くるみ餅×重力加速度=肉じゃが
晴天の青空と、遠くの白くモコモコした雲と、艶やかな緑のコントラスト。
静けさの中で蝉の声だけがけたたましく響き、そして畑の堆肥の匂いと青い匂いが鼻につく。
うん、美しい夏の田園風景だ。
その「夏」な感じの美しい風景に、自分が異質だというような浮いてる感、「何しにここに来たの?」感を強く感じてしまう。
「あー、えー。
イチモンジさんはなんか溶けこんでますよね。その、なんと言いますか、風景に。」
僕の前に背を向けて立つイチモンジのじいさんを見る。羽織っているシャツにしろ履いているハーフパンツにしろ、素晴らしくくたびれ、そして自然色な色合いが世捨て人感に拍車をかけていた。
この田園風景に溶け込むというより、背景の一部になりつつあった。
「ポーチドッ!」
「ハイィィッ!」
一喝するかのような呼び掛けに、僕の名前はポーチドではないのだがその呼び掛けに、思わず姿勢を正してしまった。
しょうがないではないか。年の功には逆らえないのは世の決まり事だ。僕とて例外ではない。
イチモンジのじいさんは歩みを止めることなく、ズイズイと進んで行く。
僕は逆らいようもなく、その背中について行く。
「くるみ餅食べるか。」
「?」
それは「食べるならあげようか?」の「食べるか」なのか、「普段食べてる?」の「食べるか」なのか、あまりの唐突な返しと、抑揚(最後に疑問符が付く上がり気味の問い掛け)の無さに戸惑い、僕は即答出来なかった。
だがイチモンジのじいさんは、その沈黙を肯定と捉えたのか、そもそもその「問い」には最初から答えが包蔵されていたのか、包みを半ば投げるように手渡す。
「…ありがとうございます。」
ここに来て諸兄諸姉、「くるみ餅」と聞いてどのようなものをご想像か。
関西では餅、あるいは白玉を餡で「包んだ」ものが「くるみ餅」だが、東北及び北海道では胡桃を用いたものが「くるみ餅」で、別名が「ゆべし」だ。
おっと、「ゆべし」は「柚餅子」で柚子が入っているのでは? とは地域性故の特性なので、後の検証は諸兄諸姉の内々にお任せする。
いずれにしろ、僕が渡された「くるみ餅」は胡桃の方のやつだった。
仄かに生温いのは人肌か、この熱気のせいか。
僕は、頂き物は積極的に礼儀を持って、責任を持って食す性格だが、確かにお腹が空いていたのは事実だが、このくるみ餅は乾いた喉に容赦がなかった。
「美味いか。」
「むぐまひと、いひまふか、
(美味と、申しますか、)
あへてふ、のとにつまり…まふ。」
(あれで御座いますね、
不詳ながら喉に詰まりますね。)
「そうか、美味いか。」
なかなかの強者だな! イチ爺!
正面から1G=9.80665m/s2だなこんちくしょう!
そう言いながらも、イチモンジさんはペットボトルの緑茶を投げて寄越す。緑茶は弧を描き、正しく重力加速度に則って僕の手元に辿り着いた。
僕は礼もそこそこに、ごくごくとその緑茶を飲み倒した。
「これが真の美味さであろうよ、ポーチド。
美味さも時と場合ということじゃ。
然りとてその後の行動によって、過去の事は良くも悪くもなる。いくらでも改善できる。」
イチモンジのじいさんは、どんだけ実践派&禅問答か。若しくは、どんだけツンデレ&天然爺いか。
僕は喉と腹を満たし、ふとイチモンジさんの背中を見た。
だがその背中から答えなど見いだすことは出来なかった。
「イチG……もといイチモン
「時にポーチド!」
「あっ、じゃすたぁ!」
イチモンジさんが僕の言葉を遮るように、振り返り、額を叩いてきた。
「この程度のツッコミを躱せんでようでは、まだまだじゃな! 儂の全盛期なら、お前はもう既に死んでたであろうよ。
ボケのリアクションとしては40点ぐらいかのう。」
僕はやられた額をさすりながら、本来ならばボケ担当ではない、と反論したかったが、どうにもポジションを取る事が出来ずにいた。
「胸に7つの…」
「服をビリビリに破いて、上半身が裸になる趣味は無い!」
「…さいですか。」
「話の腰だけは折るやつじゃな。」
どっちがだよ! とツッコミを入れることが出来ないのは…、説明の必要はないだろう。
「してはポーチド。
柴刈之大鉈は扱えておるか。」
「大いに役立てては、いますです、はい。」
「野菜は…、切ったことがあるか。
肉は? 魚は? 料理はする方か。」
話しの回転が明後日だな!
