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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のミ幕 高みに至るも悲しみを鎮めることは無し
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偏頭痛による二者択一

 僕は自宅から駅までの最短ルートを、それこそ通い慣れているが故に、考えるまでもなくオートマティックに選択するルートを、全速力で走り抜け、改札を抜けた。


 見上げた電光掲示板、4番線の「快速〇〇行き」は確かに「11時52分発」を表示し、隣にぶら下がっている時計を見るに、時間は10分弱のゆとりがあった。

そこで僕は歩む速度を落とし、荒ぶる心臓を鎮めるべく、大きな深呼吸を数回にわたって行う。



 身体的にも精神的にも落ち着きを取り戻すために、ホームまで向かいながらここで諸兄諸姉と共に、客観的に僕の「選択」というものを考えてみようではないか。


 今、僕が置かれている状況、やらなくてはならない条件は「11時52分発の、4番線の電車に乗ること」だ。

ミスミからの急なオーダーであったとはいえ、僕は「調査に向かう」という選択をしてしまった以上、これはこなさねばならない条件なのだ。


 確かに「ミスミちゃん! もっと早く言ってよー!」と言いたいところではある。

確かに「心臓がっ! 心の臓がっ!」と、息も絶え絶えで言いたいところではある。

だが、それは僕が「選択」したが故の付帯事項なのだ。今更、文句は言えない。



 そして今、僕の前には某キヨスク、英語表記ではキオスクで有名な、某キヨスクさんが待ち構えている。

近場の時計を見るに5分強の持ち時間。

所狭しと陳列された商品の数々。

ドリンクは迷わずミルクティの一択。

朝食…、いやブランチはパンに絞ったが、サンドイッチ系か、惣菜パンか、菓子パンか。

ここは食べやすさと栄養バランスを考えて惣菜パンか?

見るとカレーパンが食べたくなるのは本能なのだろうか…。

僕はカレーパンを手に取った。


 すでに1〜2分の経過。おばちゃんにミルクティを所望し代金を支払う。

電車はすでにホームへと滑り込んで来ている。出発時刻は問題ない。だが。


「カレーパンとミルクティで260円だから、えーっと。

それにしても、今日も暑いわよねぇ。

お兄さん、暑いから水分取らないとダメよ?

若いからってねぇ、無理してたらダメなのよ?

熱中症はこわいんだからぁ、ね?

こないだもねぇ、そこで若い娘さんが倒れたのよ。熱中症よ、きっと。

そういうのだとね、すぐ喉渇くでしょ?

血液ドロドロになるわよー!

