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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のビ幕 遠く異形の訪来を
94/205

荒野の中華鍋の中にあって

長らくお休み頂きましたー

本日より再開します

(^^)ノ

「荒渡、思うんすよ。

 人生色々と例える人はいるっすけど、目をつぶって見える風景って、只のだだっ広い荒野なんすよねぇ。」


 そう言って立ち上がり佇む荒渡は、まるで朽ち果てた墓標のようだった。

朽ち果て、その存在理由が失われ、それでもなお瓦礫の上に佇む墓標。誰の為に打ち立てられたのか、何の為にそこに在るのか。忘れ去られ、誰も訪れることのない墓標が、僕に相対する。


「桃っちもそういうのわかる口かなーって思ってたんすけど、なんかちょっとした隙に「全てを受け入れました」ってな表情っすね。なんか荒渡がっかりっす。」


 朽ち果てた墓標が、荒渡が小雨にさらされているかのように、洗われていく。

そこだけ小雨が降っているかのように、荒渡の全身の粉塵が頭上から流れ落ちていく。小雨に洗われ、墓標に刻まれた言葉が現れる。

そこに刻まれた文字は「絶望」だ。


「あ、振り返っても自分が歩んできた道なんてなくって、広がる荒野だけなんすけどね。

 結局のところ、どこまで行っても、どこに行っても乾いた荒野しかないと思うんすよ。」


 荒渡から流れ落ちる「見えない水」が、爆破によってすり鉢状になった瓦礫の底へ、ミスミのいるそこへ、ゆっくりと静かに流れ込んでいくのがわかる。



「幌谷さん……、逃げてください。

 こうなったのはボクの責任です。」


「桃っちはまだ遊び足りないっすよねぇ。」


「う、うるさい! 黙れ鬼こん畜生っ!

 ミスミちゃん! ミスミちゃんに責任なんて!」


「いいえ、ここまでの事態を想定できなかったのは、ボクの責任です。

 作戦は無事に遂行されました。この作戦に鬼の殲滅は含まれていません。

 あとは撤退するのみです。そして今この場での最優先事項は幌谷さん、あなたの存命です。100%」


 後ろ姿でもわかる。言葉の節々にミスミの責任感と強い覚悟を感じる。

だがそれが何だというのだ。僕はここでミスミを置いていく覚悟なんて、決めない。



「じゃあ、僕は僕なりに撤退すると決める! それはミスミちゃんと共にだ!」


 僕はミスミに向かって、すり鉢状の下へと一歩進める。

ふと、崩壊を免れた、断面を顕わにしてる廃病院を見上げた。日傘女が、サクヤとかいう女が日傘をゆっくりと回し、こちらを見下ろしているのが遠目に見える。

見覚えがある。でもあと一歩のところで何者なのかがわからない。だが少なくとも敵ではないのは確かだ。

もちろん、味方として加勢する見込みも無い。


 ミスミを見る。

いくら自身が仕掛けたものだったとはいえ、あの爆風の中を荒渡を巻き込みながら落下していったミスミが無事なわけがない。おびただしいほどに衣服が破れ、全身のいたるところを損傷しているだろうことが、離れていてもわかる。


「ややや、桃っちはやっぱりそうするだろうと思ってたっす。でもちょっとなんか、不機嫌そうっすねぇ?」


 荒渡の陽気な声とは裏腹に、その醸し出す雰囲気は「絶望」そのものだ。

荒渡の頭部に生える異様な艶光を放つ羊型の巻き角が、一段と大きくなったように錯覚する。

いや、錯覚などではない。間違いなく先程まで以上に「絶望」という力を強く放っている。



「ボクは……、

 幌谷さんを護るためにここにあります。」


 ミスミが呟くように話しだす。


「そのために強くなりました。そのために生きてきました。」


 僕は歩みを止めることなく、ミスミへと進む。


「貴方を護れなくては! 護らなくてはボクは何の為に!!」


 ミスミの感情が一気に爆ぜ、雄叫びのように叫ぶ。

それに連動するように、翼のオーラが大きく展開する。


「ボクは! 雉であるボクは!

 貴方の剣であり盾なのです!

 貴方が人類の剣であり盾であるように!

 ボクは…

 ボクは貴方の剣になり盾になるならば!

 例えこの身が滅びようとも何の悔いもありません!

 ボクは…

 ボクのこの命は!

 貴方のためにあるのです!!」


「僕はっ!

 僕はそんなの望んじゃいない!

 もし…

 もしミスミが命を失って僕が生き延びるなら!

 そんな命はいらない!

 ミスミがそれを否定しようとも僕はこの意見を曲げない!

 もしそれで

 人類が滅びるというのならば

 そんな人類は滅んでしまえばいい!

