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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のミ幕 高みに至るも悲しみを鎮めることは無し
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∞に繰り返されるのも愛

 幾度か僕は鬼を見てきた。だがここまでオニオニした鬼はいただろうか。

確かに二本の足に二本の腕、一つの胴体に一つの頭、当然目鼻口は人間と変わりはしなかったが、明らかに人間とは異なる存在だ。

ここまでくると、作り物なのではないかとすら思ってしまうほどだった。


 だが唸るような呼吸音、荒ぶるほどに上下に揺れる肩と胸板、躍動するはち切れんばかりの筋肉、そしてその憎悪に満ちた眼光は、明らかな存在感を放ち、人類の敵であることを体現していた。



 僕は赤鬼青鬼から視線を逸らすことなく、後ろポッケの柴刈之大鉈へと手を伸ばす。

その時、半分になった胡桃を手に握っていることに気がつき、慌ててそいつを前ポッケにしまった。


 リュウジンは抜刀せず、相変わらず肩に刀を担ぎながら、ゆっくりと歩み間合いを縮めていく。


「随分と大層なもんぶら下げていやがんなぁ。そいつはなんだ、特注品か?」


 僕の見立てでは、鬼達がすぐさまかかってくるだろうと思っていたが、低い唸り声を上げるだけで、じっとこちらの様子を伺っている風だった。


 柴刈之大鉈を両手に構える。

パキパキと小さな音を立てながら空間が割れ剥がれ、その刀身が姿を現す。

鬼の唸り声に共鳴するかのように、柴刈之大鉈が振動する。


『鬼を狩れ、奴らを斬り伏せよ。』


 僕の中ので、イチモンジのじいさんの声と刀から伝わる声が重なる。



 僕が意を決し、柴刈之大鉈をあらためて握り直すと同時に青鬼が行動に移した

金棒を振り上げたかと思うと、そのままアンダースローのように振り抜き、全身のバネを最大限に使って後方から前方へと地面に叩きつける。

抉られた地面、アスファルトが無数の石飛礫(いしつぶて)となり、まるで弾幕のように僕らへと放たれた。


「なかなか知恵が回るじゃねぇか、鬼の分際でよぉ!」


「あだだだだっ!」


 リュウジンが大きく跳躍し、空中で石飛礫を回避する。

僕は対照的に後方へと跳びのき、刀で致命傷になりそうなものを捌いたが、それでも全てを捌くことは出来ず、幾つかを身体に受けた。


「んで赤と青、どっちが格上だよ?」


 リュウジンは赤鬼の方に狙いを定め、鞘のまま空中から頭上へと振り下ろす。だが赤鬼は軽々と金棒を振り上げると、その打ち込みを受けきった。

木と金属からは想像できないような、重たい衝撃音が響く。


「正解は俺が一番格上だ。ばかやろう!」


 リュウジンはニヤリと笑うと、素早く左手を鞘へと持ち直し、抜刀しながらの袈裟斬りで地へと着地する。赤鬼の体表に、肩から腰にかけて赤黒い筋が浮かび上がる。


 リュウジンの着地の体制がなんというか、上体と刀を振り抜いた右手は低く、鞘を逆手に持った左手は後方へと伸ばし、如何にもなポージングだ。

キメポーズを忘れないところが素敵だ。



 刹那の静寂。


 こ、これは刀を振って血を払い、鞘に納めると同時に真っ二つとかというやつだろうか? サムライ・エキセントリックというやつだろうか?

リュウジンが静かに腰を上げた。


「浅かっ…、いや、峰打だ。」


 赤鬼が何事もなかったかのように、金棒を頭上へと振り上げる。


「斬り伏せたわけじゃないのかよ!」


「白魚は反りがねぇからな。袈裟斬りには向かねぇ。

つかお前、俺のこと気にしてる場合か? 青いのはお前にお熱らしいじゃねぇか。」


「お熱って、いつの言葉だよっ!

 こっちはこっちで、ジャガイモを切るように斬るから問題はないっ!」


「ハッ、意味がわからねぇ。随分と余裕だな。」


 そう言い終わるや否やリュウジンは赤鬼に対し、まるで練習台かのように一方的に、次々と刀撃を入れていった。



 あははは。全然、全く余裕じゃないぞ、僕は!

ジャガイモを切るようにと言ったものの、こんなに青いジャガイモは美味くないに違いだろうさきっと!


 Don’t think, feel.「考えるな、感じろ」とは、言うまでもなくあの有名なブルース・リーの言葉だ。そして彼はこう言っている。「戦いの結果を予測することは大きな間違いだ。勝敗など考えるべきではない。自然の流れに任せれば、タイミングよく攻撃できる。」と。


 はたして僕は、あいつをジャガイモだと思えば勝てるのだろうか。

いや、勝てる勝てないではないのか…

肉ジャガ…、今日の気分的にはポテトサラダか…

そう思って戦えということなのか…



「あっ、めにぃあーる!