はぁ、こわいわぁ。

はいお釣り、50円。」


 310円を渡すのは間違いだったのだろうか。焦る必要はないのだが、おばちゃんのトークにソワソワしてしまう。

そして僕がミルクティを選択したのは水分補給のためではない、栄養補給、糖分補給が主だ。



 僕はお釣りを受け取り、おばちゃんに軽く会釈し、すでにドアを開けて待っている電車に乗り込む。

想像以上に車内はガラガラだ。だがドア横のシートの端は埋まっている。


 一ヶ所だけ埋まっていない端を先の方に見つけたが、なんとなく広々と空いた中央に座る。

ガラガラであっても敢えて立っている、ちょっと尖った感じのお兄さんが手元のスマホを睨んでいるのが目に入る。見て見ぬ振りする。

やがてアナウンスが聞こえドアが閉まり、電車がゆっくりと走り出す。



 世の中は連続した情報で進行している。車窓を流れる風景のように、アナログ時計の針のように。

だか提示される選択肢はデジタル表記だ。更に言えば0か1の二者択一、YESかNO。諸兄諸姉よ、つまり人生とは「選択するかしないか」の集合体ではないだろうか。


 電車が僕を優しく揺り動かす。


某キヨスクさんに寄るか寄らないか。

ミルクティを買うか買わないか。

パンにするかしないか。

惣菜パンにするかしないか。

カレーパンを選ぶか選ばないか。

300円を渡すか310円を渡すか。

正確に言えば、10円を余分に渡すか渡さないか。

そもそも電子マネーで支払うべきだったか否か。

会釈するかしないか。

シートの端に座るか座らないか。

そして中央に座るか座らないか。


 タタンタタン タタンタタン

 タタンタタン タタンタタン


 電車が定速走行となり、規則正しいリズムが僕の耳に、そして身体に届く。


車窓を流れる風景を見るか見ないか。

尖った兄さんを見るか見ないか。

自分もスマホを開いて見るか見ないか。

ミルクティを飲むか飲まないか。

カレーパンを食べるか食べないか…


 僕は車内が空いているとはいえ、なんとなくパンを食べるのもはばかれ、ミルクティを一口だけ口に含み、軽く喉を潤す。

外を流れる風景に目をやり、なんとなく「どうして遠くのビルや山は逆方向に流れるように見えるのだろう。」などと漠然と考える。

そして心の端で「尖った兄さんは何に不満を抱いているのだろう。」などと思う。



 諸兄諸姉よ。もちろん僕は常日頃、このようにいちいちと二者択一、選択することを意識しているわけでは、ない。

それこそアナログに、連続した選択を繰り返している。無意識に。


 だが間違いなく僕は選択している。

与えられた情報、提示されている選択肢は望んでいないことかもしれない。

選択した結果、得られたものは望んでいないことなのかもしれない。

だが間違いなく僕は、選択している。

たとえそれが無意識であっても不本意であっても、強いられてであっても急かされてであっても、選択している。


 選択することに責任を持つだとか覚悟を決めるだとか、僕がそんな高僧のように達観した人物ではないことは、諸兄諸姉もご存知のことだろう。

だが僕はおそらく、この「選択する」ということに向かい合わねばならない時が来ているような気がする。

そもそも「選択することを覚悟する」という一択を、選ばなくてはならないのではなかろうかと思う。



 脳味噌が糖分不足を訴え、軽い頭痛がする。僕はもう二口、ミルクティを飲んで目をつぶる。

車内アナウンスが日本語で流れ、続いて英語で流れ、僕が下車すべき駅が間違いなく、この先にあることを知って少し安心する。


 偏頭痛のお陰か、頭の中はいやにクリアでシャープだった。それでいて身体も心も、電車の適度な揺れと静かなリズムと、そして丁度良い硬さのシートのお陰で、程よくリラックスしていた。


 ただ一つ、尻ポケットに差し込まれている「太鼓のバチ」だけが妙に自己主張を続けていた。異質さを主張していた。

それはまるで、前走のランナーから託されたバトンのように、全ての想いがそこに凝縮しているかのようだった。


 全て? 全ての想いとはなんなのだ。


 僕は確かにバトンを、太鼓のバチを、芝刈之大鉈を、宝刀鬼殺しを受け取ることを選択した。だがそこに込められた「全ての想い」を未だにわかってはいない。


 あぁ(まった)く。


 全てを理解してから選択できるほど、この世の中は遅く、優しくはない。



 いくつかの駅をすっ飛ばし、快速の名に恥じぬ勢いで、僕を乗せた電車が目的地へと突っ走る。

気がつけば尖ったロックな兄さんはいない。

車窓からはビル的な建造物も居なくなっている。


 ミスミからのメールを一応、再確認する。

新たなメールは来ていない。そして僕が降りるべき場所は××駅であることは間違ってはいない。

予め車内アナウンスで告知されていたが、スカスカな車内なので、僕はドアが開いてからゆっくりと立ち上がり、そしてホームへと出る。

モァッとした熱気が僕を包む。湿度の高さが嫌になる。


 改札を抜け外に出てみたが、あまりにも勝手の知らない光景に、僕は思わず立ち止まってしまった。

つい立ち止まってしまったので、ハッと後ろを振り返ってみたが、そこには誰も居ない。立ち止まったことで誰にも迷惑をかけることはなかった。そのことが妙に心細く感じる。



 駅前にコンビニが無いのはなかなかの誤算だ。手元にあるのは食べ損ねのカレーパン一つと、飲みかけのミルクティ。

昼はとっくに過ぎている。現在時刻は13時17分。もう一つパンを買うべきだったか…。


 僕は木陰沿いを歩きながらカレーパン開封し、かぶりつく。口いっぱいにエスニック&スパイシーな刺激が、幸せが充満する。

目的のバス停を探しながら、僕は異国情緒に浸っている気分になった。



 親愛なる諸兄諸姉よ。ここで話を締め括るにあたり、いわゆる今回の「僕の選択」のオチを報告しておこう。

駅には南口と北口(あるいは西口と東口)があるのだ。つまり裏と表。


 僕はこの後、全力疾走した。

南口にあるバス乗り場へと向かって。

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