繰り返される「キル・エンター」
警察官風を装った餓鬼、つまりガキ警察か…
が、僕の行く手を阻むように佇んでいる。
「タタタ、タンッ タタ、タンッ タタタッ タン、タンッ」
軽快な射撃音がイヤホン越しに届く。
ミスミちゃんも僕同様に鬼、警察官役の鬼と対峙しているということだろうか。
僕はその音に鼓舞されるが如く、柴刈乃大鉈を八双に構えなおし、ガキ警察ににじり寄る。
何だこの張り詰めた糸のような緊張感!
伝う汗すら意識せぬ緊迫感はっ!
「って、その矢先に野性的な突進ですかーっ!」
僕は反射的に体をよじり、ガキ警察の突進に似た一撃を辛うじて回避する。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。
えーと、70%ぐらいは!
そっちは?」
「100%問題ありません。」
「すこぶる対照的っ!」
ここはあれだ! 倒すとか鬼門を潰すとかじゃなく、やり過ごすことが優先じゃないのか!
僕は翻した体勢から、そのガキ警察の背後に一刀浴びせ、結果を見ることなく走り出す。
何なのか知らんが見えうる限り、5m置きぐらいに配置されているっぽいぞ、ガキ警察が!
あれだよ、柴刈さんよぅ! なんかこう、ソニックスラッシュみたいな飛ばし技無いの?
直線状に一網打尽するみたいなさぁ?
僕は出来うる限り一撃与えつつ、回避を優先しながらガキ警察街道を突き進む。
突き進めど足元の「見えない水」の水位は上昇し、今や膝下ぐらいだろうか。足を運ぶのに抵抗感が強くなっていく。
「すみません!
あの、すみません、十字路到達しましたがどちらに?」
「三時の方向に。」
「さ、さ、さー、イエッサー!」
「そっちは九時ですが。」
「今更ごめんって、増えすぎて方向転換はむ~り~っ!」
未だ慣れないミスミからの方向指示に、「さ」の字に咄嗟に左方をイメージして逆方向へと進む。
やり過ごし、溜まりに溜まった夏休みの宿題のようなガキ警察御一行を尻目に、僕は引き返す選択を放棄し突き進んでいく。
うん、これをね、引き返すなんてのはね、無理ですよ?
「タタッ、タタタッ、タン
タタタタ、タン、タンタン」
耳元に届く、断続的に繰り返される射撃音は、まるで軽快なタイピング音のようだ。
そいつはまるで「今日は締め日で請求書の作成に大忙し!」てな、事務員の打つタイプ音に聞こえなくもない。
「キル・エンター」そんな言葉が頭をよぎる。
諸兄諸姉は見かけたことはないだろうか。ファーストフード店にたまにいる、コーヒー(ブラック)を飲みながらNPCを操る、ちょっと意識高そうなビジネスマン・ビジネスウーマンを。
彼等は何故あんなにもピアノの連弾かのように、リズミカルにタイピングするのだろうか。
そして大抵、エンターキーを打つ時には「タンッ(してやったり)!」という感じなのだろうか。
きっと彼等の前世は、獲物を追い詰め追い詰め、最後は1発で仕留める、伝説のマタギだったに違いない。
だが僕は、あのエンターキーを打つ、いや撃つ音に、正直「ビクッ」となってしまうのだ。
うーむ、ということは僕の前世は桃太郎なんかじゃなく、ヒグマだったんじゃないかなぁ? いや、ごんぎつね辺りかもしれないな。
それはさて置き、そこから付けた名前が「キル・エンター」、「死の入力」というわけだが、ミスミの射撃音はそれに似ていた。
いや違う。彼女はリアルに「キル・エンター」しているのだ。
「タンッ!」
キル・エンターが打たれ、マガジンを交換する機械的な音が聞こえる。
そこに混じる僅かな吐息。甘い音が僕の耳をくすぐる。
その吐息が妙に安心感、心強さを僕に感じさせた。
「少し距離はありますが、突き当たり手前に階段があります。そこから上階へ。」
「イエッサー!」
「サー、ではありません。」
「さぁ?」
「ボクは幌谷さんの上官ではありません。
ボクは幌谷さんの…いえ、なんでもありません。
戦闘に集中を。」
「あー、うんうん。
目標確認、集中をせざるを得ない状況は継続中!
