チート・ザ・3話
白い着物を纏った美しい女性が長い黒髪をなびかせながら広大な森を歩む。
その左胸に付いているのは、古き高価な着物には似つかわしくない刺繍のような名札。
そこに書かれているのはただ一文字、『鶴』。
「異世界の主役達とのサバイバルバトル……とんでもない事になってしまいましたわね……」
鶴は自らの実力には絶対的な自信があった。
しかし、それと同時に相手の力量を誤るような事もしない確かな観察力も持ち合わせている。
『中央世界』で出会った周囲の英雄、その多くは自分に勝るとも劣らない者達ばかりだったと理解しているのだ。
「差し当たっての最善策は極力戦闘は回避し周囲が潰し合うのを────ッ!」
そこで鶴はほんの僅かな違和感を感じ、その場を飛び退いた。
その一瞬後に、先ほど自分が立っていた場所から鉄線のような物が地面を突き破りながら高速で伸びる。
もしこの瞬間に回避行動を行わなければその鉄線により自身の身体はズタズタにされていただろう。
「ほう? コレを見切ったか。さてはお前、強いな?」
森の影から姿を見せたのは、『中央世界』から最初にこの世界へ飛ばされた男、浦島太郎。
手に持った釣竿は地面の中に突き刺さっている事から、恐らく地中でソレを操作する事によって鶴への攻撃を行ったのだろう。
(言ったそばから不味い相手に見つかってしまいました)
鶴は胸中で舌打ちをする。
しかし鶴の考えは『戦闘は避ける事』。今の奇襲には幾分か腹も立ったが、それは顔には出さずに浦島太郎に言葉を投げかけた。
「お褒めいただき興栄でありますわ浦島太郎様、貴方も今の攻撃、お見事でした」
そこで一呼吸置き、やや微笑みながら言葉を続ける。
「最初の世界での神を自称する女から貴方への扱い、目に余る物がありました。どうでしょう、貴方もあの女に恨みがありましょう、ここで私達が争う事はあの女の思うツボ、どうか矛をお納め下さいまし」
「ふ、ふふ、ふははは! あははははははははははははははははははあああぁーーッ!!」
鶴の提案に対し、浦島太郎は突然大笑いを始めた。
その異常行動に、鶴は笑みを消し身構える。
「ははは、は! いやあ悪ぃな! 確かにアイツには少しムカついたぜ! でもな、今は感謝しかしてねえんだ」
笑い終えた浦島は、子供のような無邪気な笑顔で鶴に向かって話す。
「なんたってこのゲーム、お前みたいな強い奴らとジャンジャン戦えるんってんだから……なァッ!!」
掛け声と共に浦島太郎は更に腕を大きく振るった。
すると地面の下を通っていた鉄線────いや、釣竿の糸が地割れを起こしながら大蛇のような全貌を現す。
釣竿は超高速かつ変則的な軌道で衝撃波をまき散らしながら鶴を含む周囲を薙ぎ払った!
その攻撃を回避するために、鶴は上空に跳ぶ。
「わたくし、無駄な争いはあまり好みませぬ」
回避しながら鶴の頭にあったのは釣竿の性能。
浦島太郎の強靭な筋力と繊細な技術があってこそ扱えている物ではあろうが、それもまた釣竿自体の材質の良さを裏付けるもの。
────この道具は、立派な織物の素材に成りうるでしょう────
「しかし、有益な殺生はとても好みますゆえ」
上空の鶴に追撃しようと釣竿の軌道もまた上を向く。
しかし、その尖端が鶴に当たろうとする瞬間、鶴の身体が消えた。
現れた先は浦島の眼前。釣竿による高速高範囲攻撃を一瞬でかいくぐり、目にも止まらぬ速度で相手の懐まで接近したのだ。
「ここで死んでくださいまし浦島様」
上位魔獣をも一撃で葬りさる鶴の拳が浦島のみぞおちを捉えた。
「ぐほぁッ!!」
まともに攻撃を喰らい吹き飛ぶ浦島。
しかし、吹き飛びながらもその口元は嗤っていた。
「【海竜捕縛大網陣】!!」
浦島の叫びと共に、必殺の正拳突きを放った鶴を包囲するように幾重もの釣竿の尖端が地面をぶち破って伸びた!
