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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のウ幕 花の色褪せて手より零れ落ちる
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広大なるすーすー

 どれぐらいの間、ウズウズの寝顔を眺めていたのだろう。


 僕は僕のこと、ウズウズのこと、ニコナやミスミちゃんのことを考えていた。

鬼や柴刈乃大鉈や、それをくれたイチモンジのじいさんや、えーと、あいつは何という名前だったか…

あのあいつ、中二病の…、

あぁ、リュウジン。そう、リュウジンのこととか。

そして日傘の少女、僕の取り巻く環境、僕の中の「僕」、桃太郎のこと。

生きるということ、死ぬということ、生殺与奪ということ。

ずっとずっと、考えていた。


 結論などは出なかった。出るわけがないことは知っていた。

知っていたけど考えることが重要な気がした。

それも言い訳なのかもしれない。考えているのではなくて頭の中を巡らしているだけなのかもしれない。

答えにたどり着かないのは考えているとは言わないのかもしれない。

でも僕にできるのはそれだけだったから、僕は僕に、誰かに言い訳していた。

言い訳しながら、ウズウズの寝顔を見つめながら考えていた。


 夜が明けるのか、仄かに世界に色が付き始めてくる。

気が付けば、僕らを包んでいた赤橙色の百合の花びらが、ゆっくりと、ゆっくりと微風に流され、石畳を彩っていった。



「ウズウズ。」


「…、すーすー。」


「狸寝入りはやめるんだ、ウズウズ。

 もう遙か昔から僕の腕やら脚やらが痺れっぱなしだ。」


「…た、…たぬ?」


「狸寝入り、嘘寝、寝たふりということだ!」


「…、すーすー。」


「この期に及んでそうくるか! 寝てるあの子を起こすなら目覚めのキス!

 とかされても文句は言えないんだぞ!」


 そのセリフにウズウズがプルプルと小刻みに震える。

緊張かよ! 期待かよ! 僕までその緊張が伝播するだろうが!

勢い余って言った僕のセリフに僕が赤面するだろうが! こんちくしょう!


「冗談を真に受けるな! ウズウズ!」


 僕は強制的にウズウズの上体を起こす。


「されても…文句…言えない。

 …言わない。」


「言うとか言わないとか、そういう問題じゃない!

 …それよりもその、…あれだ。

 眼鏡はどこいっちゃったかな。」


 僕は至近距離に来たウズウズの素顔を直視できず、辺りに視線を移した。


「…、大丈夫。」


 そう言ってウズウズは懐から予備眼鏡を取り出し、スチャッと装着する。

眼鏡ストックがあるとは…、恐れ入ったよ、その「四次元懐」には。

武器だけではないのだな。



「さて…、うおっと!」


 そう言って僕は立ち上がりウズウズの手を引こうとしたが、痺れた脚に力が入らず僕はよろける。

よろける僕を、ウズウズはその僕の手を軸にするかのように素早く立ち上がり、逆に僕を支えた。


「…すまん、ウズウズ。」


「大丈夫…、ずっと支えるから。」


「いやいや、ずっとは大丈夫だ。」


「…、支える。」


 きっぱりと言ったウズウズのその言葉は、妙に力強かった。

僕の手を握り返すそのウズウズの手は、小さいのに温かく力強かった。


「わかった。わかったよ、ウズウズ。

 うちに帰ろう。」


 ウズウズがコクっと頷いた。

ウズウズは変わらない。僕も変わらない。ただ世界の速度が速いだけだ。



 境内から石段を降り始める。夜の深さ、漆黒の深さから一転し、徐々に夜明けの明るさが加速していく。

石段の中腹の少し広くなったスペースには、鬼との戦闘、戦いの傷跡が刻まれていた。

そうだ、これは夢想だとか非現実とかじゃない。確かな事実だ。だがその傷跡も最小限に留められ、石段を塞いでいたはずの倒木は左右へと押しのけられていた。最小限とは言え、支障が無いように整えられているところを見ると、鬼による仕業ではないのは確かだ。


 ニコナやミスミ、リュウジンは鬼をすべて退けた、ということだろう。そしてその後に、僕のあずかり知らぬ存在、何かしらの組織が復旧したということなのだろう。未だ全貌のしれないその組織に僕が踊らされていることは薄々わかっていた。わかってはいたが、その先を知りたいとは思わなかった。僕にはまだその覚悟がない。


 だったらいい。せいぜいその手のひらで踊ろうじゃないか。鬼がいようといなかろうと、この世界の手のひらで踊ることに違いなど無い。最初から変わっていない。

僕は僕の意思によらず踊り続ければいいのだ。それが望みならばだ。


 僕は思わず繋ぐそのウズウズの手に力がこもる。

ウズウズがピクッと少し反応し、ゆったりと強く握り返す。


「…、すまんな、ウズウズ。

 その、身体は何ともないか?」


「ん、大丈夫。

 …、ちょっとすーすー、する。」


「すーすー?」


 僕は隣を歩くウズウズを見る。

あー、うーんと、その、あれだな。通気性が良いな、今の服の状態は。

通気性を通り越して、何というか憐れみというか、なんかちょっと「乱暴にされました」感を通り越して、直視できないレベルだな。これで夜明け前とは言え、通りに出るのは僕の心情的に憚られるな。


