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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のビ幕 遠く異形の訪来を
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風呂上がりの独白

「2分24秒…

 確かにそれぐらいかもしれません。

 そしてこの状況を打破するに最善手だと思います。今の状況と現在位置、そして現有火力から鑑みて妥当だと思います。幌谷さん、その作戦で行きましょう。」


 荒渡から視線を晒さずミスミが呟く。ゴーグルをしているせいでわからないが、決意、あるいは覚悟がその眼差しに宿っているに違いない。僕に聞こえる程度の声量だったが、確かな強さがそこにあった。

僕はチラリと確認したミスミから、視線を荒渡に戻した。



「その作戦? えーと、どの作戦?

 むしろ僕の思考を読んで解答とか、どんだけ高性能なの? そのバイタルチェックなんちゃらシステムは?」


「?

 幌谷さんが今先程、呟きましたが?」


「あー、うーん、えーと……、

 お風呂の話…、だよね?」


「幌谷さん、大丈夫です。あの鬼は気が付いていないはずです、97%」


 僕はこの緊迫した状況下で心の声、思考をだだ漏らししていたというのか!

いやいや、そんなことはこの際、気が付かなかったことにしてだ! 恥ずかしいから聞かなかったことに、無かったことにしてだ! 話を流して、むしろ流れに乗ってスルーだっ!!


 だがしかし、「その作戦」とは一体どういう作戦なのか。



「あぁ…

 うーんと、あれだ。

 よし、それで行こう!」


 僕はミスミの先へ、一歩、二歩と足を進める。ゆるく絡みつく「見えない水」は、まるで足湯のようだったが、温度がなく絡みつき、抵抗力といずれは僕らを水没させることを目的としたそれは、身も心も癒す足湯とは程遠い存在だ。


 時に諸兄諸姉は、入浴時にはどこから洗うだろうか。いや、何から始めるだろうか。

僕はまず、かけ湯をしながらその日一日を終えた身体の調子を確認し、その後に湯船につかって思案にふける。とはいえ、あまり長湯はしない。

そして湯船から出たらイスをシャワーでさっと流し、座ってそのまま全身を、頭の先からシャワーを浴びる。ここは髪を中心に、割と長めに仮洗いする。

先に洗顔し、身体の洗いに移るわけだが、諸兄諸姉は身体のどこから洗うだろうか。僕は決まって左腕から洗う。特に理由があるわけではないが、それが習慣となっている。

最後に髪を洗って、そのときの身体の温まり具合でまた湯船につかるかを決める。温泉だったなら間違いなくつかるわけだが。



「洗うときには左腕から!」


 刀を左脇に構え、無理矢理に駆け出し、左側から弧を描くように接近して、荒渡の胴を跳ね上げるように薙ぎにいく。


「桃っち、左からと言いつつ右からくるにしては、攻撃が直線的っすねぇ。」


 荒渡が薙ぎ払われる刃を手で受け、流れるように揺らぎ、後退し身を翻す。

刃先からは、斬った手応えも阻まれた抵抗感もなかった。ただ空を斬ったかのように流された。


「生憎、頭は最後に洗うタチなんだよ!」


 そのまま深く一歩踏み込みながら手首を返し、瞬時に正中線に振り下ろす。


「太刀だけにタチ…

 立ちつくす荒渡を断ち切れず…

 たちどころに、Don't touch me 」


 深く踏み込んだつもりが「見えない水」の影響で今一つ伸びず、そして振りと踏み込みのタイミングが僅かに崩れる。

荒渡がよくわからない台詞を吐き、正中線上に降りてくる刀の軌道に掌を合わせ、さらにぬるりと後退した。


「あ、今の兵跡パイセンの真似っす。」


「湯冷めしちまえ!」


 届かないと知りながらも、振り下ろした刀を下から突き放ち、戻す勢いで斜めにバックステップして荒渡から距離を取った。荒渡に正対しつつ、ミスミを視野の中に入れる。


 お風呂を連想しながら刀を振ってみたが、作戦的に間違いだったのだろうか。

荒渡に対しても、この状況に対しても何ら効果を与えているようには思えない。


 そもそも僕の入浴シーンの独白など、諸兄諸姉も求めてはいないだろう。確かにそうかもしれない。だが僕は人の、そう、美少女の入浴シーンを見たことがあるわけでは無いのだ。しょうがないではないか!

