因果応報なのかよカオリ
因果応報とはかくも厳格か。
定点Aに接近する物体B、そして物体Bに対し直角に近い角度で急接近する物体C。
この場合、物体Bが定点Aへ到達する前に、物体Cが物体Bに接触するのは極めて難しいことだろう。
そしてこれは、僕が極めて客観的視点に立って観察している、ということを前提とし想像しての発言だ。
ここでいう定点Aとは、つまり僕のことである。
そして物体Bとは、僕の眼前で破壊された胡桃だったりする。
「ちっ、胡桃が好きそうな顔してるから、ちょいと喰わせてやろうかと思ったが、邪魔が入ったか。
お前の守護天使の腕は相変わらずだな。」
「安定の厨二発言。やるな…。リュウ、リュー、リュウ?
リュウ某改め、リュウ坊。」
「ヘラヘラしやがって! 相変わらずいけすかねぇ!」
悪態をつきながら僕の目の前に現れたのはリュウジンだった。
相変わらず仕込み刀の白木の木刀を肩に担ぎ、空いた手で胡桃を弄んでいる。
発言もさることながら、その出現の仕方、胡桃を弄ぶ姿が、素敵なほどテンプレじゃないか。
くるみ餅を食べたからといって「硬質なあいつ」、胡桃本体が飛んでくるのはなんの因果か。なんたる偶然か。
そして僕に目掛けて飛んできた、リュウジンが投げつけてきた胡桃(もちろん殻付き)を迎撃したのは…、まぁミスミの狙撃だろう。つまり僕に投げつけられ、眼前で爆ぜさせた胡桃への弾丸が、物体Cということだ。
「そんなリュウ坊に三つの質問がある。
まず一つ目だ。
守護天使だとか痛い名称で呼ぶのは雫ミスミのことか? 君らは知り合いだったか。」
「ハッ、知り合いってほどじゃねぇ。」
リュウジンの、取って付けたような鋭い視線がくすぐったい。
「次に二つ目。
イチモンジのじいさんとも知り合いのようだな。よろしく言ってたぞ。」
「フン、…いけすかねぇな。」
イチモンジのじいさんがうるさい奴、僕と気が合いそうな奴と言っていたが、リュウジンはまぁ、うるさいってほど喋るタイプではなさそうだし、気が合いそうというのは大きな誤解だ。
「最後の質問だ。
君の名前はリュウ、なんだっけ?」
「二度も名乗る気はねぇ!!」
リュウジンは踵を返し、僕の前方を歩く。怒り、苛立ちを背中で語っている…ぽい。
「道案内ありがとう。」
「ちっ、道案内とかじゃねぇ。俺は俺の行きたい道を進むだけだ。
お前が俺の歩んだ道を、背中を見て歩むだけのことだ。」
つまりそれを道案内と言うのでは?
なんだろうか。「常に人より前を行くぜ」精神なのだろうか。
「ところでリュウジン、君んちは香木とかを焚く習慣があるのだろうか。」
「ハッ、意味が解らねぇな。」
リュウジンを通り過ぎた風が、線香などの香木を焚いた匂いを乗せ、僕へと運んでくる。
なかなか古風で和風な家庭環境のようだ。
「ちなみにさ、どんな女の子が好み? 例えば香りとかさ、どうなの?」
「くだらねぇこと喋ってんじゃねぇよ! カオリとかいう女なんざ知らねぇし!
少し黙っていられねぇのか? しゃらくせぇ!」
香り香り! カオリじゃなく香りね! 僕の知り合いにだってカオリちゃんはいないよ?
おっと、リュウジンが顔を赤くし、怒りに任せて胡桃を投げつけてくる。
ははは、ウブイじゃないかリュウジン君! そんな感情任せの胡桃なんざ、ほれこの通り。
簡単にキャッチしてしまうよ!
君のいうところの、僕の守護天使の狙撃に頼るまでもなくね!
「コミュニケーションは大事じゃないか。」
僕は受け取った胡桃を山なりに投げ返した。
リュウジンは瞬時に胡桃を縦一閃し、刀を収めた鞘で半分になった胡桃を僕へと打ち返した。
お互いに半分になった胡桃をキャッチする。
「お前となれ合う気はねぇ。」
うーん、行動と発言がちぐはぐなのは思春期特有のあれか、反抗期か。
リュウジンは出会った当初から僕に向けて敵愾心のようなものをぶつけてきてはいたが、そこに明確な悪意のようなものは感じられなかった。
リュウジンが並々ならぬ努力と鍛錬を積み重ねてきたであろうことは、その剣技を見ればわかる。センス云々で得られるほど容易なものではないものだと思う。
きっと僕のような男が「はい! 今日から鬼退治しまーす!」なんて言うのは面白くないに違いない。ましてや僕は、半分はやらされている感でいっぱいだ。出来ることならリュウジンに受け渡したいぐらいだ。
だがその反面、僕がやらなければいけないような、使命感のような、いやそれとは違う強制力のような「なにか」が僕の中で渦巻いていた。
それはずっとずっと昔から続いてきているような、重たい感触だった。
「まぁそういうなよ、目的は同じなんだしさ。」
「そういうヘラヘラしたところが、じじいそっくりだ。
ちっ、いけすかねぇ。」
「じじいって、イチモンジさん?」
僕の問いには答えず、リュウジンはまた歩き始めた。
んま、それが答えなのだろうが、僕はイチモンジのじいさんほど世捨て人じゃあ、ない。
僕はリュウジンに続きながらスマホを取り出し、時間を確認する。
現在時刻は14時30分を過ぎたところだ。きっと約束の時間、15時までには着くことだろう。ここから目的地までの距離は知らないが。
ついでにイヤホンの電源を入れ、スマホと同期し、右耳にだけ装着する。
チラッと音楽でも聴こうかと思ったが、そいつはまぁ不謹慎というものだろう。そもそも僕は、リュウジンとの会話を切り上げるつもりはなかった。
「君は、いつから鬼退治を?」
「あ? 生まれたときからだ。」
やるなリュウジン! その気持ちは大人になっても持ち続けた方が良いと思うよ!
