チート・ザ・38話
身体を蝕み死に至らしめるウイルスのように、猿の精神が何かに支配されてゆく。
しかし、猿は既に桃太郎の【黍団子調教】により、言ってしまえば先に洗脳されている状態。それにより、幸せの王子達のように瞬時に精神支配が完了するわけではなかった。
【美貌光線】と【黍団子調教】。猿の精神の中で、二つの洗脳技がぶつかり合ったのだ。
「ああああああああああああああああああああああああ」
異物を二つも浸入させてしまった脳は強い拒絶反応を起こし、その副作用として猿の身体がガクガクと震える。
仮にイメージするとするならば、【美貌光線】は黒紫色の邪悪な毒蛇が脳を宿主を内側から食い尽くし乗っ取ってしまうおぞましい寄生生物。
【黍団子調教】は脳の大切な部分を華麗に奪い去り、なに食わぬ顔であたかも最初からそこの宿主であったかのように移住する善人の顔をした詐欺師のような白い悪魔。
その強大で凶悪な魔力のぶつかり合いの渦中では、一個人の精神など嵐の中に放り出される生身の赤ん坊のようなもの。
その怨裟の中で猿の精神は今まさにバラバラに砕かれようとしていた。
──"お、おいらは、一体"──
荒れ狂う二つの力。
鍛え上げた強靭な肉体ではなく、鍛練の効いていない心と精神の世界。
苦しい。苦しい。苦しい。
何もわからない。何が一体どうなっている。どうしてこうなった? 今、自分は何を考えていた?
──"もう、殺せ"──
現実世界では大した時間は経っていないのだが、猿にはその時間が永久のように感じた。
遂には耐えきれなくなり、完全に壊れようとしていたその時、二つのウイルスとはまた別の、更にもう1つ猿のものではない何かからの語りかけが聞こえていた。
──"何やってんだよ! 後は任せるって言っただろ、猿!"──
──"……なんだお前は? おいらはなんだ?"──
──"しっかりしろよ! 助けた途端洗脳されちまいやがって!"──
──"センノウ? わからない。だが、もういいだろう?"──
──"らしくない事言うなよ! お前はいつでも傲慢ぶって、それで最後の最後まで最善を尽くしていただろう? 思い出せよ!"──
──"何なんだお前は? おいらに後何が出来ると言うんだ?"──
──"あぁもうだらしないな! こんなお前は見たくない! 仕方ない、もう一度だけ助けてやるよ! 感謝しろよ!"──
──"助ける? お前に一体何が出来ると言うんだ?"──
──"決まっているだろう? 僕に出来るのはこれだけだ!"──
──"それは、その光は……"──
──"早く芽を出せ柿の種! その聖なる力で我が相棒を巣食う悪魔をちょん切れ! 【世界樹解呪】!"──
「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉッ!!」
猿は目覚めた。
何か夢を見ていた気がするが、それは思い出せない。
洗脳が完了したと思い込み、残った末っ子ぶた及び幸せの王子と共にその場を去ろうとしていた白雪姫は猿のほうへ振り替える。
「おおおおお……! お……」
しかし、猿はそのままその場で倒れた。
精神支配から解放されたとはいえ、ここに至るまで暴れ狂った二つのウイルスが、既に猿の身体の神経をズタズタにしていたのだ。
これまでずっとあどけない顔をしていた白雪姫が、明らかな敵意を発しながら動けない猿を睨んだ。
白雪姫にとって、一度決まったはずの【美貌光線】が自力で解除される事などこれが初めて。
そのため、立つことすらままならない猿は白雪姫の瞳に最大の危険因子として映った。
そして手を前方にかざすと、末っ子ぶたと幸せの王子がそれぞれ猿に飛び掛かり、猿の頭は豚の足に踏みつけられ、身体は黄金の剣で貫かれた。
それでも白雪姫は安心しない。
自らも猿の元へ駆け寄り、念入りに猿の首を締め上げる。
──"いまだ猿! お前の勇姿、見せてやれ!"──
猿は朦朧とする意識の中、動かないはずの右腕で、不用意に近づいて来た白雪姫の小顔をわしづかみにした。
そしてその握力で、握りしめた頭をスイカのように砕いた!