あったらあったで、犯罪者認定かリア充確定だろうが、僕はどちらとも程遠い存在だ!!

んま確かに姉とは……

いや、よそう。今はそんな話しをしている場合ではない!



 ミスミが先程の位置と比べ、少しずつ移動しているのがわかる。

怪我のせいなのか、この見えない足湯のせいなのか。はたまた作戦の一環なのか、悟らせないためにジワリジワリと移動しているのか。

ミスミは荒渡から一定の距離を保ちつつ、何かしらの目的、到達点を目指して行動している。

その動きや仕草から見るに、僕の行動はあながち間違っているわけではないようだ。


 それにしても、果たしてミスミは長湯するタイプなのだろうか。本作戦の行動はジワリジワリだが、本来ならば何となくだが、長湯せずに割と実利重視でさっさと上がってしまうタイプな気がする。

個人的には温泉なんかで「待った?」「いや、僕も今上がったところだよ。」なんて言うシチュエーション、先に上がって待っている間の、ドキドキ感だとかソワソワ感だとかを味わいつつも、余裕の立ち姿で牛乳をグビグビプハー、とするのが理想なわけだが。



 本作戦の詳細も長湯するかもわからぬまま、時間だけが経過していく。

つまり水位が着実に足湯のレベルを超えてきている。


 僕は心の声を漏らさぬように、二度と失態を繰り返さないように気を引き締め、刀を握り直す。正対する荒渡との距離は5〜6mほどだろうか。宣言通り仕掛けてくることはないようだが、余裕の立ち姿に苛立ちを覚える。

額から一筋の汗が流れ落ちた。


 今一度。



「牛乳の飲み方はぁぁぁぁ!

 首にタオルを掛けてぇぇぇ!」


 荒渡の一本先、いや二歩後ろを斬るように狙いを定めて左斜め下から首を狩りに飛ぶ。

いなされるのは想定内。

そのまま体当たりするつもりで刀を返しながら袈裟斬り、続けて胴へ柄にに近い部分を当てにいく。


「左手は腰に当ててぇぇぇぇいっ!!」


「ととと、

 荒渡、パイセン方と違って武術の嗜みは無いんすよ。」


 荒渡が押し負けたように見えたが、刀の軌道の全てに掌を当て滑らせ、僕の勢いに乗ってて身体を退いていく。


「そして一気に飲み干しやがれいっ!」


 だがこちらも勢いを殺さず跳躍し、刀を逆手に持ち替えして、その顔面に突き刺しにかかる。


「なんですけど、捌くのは得意っす。

 こう見えても荒渡、いじめられっ子だったんすよ。」


 捉えたかに見えたが、荒渡は両手で左右から掴むように刀身を受けきっていた。

至近距離から荒渡が囁く。


「自分、底辺ですから。」



 間近に覗き込んだ荒渡の眼は、鬼の狂気や怒気のそれではなく、空虚だった。

この男が見てきた世界へ飲み込まれそうな感覚に、脊髄反射的に僕は飛び退いた。

この男は絶望していた。どのような絶望かはわからない。わからないが、僕の過去の無力感、「自身の力不足、どうすることもできない自責の念」と通じるものがあった。

この男と僕の違いは些細なきっかけ、たまたまの……



 一瞬で永遠な時だったかもしれない。


「幌谷くんっ!」


 ミスミの叫ぶような、昔聞いたことがあるようなその呼び掛けに我にかえる。

直後、小さな爆発音が背後から響いた。



「あー、そこには()()地下室があるんでしたっけ。」


 荒渡が素っ頓狂な、少し残念そうな声をあげ、そして「見えない水」がミスミの前に空いた穴へと流れ落ちていく。


「退避するチャンスです。100%」


 成る程、お風呂の栓を開けたということか。そういう作戦だったのか。



「ですが時間はありません。」


 ミスミがゴーグルを外し、はにかむような、ちょっと物哀しい笑顔を見せる。


「やはり幌谷くんだけ逃げて頂くしか無いようです。」


 ミスミの足は、既に負傷していたことが起因となったのか、先の爆破を逃れることが出来ず、腿から下を失っていた。

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