「なるほど。
その…、その刀には銘はあるのかな?」
「白魚改・二〇三、だ。」
「ほほぅ、素敵な名前だ。」
「白魚は直刀だ。持ち運びが楽だから使ってるだけだ。」
なんだかんだ言って僕の問いに答えるリュウジンは、根が素直な性格なのかもしれない。
これならもっと突っ込んだ話を振っても大丈夫かもしれない。
例えば好みの女の子とか、今好きな子がいるかだとか…
は、やめておこう!
「イチモンジさんとは、どういった関係なのよ?」
「あっちが本家でこっちが分家!
本家の連中なんざ、腑抜けた奴らばかりでムカつくんだよ。
いい加減、こっちに譲れってんだ。
それでいて、こいつが後継者かよ。」
そう言ってリュウジンは僕に、ぶつけどころのないような苛立ちの視線を向けてきた。
おっと、地雷を踏んでしまったのだろうか。
「なんか…、すまん。」
「ちっ、親父が本家に逆らえねぇってのがまたムカつくんだよ!」
「親父…、か。」
僕は親父、壇之浦のことを考え、暫し言葉に詰まり黙ってしまった。
リュウジンに講釈垂れるほど、僕は良好な親子関係とは言い難い。
「質問ばっかりしやがって。
お前はどうなんだよ?」
「僕?」
リュウジンはどこか不満げで、上手く表現できない言葉を探しているような横顔だった。
「お前は…、お前はそんなんで大鬼狩れるのかよ!」
「大鬼ねぇ。大鬼ってなんだっけ?」
「ちっ、何も知りやがりゃしねぇ!」
ここに来て敬愛なる諸兄諸姉。賢明にして聡明たる諸兄諸姉よ。
僕は現段階において何でも知っているわけではない。諸兄諸姉ほど客観的に「この物語」について知っているわけではない。
大事なのでもう一度言おう。
僕は現段階で「この物語」について一番、何も知らない。
半鬼は「鬼」になりかけで、人間に戻る可能性がある存在だ。(それでも僕には十分に脅威な存在だが)
そして完鬼、いわゆる「鬼」は完全なる鬼化で、浄化するよりほかない。
中鬼は蛙水だとか兵跡だとかで、一見すると人間っぽいが自由に鬼化できる上位体だ。
そうなれば「中鬼」の上に「大鬼」がいるだろうと推察できるのだが、僕には「大鬼」がどういう存在かはわからなかった。
ちなみに「餓鬼」は「鬼」の派生的な存在で、種類の問題なのだろうと思う。
「いいか。大鬼は鬼の元締め、根源、頂点。何十年かおきに現れるラスボスだ。
大鬼は際限なく鬼を増やし、俺らに災厄をもたらす存在だ。ここに来て鬼の発生が異常に高くて、さらに中鬼がまとまって現れるってんじゃぁ、大鬼が今世に出現してるのは間違いねぇ。
大鬼は鬼を増やし続けやがる。それ故の別名が「母なる大鬼」だ。」
リュウジンが闘争心を顕わに滾らせた。
鬼たちの概要は何となくわかったが、中鬼ですら手も足も出ないというのに、僕に大鬼を狩れるかと言われても無理だとしか思えなかった。
ただ、心のどこかで「大鬼」という存在に、何かしらの懐かしさ、因縁のようなものを感じていた。
因果応報。どこか僕という存在と「大鬼」との間に、切れない関係があるように思えて仕方がなかった。
「なんか無理ゲーな気がしてきたのは気のせいだろうか。」
「ハッ、俺が狩ってやるから心配すんな! お前の出る幕じゃねぇ。」
「頼もしいね。」
やがて右わきの茂みが、いつの間にか石垣のような壁に変わっていた。
目的の旧岩狩病院の外壁の類いだろうか。建物の古さがその外壁に生した苔に見て取れた。
「くだらねぇ会話してる間に、向こうからお迎えが来たようだぜ!」
「それなんか、悪いフラグっぽい発言だからやめておこうぜ?」
「しゃらくせぇ!」
リュウジンが言うように僕らの前方には、ご丁寧にも「ミスター鬼」といった感じの、大柄で金棒を持ち、虎の腰巻を巻いた赤い鬼と青い鬼が待ち構えていた。