大丈夫…、たぶん、きっと!」
僕はミスミの言いよどみが少し心に引っかかったが、前面の等間隔なガキ警察をかいくぐり、背面の列を成したガキ警察に追いつかれないよう、集中せざるを得なかった。
それに増して、上がり続ける「見えない水」の抵抗が厄介だった。膝頭を超えてからは、そこを走るだけで体力を消耗するようになってきた。
僕は走るのを諦め、前面の餓鬼の下半身を狙い、挫けたそれを障害物とする事で、背面からの追っ手を少しでも遅らせる作戦に切り替える。
「ミスミちゃんは…
この見えない水みたいなやつは大丈夫なの?」
「湿地帯及び海岸地域、また建造物、市街地での戦闘経験はありますので、100%問題ありません。
加えてボクはもう1階は抜けましたので、心配はいりません。」
「実務経験、豊富〜!」
僕は目の前のガキ警察No.20ぐらい、いやま正確には今まで何体やり過ごしてきたかわからないわけだが、そいつの背後を確認する。残りNo.20(暫定)を含めて3体か。
いよいよ水位は腰の高さまで到達しようかというところだ。上半身まで及べば刀を振るどころではなくなる。更に具合の悪いことに、下半身を狙うということは必然的に腰下へと刀を振らねばならなかった。
言うまでもなく、水面下では腕に対する抵抗も感じられた。
その上「ねぇねぇ、こいつは不公平じゃない?」と思うのは、鬼にその「見えない水」の抵抗が無さそうなところだった。いや、確かにこいつらには影響していない!
刀を振り続け、目の前の鬼に意識を集中し、それでいて背後から迫ってくるやり過ごした鬼に意識を残し、脳内がフルマックスになり、その上で心はミスミの吐息のおかげで冷静に在り、何かしらの境地に達し、鬼の挙動に目を見張ったその時、
柴刈乃大鉈が唸った。
『後の先 初撃を弾き』
僕は反射的に刀の峰で、鬼の初撃たる前腕を弾き… 軌道を柔らに逸らす
『鞭打つように手首を返し』
切っ先がしなやかに流れ、春風に吹かれる葉のようになびく
『流れるままに手を添え、軌跡を見る。』
吸い込まれるように鬼の両目が切り結ばれる。
あぁ、これが「浦島流鬼捌、目打ち」の原型か…
あの技のような、稲妻のような瞬撃、打突ではないが、美しく自然な流れだった。
僕は、目を押さえ前掲に崩れる鬼の首元へと踏みあがり、次の鬼へと向かう…
「あでっ!」
上手くきめ、上手く回避し、上手くやり過ごす予定だったが、思いのほか天井が低く、僕は頭頂部をしこたまぶつけた。ぶつけたおかげで飛距離は落ちたが、「見えない水」から脱出したおかげで久方ぶりの跳躍だ。その勢いのまま虚を突かれた後続の鬼の鬼門を斬り下ろす。
「大丈夫ですか?」
言葉は冷静、声色は相変わらずの柔らかさだったが、ミスミの語尾は俄かな心配が匂わされていた。
「湿地戦も市街戦も、僕には初挑戦みたいなものですが!
お陰様で柴刈乃大鉈様に! 助けられているでありまする!」
「なんとか凌げているようなので安心しました。43%ぐらい。」
「思ったよりパーセンが低いのは、優しさの裏返しだと受け止めておきます!」
僕は何だか、ミスミにこれ以上心配かけたくない気持ちで、ちょっと強がりを言ってみた。
実際のところで言えば強がりを言うほどゆとりがないことは、諸兄諸姉ならばお察しのことだろう。だがここで弱音を吐いたところで、どうにかなる状況ではないことは、これまた諸兄諸姉ならばご理解いただけることだろう。
「おらーっ!
かかってこいやーっ! こんちきしょうめぃがー!」
僕は通路最後の鬼を半ば強引に突き飛ばし、階段を駆け上がり、お陰様で「見えない水」の抵抗から解放され、階段の踊り場で追撃する鬼を斬り伏せ、「あー、これが世にいうところの、高低差による優位性ってやつかぁ」などと実感しながら、これまでのツケを支払った。
緩やかに、不気味に、「見えない水」が水位を上げ続け、階段を一段、また一段と浸してきているというのに。