 これは僕が脱ぐしかないのだろうか。確かに僕は脱いだとてステテコを着用しているのだから、「祭りの後の伊達男」っぽい雰囲気はあるかもしれない。あるかもしれないが上半身をさらけ出すのか…。出さねばならないのか…。


 僕は意を決し、ウズウズと繋ぐその手をゆっくりと放し、帯を解く。

その僕の行動にウズウズは不思議そうな、付き合いが短かったら見逃すであろうか、そんな些細な表情の変化を表し、僕を見上げた。うん、相変わらずの安定した猫背っぷり、見上げっぷりだな、ウズウズ!

そして僕はウズウズに、脱いだ浴衣を羽織った。


 ウズウズが僕の浴衣を羽織り、一瞬の「?」な間が開いた後、浴衣の裾が地に着く寸前で僕の周りを華麗に舞い、裾をはためかせながら一輪の花に留まる蝶のように、フワリと上段に着地した。

その時僕は、年相応に可愛らしい笑顔をウズウズに見た気がした。思わず息をのんでしまった。

いつの間に取られていたのか、僕の帯をウズウズが締める。締めたとて男性物の浴衣はウズウズには大きすぎた。



「いやま、ちょっと暑かったからな…

 その、なんというか、ウズウズの服は誰かに見られたら、まぁ、まずいだろ、その状態では。」


 僕は視線を逸らし、ウズウズの手を取って石段を降りようとした。

だが、その手を引き戻され、今度は僕が回転させられる。回転させられながら今度は僕が何かを羽織らされた。


「なんだ?」


「予備…。」


 一体全体、どこにそんな収納スペースがあるというのか。そもそも予備があるなら、なぜウズウズが羽織らなかったのか。僕は羽織らされたハッピをあらためる。襟には「〇〇商店組合」、もう一方に「××夏祭実行委員会」と刺しゅうされていた。

まぁ確かに、ステテコにはハッピがお似合いなのかもしれないが。


「持ってるなら着とけよ!」


「……。」


 気分がいいのだろうか。ウズウズは僕の言葉には答えず、僕の手を引くように石段を降り始めた。その背中はどこか嬉しそうな感じがした。


「オーケーオーケー。帰って寝よう。僕もさすがに眠いよ。」


「……。」


「……。寝るとか言っても、変な想像はするな。

 ウチと近所だから一緒に帰るだけだからな。」


「…、寝…る。」


「…ネコが首を長くして待ってると思うぞ。」


「首は…、長くない。

 しっぽ…は長い、たまに胴も。」


「ん、そうだな。胴もな。」


 一瞬「胴も」か「どうも」か、外国人が揶揄する日本人の「どーもどーも」か、わからなくなりかけたが、僕は僕なりにウズウズの言葉を理解し、人気の無い祭後の道を歩く。

「祭後の静けさ」とはこのことか。

それともこれは「嵐の前の静けさ」なのだろうか。


 いずれにしろ僕らは静けさの中を静かに歩いた。夜明けの「彼は誰」時とは言え、「彼」に出会うことなく、誰に出会うことなく、お互いのマンションの前まで辿り着く。

その人気の無さが妙で、何かしらの暗示を受けた気分になったが、これ以上考えるには、僕は疲れすぎていた。



「夜が…明けるな。」


「ん。」


「それじゃあな、ウズウズ…。

 うーんと、ネコ達によろしくな。」


「…、わかった。」


 とは言ったものの、お互いに繋いだ手を振りほどけなく思った。

なんだかこの手を離したら…


 いや、そいつは杞憂だ。そんなフラグを立てるつもりはない。

僕は不安を振り払い、繋いだ手をほどいた。


「…ん。」


 そう言ってウズウズは懐から本を取り出し僕に渡す。

あー! すっかり忘れてたよ、本の存在を!

これを持って戦ってたのか、ウズウズは?

それにしたって広い懐だな、ウズウズは!


 渡された本には傷一つ無い。改めてウズウズの力量の高さを感じ、そしてそれ故の怪我かと思うと申し訳なく思った。


「すまん、忘れてたよ。」


「本は…、大事。

 大事にしてるから…ほろぅやー。」


「うん、ありがとう。ウズウズ。」


「ん。」


 ウズウズは満足気に踵を返し、自分のマンションへと進んだ。

ウズウズがエントランスに消えたのを見送った後、僕は仄かに体温の残る本を抱きしめ、空を見上げる。


 そこには朝焼けに染まった空に、ゆっくりと流れる薄雲が見えた。

それはどこか僕の、いや僕らの、行く末を暗示しているような気がした。

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