 ミスミのいない人類なんて滅んでしまえばいい!!」


 ミスミの言葉に触発されたように、僕の中から感情が溢れ出す。それは文字通り僕の表面に溢れ出し、漆黒のオーラとなって立ち昇った。

日傘女が、サクヤが僕の背後に、僕の傍らに降り立ったであろうことは気配でわかった。だが僕は手をあげてサクヤを制止する。

問題ない。邪魔はさせない。


 漆黒のオーラ、「虚無」がより具現化し、一振りの刀「宝刀鬼殺し」、銘を「柴刈乃大鉈」となって顕れ、僕の手中へと納まる。

もはや媒体としての太鼓のバチは必要なくなっていた。

僕は柄を強く握る。柴刈乃大鉈が艶やかに漆黒の光を放ち、僕に呼応する。


「だから……、

 僕の剣であり盾であるというのなら、ずっと僕のそばにいてくれよ、ミスミちゃん。」


 僕はミスミの横に並び立つ。

満身創痍となっても決して折れないミスミの心は、翼となって顕れてていた。

ミスミの覚悟は決まっていた。それは背中越しに見ても伝わってきた。

だけれど「死」だけは覚悟させない、断じて。



「ミスミちゃん、泣いてる?」


「泣いてなんかいません!」


 後ろ姿からは表情は読み取れなかったが、僕の問いかけにミスミは慌てるようにゴーグルを再装着した。


「むぅ、僕が頑張るとして、すこぶる頑張るとして…

 撤退できる確率は、何パーセントだろうか。」


 脛辺りに纏わりつく「見えない水」は、室内戦の時よりも粘度が強くなっていた。

もはやこれは「見えないあんかけ(固め)」だ。

そしてここの形状。さしずめ「地獄の釜の底」、いや「地獄の中華鍋」か…。

つまり僕等は、鍋の中の青椒肉絲か回鍋肉か……。


「幌谷さんへの期待値7%を上乗せして、生存率7%です。」


「低っ! そして全て僕頼み!

 なのに低っ!!」


「ボクが泣いたと発言したことを撤回して頂ければ13%増しです。

 そしてこれは推測ですが、あの男が何もしてこないのであれば、これ以上()()()()()()()のであれば、さらに10%増しです。」


「えーと、つまり合わせると?」


「10%です。」


「僕への期待値が加算されてないし!

 あいつが攻撃してこないことの方が信頼度高いし!

 あー、あーもう、ミスミちゃんは泣いてなんかいませんでしたっ!」


「作戦会議は終わったすか?

 大丈夫す。荒渡、何もする気が無いんで、安心してください。」


「丸聞こえかよ! お前は黙ってろ!

 何もする気がないなら発言もするな!

 あー、鬼畜生! 絶対に中華三昧になってたまるか!!」


 この状況下で、啖呵を切ったものの僕は、未だ活路を見出せないでいた。



 荒渡は「何もしない」と言ったが、こちらへとゆっくり降りてくる。

「何もしないって言うけど、息してんじゃん!」だとか「まばたきしてんじゃん!」だとか、「はい心臓動いたー! お前ウソつきー!!」という小学生級の問答レベルで、荒渡はこちらへと歩み、そして「見えないあんかけ」の水位は着実に上昇していた。


 それはまるで開け放たれたままの蛇口からお湯が勝手に出続け、気が付いた時にはお湯が浴槽から溢れ出していたという、そう「何もしなかった」「止めなかった」から起こってしまったという、うっかりミスのように僕らを着実に責めてきていた。


「くっそう!

 何もしないと言いながら、なんか足元にまとわりついてきてるんだよ!」


 自暴自棄気味に刀で地を払う。

虚無を纏った柴刈乃大鉈が、その軌跡上の「見えないあんかけ」を切り裂いたのがわかった。

だが所詮は「線」対「面」、いや「線の連続から為す刀の軌道の面」対「水という流動的で立体的な体」だ。流れる水を斬れたとて、止めることは叶わない。


「黙れ、と言われても荒渡はコミュニケーションが大事だと思うんすよね。

 それに桃っち、荒渡の()()は仕様なんで、しょうがないっす。」


 飄々とした荒渡、中鬼が一定の距離で立ち止まり、僕らと対峙した。



「この浴槽には、お湯と真水の出る二つの蛇口があります。

 お湯の蛇口は4分間で浴槽を満水にします。

 真水の蛇口は3分間で浴槽を満水にします。

 そして浴槽の栓を開けると、満水から6分間で全てを排水します。

 浴槽の栓を開けたまま、お湯と真水の蛇口を開けた場合に、どれぐらいの時間でこの浴槽は満水になるでしょうか。」


 という問題が頭をよぎった。

僕らのいる浴槽、いや「地獄の中華鍋」は、あとどれぐらいで満水となり、僕らを水没、そして溺死させるのだろうか。

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