「ッ!?」
釣竿の尖端はまるで生きているかのように、上下左右前後あらゆる方向から鶴を照準に定め襲い掛かる。
そしてそれらは鶴の身体をズタズタに切り裂いた────
「む!」
吹き飛び終えた浦島は、口から血を吐きながらも鶴の方へ目を向け、そして異変に気がつく。
幾重もの矛先が貫いた物は、鶴が纏っていた着物のみ。そう、鶴の本体は着物を囮に脱出していたのだ。
浦島はすぐに視線を上にあげた。
その瞳に映ったものは、一糸纏わぬ美しい女性────ではなく、純白の翼で宙を舞う、黄金色の長いくちばしを持つ美しい一羽の鳥!
「それがお前の正体か! ひゃはははは! 人に化けるのはキツネやタヌキの類だけかと思っていたがなぁッ!!」
仮初めの姿を捨て、鳥そのものの姿に戻る事により瞬時に最大速度まで加速し【海竜捕縛大網陣】から脱出した鶴。
しかし、それは鶴がそうせざるを得なかったほど浦島の攻撃速度、及びタイミングが完璧だったのだ。
そして、その鶴の全力の脱出さえも浦島の計算内だった。
浦島が操る釣糸は、地面のみならず木々の内部にまで潜伏しており、今度はそれらが木をぶち破りながら空中の鶴を襲った!
「あぐッ!」
その内の一つ、最速最短の釣り針が鶴の足に命中。
バランスを崩した鶴に残り全てが降りかかる。
「あ……」
鶴には、自身に迫りくる複数の凶器がスローモーションのように映る。
脱出行動に全神経を使ったため、瞬時に迎撃姿勢を取る事は出来ない。
足に貰った一撃により、もはや回避も不可能。
鶴は覚悟した。────これはもう、逃れられない、と。
「ぬうぅんッ!!」
その時、迫りくる釣糸を上回る速度で何かが飛来し、それが鶴に覆いかぶさりながら抱きかかえた。
「?!?!」
何かに抱きかかえられながら地面を転がる。鶴の思考は理解が追いつかない。
転がり終わる頃、その飛来物体はゆっくりと鶴から手を離した。
それによりその全貌が明らかになる。
筋肉隆々の肉体に胴着を纏った白髪の老人。胸には名札が付いており、そこに書かれているのは鶴と同じく一文字、『翁』!
「猛殺の翁、ここに参上」
翁は立ち上がると浦島太郎の方を睨み付ける。
背中には先ほど浦島が放った釣竿の尖端がいくつも突き刺さっているが、翁が少し身体を動かすとポロポロと抜け落ちた。服にこそは穴が空いているが、その肉体にはダメージは見られない。
全ての釣糸が地面に落ちると、翁は更に言葉を続けた。
「一対一で戦っていたようだが、まさか卑怯などとは言うまいな?」
それに対し浦島もまた起き上がり、口の血を拭きながら嗤いかける。
「へひゃひゃ! 言わねえよ! だが、一つ腑に落ちねえな」
浦島太郎の疑問は、鶴もまた同様だった。
この戦いはバトルロイヤルであり、一部の例外を除いて最後に生き残れるのは自分だけ。
一時的な共闘であらばまだしも、捨身で他人を助ける行為などは考えられない事なのだ。
「な、なぜ……」
力を使い、気が抜けてしまった鶴の身体は再び人間の物に変わる。
新しい着物も現れ鶴の身体も纏われているが、先ほどと比べると少しくすんだ白色であり多少着崩れも起こしていた。
鶴の言葉に翁は穏やかな目で振り返り、言葉を返した。
「昔、調度お主くらいの年頃の、ワシの娘を守ってやる事が出来んでな……」
その言葉に少し呆けた鶴であったが、この殺伐した状況にも関わらずクスリと笑い、口を開いた。
「わたくしも、貴方のような方に罠から助けて頂くのはこれで2回目です」