 ぽぅ、てぃ、とぅー!

 ぐりこ! あるか! ろいど!

 には、注意!」


 青鬼の容赦ない左右交互の乱撃。まるで∞の文字を書くように金棒を振り下ろす様は、それこそ無限に続く削岩機のようではないか。

僕は自然の流れに任せてかわし続けていたが、いったいいつ攻撃するタイミングがくるというのか。まるでなす術がない。


「ハッ、随分と長いスペルじゃねぇか。」


「気を溜めてる最中だっ!」


「…やるな、お前。」


 なんだ? 僕は躱すのが手一杯で苦し紛れな言い訳をしたのだが、何かリュウジンの琴線に触れたのだろうか。


「面白ぇ、お前の「ジャガイモ斬り」とやらの気が溜まるまでの間に、俺の技を少し見せてやろうじゃねぇか! 先にいくぜ!」


 後にも先にも、全ていって頂きたい!

リュウジンが半回転し、大仰に両手の刀、鞘を振りぬきながら刀を上段に、鞘をやや中段下に構える。

う~ん、キメポーズに見えなくもないが、基本的な構えなのだろうか。

それに合わせるかのように、赤鬼が金棒を大きく振り上げた。



「浦島流鬼捌、目打ち。

 相手の初動を封じる技として俺は使っている。」


 リュウジンが左手の鞘で赤鬼の眉間を突く。右上段に構えられた刀がブラフとなっているのだろうか。

赤鬼の動きが止まる。


「俺の(ほのお)に焼かれろ。

 リュウジンスペシャル、炎八画(フレイムバースト)。」


 赤鬼の左右の上腕と前腕、そして同じく大腿と下腿の八か所が流れるように切り刻まれる。

四肢に傷を負った赤鬼が金棒を落とし、完全に制圧される。

なんだろう、リュウジンのオリジナル技なのか? 四肢の八か所が切られる様は「炎」の文字に見えなくもないが…。


「こういう大型の鬼はまずこうやって動きを止めねぇとな。そしてこいつが回復する前に仕上げだ。

 浦島流鬼捌、腸抜(わたぬき)。」


 刀を水月から上方に差し入れると、流水のように下腹部まで切り裂く。

鬼門を切ったということなのだろうか。立ったままの赤鬼からどす黒い瘴気が溢れ出す。

リュウジンは静かに刀を鞘に納め、哀愁のようなものを漂わせた。こいつは明らかにキメポーズだ。

僕は青鬼の熾烈で間断なき「無限叩き」を凌ぎながら横目で確認する。

ごめんなぁ。せっかく気持ちよく説明してくれたようだけど、僕にはそれを聞く余裕はないよ!



 だが青鬼の「無限叩き」にもリズムというのだろうか。流れ、間断なき攻撃のようでもどこかしらタイミング、つけ入るタイミングのようなものが見えてくる。


『薙げ。』


 僕は柴刈乃大鉈の声に従い、刀を横一閃する。

青鬼の振り切った金棒の、手首を切り裂き連撃が止まる。


『撫で斬れ。』


 勢い余って突き出された青鬼の左腕が斬り落とされる。

声に従う僕に呼応するかのように、柴刈乃大鉈が青白く淡い光を纏う。


『鬼を…、狩れ。』


 青鬼の右腰下から入った刀が、滑りあがるように左鎖骨へと抜け斬る。

勢い余った僕は青鬼に激突し、二つに割れた身体を突き飛ばす。後に残された瘴気の黒煙すらも赦さぬかのように、柴刈乃大鉈の青白い光がかき消す。



「フン、刀八割ってとこだな。」


 リュウジンの感想は間違いだ。正解は「刀十割」だ。

僕は僕の出した結果とリュウジンのこれまで積み重ねてきた鍛錬と、僕の鬼討伐に対する不確かさとリュウジンの計り知れぬ想いと、そして流れに流される僕と流れに抗うリュウジンとの違いに後ろめたさを感じた。

リュウジンはきっと優しい。本来ならば鬼の討伐に対する評価、正統性は彼に与えられるべきものだ。

だが言葉とは裏腹にリュウジンは、僕という異端を受け入れようとしている。


 そして僕はと言えば、そんなリュウジンに対し見栄ではないのだが、素直にその言葉に反応してしまう。


「残り二割は愛だな。」


「ケッ、バカ言いやがって。」


 リュウジンが刀を収めた木刀を肩に担ぎ、踵を返して歩み出す。

柴刈乃大鉈が不安定な振動のあと元の木の棒へと姿を戻す。僕はなんとなくその握られた棒と、握っている両手に目を落とし、だがそんな感傷をかき消すように首を横に振って、木の棒を後ポッケにしまう。



「なぁ、胡桃食べていいかなぁ?」


「あ? 勝手にしろよ!」


 僕はぶっきらぼうに応えるリュウジンの背中に従い、旧岩狩病院の門をくぐった。

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