チート・ザ・4話
「話は終わったか?」
鶴と翁が数言、話している内に浦島は複数の釣り針を手元に手繰り寄せていた。
「ああすまんな待たせてしまって。お主、中々フェアな男なのだな」
「ははは! 横槍を入れてきたジジイにそこを褒められるとはな。だが少し勘違いをしているぞ?」
「なに?」
「卑怯も正々堂々も興味ねえ! 俺がやりてえのは強ぇヤツとの戦いだけだ! ……ソコのケガした女にはもう用はない、ジジイお前、もっと強いな?」
そこで浦島は釣り竿を振るい、手繰り寄せた糸を一斉に動かす。
一本の釣り竿で操作しているにも関わらず、釣り糸一本一本が独立した意思を持っているかのようにバラバラに動き出した。
その内の何本かは高速の動きで真っすぐ翁に襲い掛かる。先ほど鶴ですら逃れる事が出来なかった最速最短の刃。
翁はその攻撃に対し、目の前で手をクロスさせ防御姿勢に入る。
「ぬうおおぉッ!!」
翁が力を込める事により、全身の筋肉が倍近く膨れ上がった。
その筋肉の鎧の前に、正面から飛んできた針糸は全て弾き飛ばされる。
「ひゃはははッ! これが効かねえ人間が存在するなんてな! じゃああぁコイツならどうだ!?」
浦島が更に釣り竿を動かすと、残りの釣糸が弧を描くように翁の上下左右に周り、その内の半数が直角に曲がり翁を目掛けて飛ぶ。
「ぬおおぁッ!!」
全方向から迫る凶器が自身に届く瞬間に、翁は足元の地面を殴りつけた。
凄まじい爆発音と共に地面に大穴が空き、それにより発生した爆風が翁に迫る釣り針をやはり全て弾き飛ばす。
「ははははははははははははははははッ!! とんでもねえジーさんだッ!! 俺の攻撃は一つ一つが大岩位は斬り裂くはずなんだぜぇッ!?」
自らの攻撃が通用しない事を、狂喜しながら叫ぶ浦島。
翁からその浦島までの距離は20メートル以上。
翁はそこでファイティングポーズのように両手をやや前方に構え、真っすぐ姿勢を正した。
「あん?」
翁の構えに浦島は疑問の声を上げる。
そんな事など知ったことではないかのように、
「ぬんッ!!」
次の瞬間、翁は踏み込みととも正拳突きを行った!
その動作により発生するのは衝撃波。
いや、そんな生ぬるい物ではない、幅5メートルはありそうな超巨大空気砲撃。
それが周りの全てを薙ぎ払いながら浦島を照準に真っすぐ飛ぶ。
「ぐべべばあッ!?」
肉体の力だけで発生した超絶破壊光線に浦島の身体は完全に呑まれた。
────しかし、それと同時に翁は違和感に気が付いた。
自分の身体に何かが触れている。
「ひゃ、はは、ははははははははッ!」
全てを消し飛ばしたはずの前方から聞こえる叫び声。
翁は身体に触れたそれが何なのか瞬時に理解した。
それは、先ほど浦島が放った釣り糸の残り。自身に飛来していなかったものはそのまま翁の周囲を円を描くように回っており、浦島を吹き飛ばした事により引っ張られ、翁に巻き付いたのだ。
「輪切りのハムになっちまいなあぁッ!!」
物理的破壊光線を喰らって尚生きているらしい浦島の声が響く。
翁に巻き付きだした釣り糸はピアノ線のように細く、おそらく強度はそれとは比べ物にならない物だろう。
浦島がいう通りあと刹那の時間で標的となった肉体は五体バラバラに、いや、細切れとなり四散してしまう。
「ぬむぅんッ!!」
────ただし、それは並みの男が相手ならば、である。
翁は瞬時に力を込め、全身に更なる筋肉を張り巡らせる事により釣り糸が自身を締め上げる以上の力を発揮した。
「ぬわはぁッ!!」
更にその内の何本かを手で掴むと、力を込め強引に引っ張る。
糸の先にあるのは当然浦島太郎の釣り竿、及びそれを掴む浦島自身。
「ひょは?!」
釣り糸を引っ張った行為により、浦島の身体を逆に一本釣りし眼前まで引き寄せ、
「ぬおああぁッ!!」
今度は直接全力で殴り飛ばした!
顔面に翁の拳を喰らった浦島は、流石に釣り竿を手放し直角に曲がり右方向はるか遠くの大きな崖に激突。
土煙を上げて動かなくなった。
「年季の違いじゃ、若造」
一部始終を翁の後ろから眺めていた鶴は、空いた口が塞がらなかった。
自分も実力には自信はあった。
翁が不利になるのであれば、先ほどの恩を返す為に身を犠牲にしてでも加勢する覚悟ではいた。
しかし足のケガを抜きにしても、とてもではないが割って入れる戦いではなかったのだ。
未だに地面に座り込んでいる鶴にゆっくりと翁は近づく。
「足以外にはケガはないか?」
「は……」
『はい』と言おうとしたその時、翁の斜め後ろから放たれる殺気を感じ取る。
翁もそれを感じたのだろう、瞬時に背後を振り向こうとする。
が、遅かった。
殺気の方角から飛来した釣り糸が、翁の背中に突き刺さる。
ソレは更に翁の肉体を貫通して、鶴の頬をかすめ、更には地面に深く突き刺さった。
「ぐ……」
傷口に血を滲ませながら、翁は険しい形相で振り向く。
浦島太郎を殴り飛ばした崖。そこから立ち昇る土煙は、いつの間にか黄土色から真っ白に変わっていた。
その白い煙から腰を起こすのは翁と変わらない歳であろう白髪髭面の男。
翁に突き刺さった釣り糸は、男の右の人差し指の爪の間から直接伸びている。
見た事もない男ではあったが、その服装、武器、そして狂気的なその眼差しは先ほどの浦島のソレそのもの。
────老人と化した浦島太郎は、先ほど以上に力強く禍々しいオーラを放ちながらニヤリと口元を歪ませた。
「年季が、なんだって?」