさに発射されようとしているグレーテルの純白の矢に手を添える。そしてその矢にもまた自らの冷気を込めた。
グレーテルも、雪女の行動に予想がついていたのだろう。
矢の発射の瞬間、二人は同時に叫んだ。
「「【白い恋人】!」」
強力な冷気の矢が、鶴の身体を貫いた。