柴刈さんでは切ったことは無いよ!
どういう論法なんだよ!
「多少は。
一応、自炊が多い方だと思います。あー、えーと。
鬼はあまり切らない方かな? ははは。」
「ふむ。自分が食す物を直接捌くのは、良きこと。」
鬼は食さないけども?
一応はボケたつもりだったが爺さん、予測の範疇でそこをスルーか…。
「してはポーチド。
肉を切ろうと思って切るのか。ジャガイモを切ろうと思って切るのか。」
「いやま、そりゃ…
「本当にそうか? 仮に肉じゃがを作ろうと思ったら、出来上がりを想像してやらんか?」
「あー、
まーそりゃあ「こんな風に作りたいな」とか「お、今日のジャガイモは煮崩れしやすそうだな」とか思ったりはしますけど。」
「じゃろう。
肉じゃがを作るつもりで鬼を斬れ。」
「いやいやいやいや!
それ、肉じゃが食べられなくなるやつ!」
「いいか、ポーチド!」
「へえ。」
「ジャガイモをこう切ろう。包丁はこう持って、ジャガイモを支える指は猫の手で、サイズは何グラム程度の大きさで、
あ、まずは皮むいて、その前にタワシで洗って…
って、日が暮れるわっ!」
って、一人ボケ一人ツッコミかよ!
マイセルフかよ! オート完結かよ!
「つまり出来上がりこそに意識は向けど、途中経過は無意識か、多少の修正程度じゃろうが。」
「いやま、確かそんな気はするっすけど。」
「鬼を斬るということも同じことじゃ。」
…いや、そこは同じじゃないだろ!
「良いかポーチド、鬼となった者を浄化する、魂を救うことだけを考えろ。
肉じゃが、カレーライス、チキンとポテトのローズマリーソテーを作ると思え。」
いや、無理っす。
そして最後のやつは、なんて?
「そう思って鬼を刈れ。」
もはやイチモン爺の説法、剣術レクチャーは、かの有名なカラテマスター、ミヤギ氏の理不尽さを遥かに凌駕しているのではなかろうか。
「あとは刀が応える。
そういう風に仕込んである。」
「とりあえず…、肉じゃがを作る方向でやってみます。」
「ちなみに、肉じゃがは玉ねぎだとか白滝だとかは入れるタイプか。」
「玉ねぎは余ってたら入れますけど、白滝は大抵入れます。ちなみに肉は豚肉派です。」
「そうか。」
最後の質問はなんだったのだ!
十中八九、鬼とは関係がないのだけはわかったが、イチモンGは食にうるさいタイプなのだろうか。熟年離婚の典型的なパターンなのだろうか。
ここにきて僕は「ばあさん」のことが気になった。そういや探せって言ってたような…
「イチモンG、…もといイチモ
「さて! ここまで案内すれば良かろうが!」
え〜〜〜っ!
ここからが僕のターン、急所を突くような鋭い会話展開となるところじゃ、ないんですかねぇ?
「つまり、この先が旧岩狩病院ってことですか?」
「正しい問いというものがわかってきたようじゃないか。」
「へい。」
「うるさい奴がいるようじゃから、儂は退散する。あとは野となれ山となれじゃな。」
「うるさい奴?」
「んま、ポーチドとは気が合いそうじゃ。
切磋琢磨しろ!」
「あっ、たっちめぇーん!」
「25点!」
イチモンジのじいさんは再度、僕の額を叩き、油断していたが故の素っ頓狂、不本意な僕の反応に評価を下すと、その隙に来た道を戻っていった。
なんともまぁ随分とハイクオリティなマイペースじいさんではないか。
僕は赤くなったであろう額をさすりながら、坂道を登っていった。
おそらく、いや間違いなくこの先に噂の目的地があるということなのだ。進まざるを得ないのだ。
その時、僕に目掛けて「硬質さで名高いアイツ」が飛来してきていることを、まったくもって僕は知る由もないのだった。




