紙風船と粉塵が舞い
僕は反転したモノトーンの世界に別れを告げ、僕と「僕」は僕になり、現実世界へと戻る。
そう、これからの僕は、「過去」の僕と共に「桃太郎」である僕と共に、現実世界で戦っていかねばならないのだ。過去を抱え「僕」を過去だけのものとしないように。
現実世界で鬼と戦うために。
現実…、世界へと……、
戻る?
現実世界へと戻るっ!
やばいやばいやばい! 僕は浅はかだった! 実に僕は浅はかだった!
現実世界での僕は、3階フロアから崩落した1階までの自由落下中!
つまり、現実世界に戻る=自由落下!
全然、僕自身は「おれは自由だぜ! ひゃっほーう! リバティ! ウェーイ!」じゃないっ!
『はぁ、「僕」は残念でならないなぁ。
せっかく僕と統合することが出来たのに、もう人生が終わっちゃうのかなぁ。』
「いやいやいや! このさ、静止した空間はその何というか、
緩やかに解除とか、ならないのかなぁ?」
『え? だってこれ、
この世界は「思考の世界」であってさ、現実とは別離してるよね。』
「いやいや、そうかもしれないけど! そうかもしれないけどもさ!
ふわっとブレーキがかかるみたいなさ? そういうのさ! あったりするところじゃないの?」
『そんなに都合よくはないと思うけど……。』
飛び降りたところから地面、着地点まで目算で15mぐらい。
空気抵抗だとかはこの際考えないで、重力加速度が9.8m/S2乗だとして、到達まで1.75秒!
到達時はおおよそ秒速で17.15m!
僕の体重が60kgぐらいだから、到達時の衝撃は180トン!!
死ぬ! 確実に死ぬ! 死ぬるなり!!
現実を認識して「桃源郷送り」するにしたって、そんな余裕ないし!
それはコンマ何秒の世界以下だし!
「あ、あれ!
あのさ、前回さ、崖から落ちたときあったじゃん!
あの時もあれだろ? この力だろ? そしたらさっ!」
『うーん、
あの時は僕の無意識下で「僕」が手伝ったけど、枝とか崖の側面とかで、制動距離? 制動時間があったからねぇ。でも今回はそういうのは無いし、それにもう「僕」も統合されちゃったしね!
うん。ま、
自分で頑張ってね!!』
思考の世界が緩やかに終わり、そして急加速で僕の身体が現実の急加速の世界へと飛び出す。
「ああぁぁぁ
僕は雄たけびを上げる間も大した無く、コンクリートブロックの瓦礫に追突し、未だ地煙残るその地に、「小さな衝撃」と「小さな地煙」をつけ足した。
全てが砕け、全てが闇になる。
それはまるで、唐突にコードを抜かれたテレビ画面のように、ブツリと切れた。
後には何もない。
ただの闇。ただの無。
それこそここは「虚無の世界」だ。
完
「勝手にウ冠に元とかされても迷惑なんですけど。
自分を求めて投身自殺とか、ウザいにもほどがある。」
目をつぶれば闇、目を開ければ光。それぐらいの感覚で僕は「虚無の世界」から解放される。
両指先から腕全体への感覚、両足先から脚全体への感覚、腹部、胸部に感じる瓦礫の凹凸による刺激。
自由落下による身体破壊の、痛みの残滓はあるものの、僕は五体満足にして正常だった。
そして僕の後頭部を圧する硬い重み。
こいつは、この硬さは例のローファーか! うぅむ! 23cmジャストッ!!
そして正確な体重はっ!
「アガッ、リスクゥ!」
ローファーの底面から伝わるウエイトその他、先日の情報(※71話参照)をより正確に更新し、且つ新たな追加情報をリサーチする前に、僕は後頭部が踏み抜かれ調査対象を失った。
踏み抜かれた衝撃で顔面に突き刺さる無数の小石。だがしかし、僕は何事もなかったかのように瓦礫の上に立ち上がり、顔面の小石を払い落とす。
ふっ、この程度のことで僕の心は挫けやしない!