頭を失った白雪姫は、その果肉をぶちまけながら後方に倒れる。
────と思いきや、多少仰け反っただけで踏みとどまった。
ぶちまけられ散乱するはずの頭は、空中で時間が逆流するように首にくっついていき、数秒と待たずに元の美顔が復元される。
その横で、末っ子ぶたの頭が粉々に破壊され、残った胴は地面に倒れた。
白雪姫はその場を飛び退こうとする。が、その時既に華奢な白い手は猿の左腕に捕まれていた。
白雪姫は無理矢理剥がそうとするが、単純な力では猿に敵わない。
幸せの王子の方に目を向け、指で何か命令をする仕草をとった。
幸せの王子は黄金の剣を振り上げ猿の左腕に照準を合わせる。
その時、猿は近くに落ちているモノを右手で拾っていた。
それは、最初に猿が放った【黍団子】の媒体となった黍団子。
【渋柿】であれば媒体となった渋柿は、その爆発に耐えきれず消滅してしまう。
しかし、あの桃太郎の黍団子ともなれば話は別。あの驚異的な爆発を起こしておいて、ロクな傷もつかずにその形を留めていたのだ。
(あぁそうだな、最期までおいららしく……これが終わったら、おいらもすぐにそっちにいくぜ?)
猿は笑う。
そして右手にありったけの魔力を込め、残る力を振り絞り全力で叫んだ。
「【黍団子】ッ!!!!」
巻き起こるは最初と同じ、全てを吹き飛ばす滅亡の大爆発。
その時との違いは二つ。
一つは、投げて発動したのではなく猿の手の中で作動した点。
もう一つは、白雪姫達を守る極めて強固な【絶対防御大豪邸】はもう存在しない点。
それにより使用者である猿自身も、条件付き再生能力がある白雪姫も────肉片1つ残らず、この世から完全に消し飛んだ。
更に大きくなった巨大クレーターの中で、唯一1つ動くモノがあった。
「う……余、は……」
それは黄金の身体をもつ幸せの王子。
洗脳効果の他に、支配した相手に自らの『死』を押し付ける【美貌光線】であったが、白雪姫が跡形もなく消滅した事でその効果は発動せず、またあらゆる攻撃を耐えきる参加者中最強の強度を誇る幸せの王子には、あの【黍団子】ですら効いていなかったのだ。
幸せの王子の記憶は混乱している。
しかし一人きりとなったその空間では考える時間は多分にあった。
ゆっくりと時間をかけ、洗脳されていた最中の事も含め思い出す幸せの王子。
巨大な穴の中に座り込んだまま、うなだれて呟く。
「余はまた争いの渦中に身を置いてしまっていたのか……」
金太郎の死後、もはや他者を傷つけまいと心に誓った幸せの王子。
その後すぐに白雪姫に操られ、先程まで猿と殺し合いをしていた、という事実に深い自己嫌悪に陥った。
しかしこのまま座っていても仕方がない。幸せの王子は重い腰を上げ、取り合えず巨大クレーターの外へ出ようと上を見上げる。
するといつの間にそこにいたのか、この滅亡の大地に自分とは別の、もう一つの人影が立っていた。
逆光のためよく顔のわからないその人影であったが、どうやら幸せの王子の方を見ているようだ。
そして独り言のように言葉を発する。
「鬼の残した黄金の財宝って所か、やれやれ、まぁいいだろう、【黍団子調教】!」
言葉と共に人影が右手に持っている物から白い光が真っ直ぐ伸び、幸せの王子の全身はその光に包まれた。
『末っ子ぶた』────死亡
『猿』────死亡
『白雪姫』────死亡
残り────6名




