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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のミ幕 高みに至るも悲しみを鎮めることは無し
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モールス信号が知らせる「何か」

ポチャン  ポチャン


 雨漏りだろうか。どこからか水が落ちる音が等間隔に聞こえてくる。

長年放置されてきたであろう建物の内壁は薄汚れ、湿気を帯びて所々の壁紙が剥がれ落ちている。

埃と湿った臭い。妙に鼻につくその匂いもまた、放置されていた長い年月を物語っていた。

窓を塞いでいたであろうベニヤ板が剥がれ、僅かに外の明かりが差し込んでいる。建物の周辺は当然、手入れなどされておらず草木が茂っていた。そのためか差し込む明かりも、日中だというのにひどく心細いものだった。


ジ ジジ  ジジジ  ジ


 非常灯が宛先の無いモールス信号のように明滅を繰り返している。

電気が供給されているとは思えなかったが、予備電源などが作動しているというのか。

所々の扉に板が打ち付けられ、人が入ることを拒んでいたのだろうが、それもまた崩れ落ち、その隙間から内部を伺うことができた。

いや、内部はさらに漆黒の闇となり、入りたいなどと思わせないような、心理的な拒絶がそこにあった。



「いやまあ、なんと云ふか。

 懐中電灯の一つ、持ってきても良かつたんぢやあないのかい。」


「ばか云へよ、お前。

 懐中電灯など持つていたら、戦えないぢやあないか。」


「そうは云つても、この薄暗さぢやあ、歩くのも一苦労だよ。」


「修行だと思へば問題ないよ。」


 リュウジンは強がりのように僕の呼びかけに応えたが、僕もリュウジンも、どうも落ち着かない。

自分たちの声の反響音もそうだが、鼓膜を圧迫するような、妙な空気圧が不快だった。



 そこで突然、僕のポケットが微振動する。その音がまた、この静けさの中で不安を掻き立てるような音となった。


「なんだい。

 お前の電話が鳴つているのかい。」


「どうやらそのようだよ。

 どれ、出るとするよ。」


「早く出たまへよ、お前。

 どうもその音は不快で堪らんよ。」



「申す申す。」


〔ミスミです。

 建物内に侵入することができたようですね。〕


「嗚呼、そこまでは無事にこなせたよ。

 でもね、どうも此処は落ち着かないんだよ。」


〔すみません、普通に喋ってもらえますか?〕


「普通ぢやあないかい?」


〔全く普通じゃありませんね。

 78%ぐらい。〕


「思つたより低いぢやあないか。」


〔幌谷さんは元から普通ではありませんので。〕


「どんだけだよっ!」


「うるせぇよっ!」


 僕に続きリュウジンも叫んだことで、僕らの心に巣食う不安定さは消し飛んだ。

ちなみに僕とミスミとの電話はイヤホン越しだったので、当然リュウジンには聞こえてはいない。

そして唐突だが、諸兄諸姉のためにミスミの声は〔 〕で表現しているのは、僕の配慮だ。



〔叫ばないでもらえますか?

 ちゃんと聞こえていますので。〕


「板挟みで僕が悪いみたいに言うなよ!」


〔それで、内部の様子はどうですか?〕


「定型的にスルー!

 …どうもこうも、普通に廃墟だよ。

 人の気配は勿論だけど、鬼の気配もない。」


「ケッ、確かに鬼の気配がねぇが、それがまた胡散臭ぇ。

 表の二匹だけなわけがねぇ。」


 僕とミスミとの電話のやり取りに、リュウジンが呟く。


〔先に進む必要あり、ということですね。〕


「リュウジン、先に進めってよ。」


「あ? 電話は雫さんか?

 当たり前じゃねぇか、バカ野郎。

 誰かが行き来した形跡があるしな。それが罠かもしれねぇが、乗っかってやらぁ。」


 正直なところ、僕はこんな薄気味悪いところに長居はしたくはなかったし、まして先に進みたくもなかった。だが「調査」という名目から考えてみると、確かに進まざるを得ない。


「リュウジン君は進みたいって。」


〔幌谷さんもです。〕

「お 前 も な!」


「電話の内と外でハモるなよ!」


 生きる気配の無い陰鬱な廊下に、僕の悲痛な叫びが響く。

「乗っかった船」とは言うが、こんな三途の河の渡し船のようなものに、僕は乗りたくはない。



「それで…、

 とりあえずのところ、「リュウジン・ナビ」で進んでいいわけね?

