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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第1幕 御伽噺は語りだし歯車は廻りだす
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ミルク氷珈琲そして個人情報保護法

 僕はもはや、流れ作業化してきた大学の講座を受講し終え、大学の横に隣接する某喫茶店へと向かっていた。雲ひとつない空に鎮座する太陽は、余すことなく光を地上に注ぎまくり、構内にある緑を生き生きとさせているようであったが、僕にしてみれば一刻も早くこの陽光からのがれて、ミルク氷珈琲を飲みながら読みかけの本の世界へと身をゆだねたかった。

とはいうものの、某喫茶店に向かっているのは僕の個人的な、ごく個人的な狭い話なのではなく、一応は曲がりなりにも、僕の所属するサークル活動の一環としてなのである。僕はこの大学内においてインドアでありつつ、構成人数が「干渉されること以下、孤独感を埋めること以上」の絶妙な人数である「オノマトペ研究会」に所属している。研究会とはいうものの、何となく面白かった本をお互いに教えあう程度であり、いわば読書仲間といった感じだ。つまり、これから向かう某喫茶店は我々の活動拠点となっている。

ちなみにそこの某喫茶店の店長は当サークルのOBであるため、長居は無制限解除されていることを、一応ここに記しておこう。



 ところで諸兄諸姉は「声」というもののウエートをどの程度に考えているだろうか。もちろん女の子の「声」のことなのであるが、ラノベや漫画がアニメ化された際に、自分の中で作り上げていた声との違いから、「?」となってしまった経験は少なからずともあるのではないだろうか。むしろ先にアニメを見てから原作を読んだおかげで、脳内再生やその派生的妄想が膨らんでいくなんてことは、僕はままあることを打ち明けておこう。

アニメで気に入った「声」の持ち主であるところの声優さんが、何気なく見た別のアニメやゲームの中で再会すると、妙な喜びを感じるのは僕だけなのだろうか。


 僕は「声フェチ」というほどではないのだが、普段の日常会話だと気にしたことはないのに、電話越しだと妙にドキドキする「声」の持ち主に出会うことがある。

もちろん電話越しであるから、まるで耳元でささやかれているような、直接風は当たらなくとも吐息が聞こえるような、「声」が耳から入って背中がぞくぞくするような感覚は、電話である以上、必然的に生まれるのかもしれない。だがそれはやはり、声のトーンだとか柔らかさ、ゆるい会話速度がそうさせると思うのだ。



 僕の都合などはお構いなしに、予告もなしに電話が僕のスマホにかかってくる。



 電話番号は通知されているものの、登録されていない電話番号を見て、僕は普段なら知らない番号は2~3回かかってきて初めて出るのだが、この日差しと先を急ぐ気持に蹴りだされて、僕は反射的にその電話に出た。


「もしもし?」

「幌谷さん? ミスミです。」


 僕の名前は確かに幌谷だったが、「三隅」と名乗る女性、いや声の感じからすると僕よりも若いのではないだろうか。女の子と言った方が適切なのかもしれない。何はともあれ「三隅」と名乗る女の子からの電話だったが、僕の小中高、および大学、その他記憶にありうる限りで「三隅」という女の子に心当たりはない。もちろん断っておくが、僕は名前の知らない女の子にあんなことや、こんなことをした記憶もない。

初見、いや初聴の感覚では、僕の思い描く「理想の声点数」はかなり高得点を取る気がする。特におっとりした印象を与える緩やかなトーンは、僕の心に平穏を与え、某喫茶店へと向かう僕の歩行速度を落とさせるのだった。


「お手紙を出したのに、なぜお電話くださらないのでしょうか。」


 手紙? 手紙…。

壇之浦が僕の所に持ってきた手紙か?

僕はあの日、壇之浦から受け取ってすぐに机へ放り投げて以来、その手紙をまったく見ていなかった。そんなバカな!

僕はどのように弁明すべきか急速ピッチで考えた。



「あのー、えーと。……ごめんなさい。」


「まぁ、あれですよね。知らない人物から手紙がきて、電話くださいと要請されてもなかなかかけられませんよね。その気持ちわかります、10%ぐらい。

だから決して恨んでいるわけではないのです、少なくとも5%は恨んではいません。

幌谷さんは知らない人物だとはいえ、女の子からの要請であれば100%電話してくるだろうと考えていたボクの誤算です。

それともあれですか、最近、女子中学生や巨乳フリーターとウハウハするのに忙しかったから、ということなのでしょうか。」


 まてまてまてまて! それは誤情報だ!

何なのだ。この子はいったい僕の何を知っているというのだ。確かに僕は、知らない女の子であっても、電話がほしいと言われればかけるかもしれない。99%ぐらいは。

しかしそれとウハウハは違うぞ!

断じてウハウハなどしてはいない!!



「君はいったい誰なんだ…。僕の何を知っているというのだ?」


「先ほども名乗りましたが、ボクの名前はミスミです。

何を知っているのかといわれましても、幌谷さんのことで知っているのは70%ぐらいの情報でしょうか。

小学4年生の時、保健室の先生に初恋をしました。でもファーストキスは保育園時代の年長の時に健史君に奪われました。小学生時代は今とは違い、外で鬼ゴッコなどをして遊ぶのが好きだったようですね。健康的です。

中学生に入ると、漫画にはまっていったようですが、部屋でこっそり漫画キャラを演じるのは、まぁ中学生男子ですから許容範囲なのではないでしょうか。

中学生時代の最大の思い出と言えば、クラスで好きだった女子に…」


「オーケー! オーケー!!

 わかった、70%の情報を持っていることはわかった。」


 こわいこわいこわいこわい!

個人情報保護法はどうなっているのだ?

いや情報というより封印したい幼少の思い出話じゃないか。僕はさらに検索範囲を男子にまで広げてみたが「三隅」という友人がいた記憶はない。


 確かに好みの声のトーンであり、まして「ボクっ娘」とか最高じゃん! と言いたいところなのだが、耳元で囁くその声の「背中がぞくぞくするような感覚」は僕が求めているものではない! まったくない! それは恐怖だろ!!


「喫茶店にお急ぎのようでしたので今日はこの辺で。

 また電話しますね。」


 そして唐突にかかってきた電話は、唐突に終了した。


 着拒否にしようかと思ったが、それはそれでこわいことになりそうな予感がする。それよりも僕には急いで確かめねばならないことがある。あの時の手紙を確認することの方が先だ。僕は某喫茶店に行くことを諦め、自宅へと急いだ。

このとき、さらにこの後にその手紙を端にする事件が待っていることを、僕は知る由もなかった。


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