目の前には、この殺伐とした瓦礫の山には似つかわしくない、黒髪の女学生少女、清廉さと純潔さを象徴する高貴な制服を身に纏った美少女が立っていた。
そう、「完全なる曲者」の異名を持つ、日傘の女学生が降臨していた。
「現れたな! 日傘の女学生! 神のSラインを持つ完全なる曲者!!
今日こそはお前の正体を! その曲線を解明して見せる!!」
「あながち間違ってはいないようですが。
全くもってウザさの極み。」
日傘の女学生は日傘をくるくるとゆっくり回しながら佇む。そして相変わらずこちらに正面を向けることはなかった。なんと小癪なSラインか。
「ふっ、美しい曲線に自覚有か。
だが甘い。この僕に背面を見せるということは、即ち曲線をさらけ出すということだ!」
「いいかげんその口、門構えにオしてもらっていいですか。
能力と統合したにもかかわらずそれですか。」
「なっ……、どこまで、何を知っているだ! お前は本当に何者なんだ!」
明らかな動揺が僕の中に走る。
それは僕の過去で、そして僕の中だけの出来事じゃないのか。
「それに、」
ゆっくりと回っていた日傘の回転がピタリと止まる。
「そんな悠長なことを言っている場合ではないのでは?
取り返しのつかない事態になって暴走されても困りますので。」
日傘の女学生の視線の先、瓦礫の先の状況を想像し、僕は一気に瓦礫を駆け上がった。
まるで僕という突風に煽られた紙風船のように、日傘の女学生がふわりと飛び上がる。入れ替わるように僕はその場に立ち、瓦礫の向こうを見下ろした。
そうだ。悠長に日傘女にかまっている場合ではない。
「ミスミちゃん!」
「幌谷くんっ、いえ、幌谷さん! なぜここに……」
崩壊した廃病院の1階に、いったい何がそこにあったのかわからないほどの破壊の底に、雫ミスミが膝をついていた。満身創痍でありながら決して折れない意思を示すかのように、そこに存在していた。
「ミスミちゃん! 今助ける!」
僕は慌てる心を抑え込みながら辺りを見渡す。土煙のせいもあったが荒渡、中鬼の姿は確認できない。だが気配だけは確かにそこにあった。僕は慎重にミスミ向って踏み出す。
「幌谷さん、覚醒したのですね……。
ですが、いけません。今の隙に逃げなくてはなりません。」
ミスミが口にした「覚醒」という言葉に、ほんの僅かに哀しみのようなものが含まれている気がした。だがそんなことを気にしている場合ではない。
「あぁ、これが覚醒というものなのかはわからないけれども、逃げなきゃいけないのは確かだ。
ミスミちゃんも早く! 動けないのなら今すぐそっちに行くから!」
「駄目です! 逃げてください! ここはボクが食い止めますから。
もちろんボクも退避しますが、殿を務めます。
サクヤ様も…、ここはお引きください!」
「ウチは頃合いを見て立ち去りますので、ご心配なく。」
ミスミに「サクヤ」と呼ばれた日傘女が、無感情に返答する。
「駄目だミスミちゃん! 逃げるなら一緒だ!」
「いやぁ、まさか爆発物を仕掛けてるとは思わなかったっす。荒渡、感心っすわぁ。
でも桃っち、壊すだけ壊して、はいサヨナラは頂けないと、荒渡思うんっすよね。」
どこからともなく荒渡の声が聞こえる。
どこだ? どこにいる?
辺りを見渡すも荒渡の姿を捉えることができない。ただその飄々とした言葉に悪寒だけが走った。
「ミスミちゃん!」
「12時です! 幌谷くん! こちらに来てはなりません!」
ミスミが上体を屈め、前方への警戒を強める。
だが前方は依然と瓦礫が広がるばかりで、人、いや鬼の姿は見えない。
これも荒渡の能力だというのか……。
突如、前方の瓦礫がガラガラと動き出す。その瓦礫から這い出すように、粉塵まみれになりながら荒渡が姿を現した。
「埋まってただけかよ!」
「いや、荒渡的には別に平気っす。自分、底辺なんで。」
見た目の粉塵まみれとは裏腹に、確かに荒渡はその言葉のとおり、全くダメージを受けているようには見えなかった。
言葉と出で立ちのアンバランスな中で、荒渡の「無感情」な表情が、僕に恐怖心だけを、ただ与えた。