 ミスミちゃん?」


〔僕も、モモボ…

 ゲゲ……いる…ではなぃ…

 タ…  こトト…… ま

 ガガガガ…  〕


 廊下の角を曲がり、「ミシリ」と何かを踏んだ音が、足元から聞こえた後、


電波の状態が急激に悪くなり、


ミスミの声が聞こえなくなった。


〔……、 … 。〕


通話終了を知らせる音は、


鳴ってはいない。


「ミスミちゃーん。

 おーーーい。

 なんか電波が悪いみたいだけれども?」


〔  こ…

 こか  ……ラハタ…

   てよ  ミ……デ …… 〕


「え? え? なんて?」


ザ ズズ  ズザ ザザザ


「おーい、おーーーい!」


 最早、雑音しか入ってこない。

電話しているとはいえ、イヤホン越しでは独り言のようにしか見えない僕に、電波状態が悪くちょっと慌てふためく僕に、リュウジンが苛立ち交じりで話に割って入る。


「繋がってねぇなら切っちまえよ!

 正直、歩きスマホとかうぜぇんだよ。」


 歩きスマホじゃねぇし!

確かに僕はイヤホンをしているのにも関わらず、電波状態、通話が切れていないことを確認する意味で、スマホの画面を見続けながら歩いてはいた。

だがそれとて、この不確かな状況下での情報収集ではないか。



〔たす…  け  て… 〕


「え?」


〔ダ メ… もう、 ダメ… 〕


「なになになにっ! どゆこと?」


〔脳ガガガガ… ガアァァァッ!〕


 途切れ途切れに聞こえてくる言葉に、僕は戦慄する。

だが、イヤホン越しの雄叫びの後、暫しの静寂が訪れる。

なんなのだ。どういうことなのだ。


〔ねぇ? ねぇってば… 〕


「聞こえてるよ! 聞こえてますからっ!」


〔助けてよ…  ねぇ?〕


「いやいやいやいや、どうすりゃいいのよ!」


「だから切れって!」


「そういうことじゃねぇんだよ!」


 リュウジンの茶々に、ついツッコミを入れてしまったが、そもそも「これ」が聞こえていない奴にわかるはずがない。電話越しに聞こえる「その声」、その内容がわかるはずがない。

如何しろというのだ。「その声」が唯一聞こえている僕は、この場において孤独ではないか。

真の恐怖とは現実の孤独に訪れるものではない。心理的な孤独に訪れるのだ。仮にここが乗車率200%の満員電車の車内だったとしても、そこに孤独は存在するのだ。

そしてその孤独感の中にあって、誰とも共有することのできない恐怖感は、幾何万倍にも膨れ上がっていった。


〔出られ…ない

 出られない出られない出られない出られない

 出られない出られない出られない出られない

 出られない出られない出られない出られない

 ででででラララララレェェェッェェ……」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 ごめんなさぃぃぃぃぃぃっ!!」


〔隙間から…出られ、ない…   〕


ブツッ

 ツー ツー ツー


 そして通話は一方的に切断された。

何なんだよ、もう! どういうことだよ! 隙間って、隙間ってなんだよ!

もう壁とかの隙間とか見られないよ!



「リュウジン! まじやばいよ!

 ここはやばい!」


「うっせぇよ!

 やべぇのは最初っからわかってんだろうが!」


「いやいやいや、そういうんじゃなくてだな!」


「ピーピー、ギャーギャー言ってんじゃねぇよ!」


 リュウジンが振り返り、心底、苛立った様子で僕に怒りをぶつける。

わかる、わかるよ? でもねリュウジン、君は聞いてないだろ?

あんな電話を耳元で言われたら、あんな声を聞かされたら…

あんな声…、あんな声? あれはミスミちゃんの声だったか?

じゃあ、誰の声だというのだ…


 そんな疑問が頭の中をよぎった直後、リュウジンの背後、僕の視線の先の廊下の突き当りを「何か」が横切った。

それは生気がなく、白い入院服、あの入院患者が着る白い浴衣みたいな服を着た、うなだれた人影、髪の長い女性らしき人影が、音もなくスーッと横切ったのだ。


「あ、あ、あれ! なんか横切った…

 なんか白いのが横切った!」


「あ?

 何も…、いねぇじゃねえか。」


 リュウジンも僕の異常に何かしらに警戒しながら振り返り、目を凝らす。



 この病院廃墟はやばい…

鬼だとか調査だとか言っている場合じゃない。

僕は、いや僕とリュウジンは、この後更なる「何か」が待ち構えているのではないかと、心のどこかで感じ取っていた。

だが僕らはその「何か」の気配に対し、沈黙する以外の手立てがなかっただけだった。

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