後悔に色を着けるならばそれは漆黒
「後悔」という言葉が僕は好きではない。
いや、好きな人などいないことだろう。出来ることなら「後悔はしたくない」が正しい言い方なのだろうか。
「後悔」という言葉は、「後ろを振り返って悔やむ」と書く。できることなら僕は、後ろを振り返って過ごすよりも前を見て過ごしていきたいし、先の自分が後悔しないよう、今の自分を悔いなく生きたいと思う。
だが、どうなのだろうか。
僕の人生は、振り返るほど大した進んでいるわけではないが、後悔することが多々あったのでは、ないだろうか。ただ後ろを振り返ることをしなかっただけでは、ないだろうか。
僕は今、とても「後悔」している。
牡丹雪がはらりはらりと落ちてくるように、ゆっくり落下する紙片が視界に入った。
僕は何気なく上空を見上げる。そこには無数の紙片、紙吹雪が上空で旋回していた。未だ紙吹雪の攻撃能力について、どの程度のダメージがあるかはわかってはいなかった。だが、あれほどの紙吹雪を相手に、ただで済むとは到底思えなかった。
「ウズウズ!」
僕は咄嗟にウズウズを呼び止める。だが呼び止めたとて何ができるのか。
山羊女の言葉に呼応したかのように、一部の紙吹雪が槍のような鋭さをもって竜巻となり、ウズウズの頭上へと差し迫る。と同時にその竜巻が二つに分離した。そう気付くのも束の間、その一本が僕の方へと飛来する。
ウズウズが僕の声に反応したのだろうか、それとも僕の方へと飛来する紙竜巻に反応したのだろうか。
ウズウズの背中から伸びた「猿オーラ」の二本の腕が起し金を高く持ち上げ、紙竜巻の軌道に立ち塞がる。そして文字通り、「大量の焼きそば」でも捌くかのようにひっくり返した。
僕は直感的にウズウズから離れるのは得策ではないと感じ、その背中を追いかける。
ウズウズの背中から三本目、四本目の「猿オーラ」の腕が伸び上がり、たこ焼きピンを構える。その腕はまるで別々の生き物のようにうねり、竜巻となっている紙片を高速かつ的確に串刺しにして捉えていく。
いつの間に装備していたのだろうか。ウズウズの右手に握られていた複数本の鉄串が、オーラを纏いながら山羊女へと投擲される。
投げる角度、速度、タイミングが微妙に違った鉄串が「それって、右手一本でそんなに投げれるものなの?」という本数で差し迫った。
「そういうのって無駄だって言わなかったかしら?
見た目の可愛さと違って、頭の中身は豆腐でできているの?
そもそもそういう行動が人生を無駄にしてるって思わないのかしら?」
山羊女がそう言い放ち、舞い踊るような仕草で首から外したスカーフを操り、全ての鉄串を絡めとる。
「……。」
ウズウズはその低い姿勢をさらに地面に傾け、紙竜巻の間隙を縫いながら石灯篭の後ろへと回り込む。そしてその刹那、左手から地面すれすれに放たれた鉄串が死角を突き、最初の投擲に目を奪われているであろう山羊女の足元を狙う。
「全く、美しくないわね?」
カコココ カコココ カコッコカッ!
カカカカカッ!
軽快なタップが夜空に刻まれ、ウズウズの放った鉄串が全て足裏に踏みつけられた。
スカーフをはためかせ、先に巻き上げた鉄串を地に捨てる。軽い金属音が響く。
そして山羊女は、フワリと優雅に、スカーフを首に纏いなおした。
山羊女は、踏みつける音が気に入ったとでも言わんばかりに、地に捨て散らばった鉄串の上でさらに踊り続け、リズミカルなタップを奏でた。
一々と癪に障ることに、山羊女はキメポーズまでとっている。
「興に乗ってきたわね?
あなた方もそうなのかしら? そうだといいのだけれど? どうなの?
一緒に踊ってくれるかしら?」
「生憎、鬼と踊る趣味はありませんねっ!」
僕は強がりのように拒絶の言葉を吐く。
「踊るのは…、
アル…パカ? だけで…いい…。」
頑張ったな! ウズウズ!
言い返すなんて高度な技術じゃないか!
でもたぶんきっと、あいつは山羊だ!
アルパカはもっとこう、その、モフモフだ!
「つれないわね?
まぁ、あなた方は私の踊りを見ていれば、それでいいわけだけれど?
私の舞台をせいぜいあなた方の血で赤く染めてくれればいいわよ?」
その会話の間に、ウズウズは紙吹雪をかいくぐり、石灯籠越しに山羊女のサイドへと回り込む。
そして僕は、その石灯籠の一つに背を預け、紙吹雪に警戒しながら、対処方法を考えていた。
正直なところ、僕の刀ではあの紙吹雪は分がわるい。そんな気持ちに反発するように芝刈之大鉈がカタカタと振動し、何かを訴える。だが訴えるその答えは、僕にはわからなかった。
何か、何か打開策があるはずだ。
これは、この紙吹雪と山羊女の攻撃、意思の疎通みたいなものが感じられない。
あまりにも不自然過ぎる。何か、何かがあるはずなのだ。
考える暇を与えず、紙吹雪が波のように、包み込むような形態を取って襲いくる。
「ウズウズ! 僕もついていく!
この紙吹雪に対処する方法が、あいつを叩く他に思い浮かばない!」
「…叩く。」
ウズウズが僕の言葉に短く頷き、鉄串をさらに乱射しながら山羊女へと接近する。
ウズウズが、三面の猿が捉えきれなかった紙吹雪が僕の頰を掠め切る。
「痛ッ!」
それはまるで「極薄の剃刀の刃」そのものが舞っているかのようだ。
一つ一つは致命傷を与えるほどのものではない。だが捉えきれないその質、数えきれないその量は脅威だ。
ウズウズが防御から攻撃へと傾倒する。服や身体が紙吹雪によって所々傷つき、まさに「紙一重」の一歩先へと自身を置く。それこそ吹雪の中を突き進み、雪に当たることなくかいくぐるような離れ業だ。
それでいて僕を守ることに神経を注いでいるであろうことは、その後ろ姿からでも垣間見えた。僕はそのことを心の底で恥じた。
刀が振動し、未だ僕に何かを訴え続ける。
ウズウズの接近など意に返さず、山羊女はタンゴのリズムのようなものを刻み、舞い始める。この女はイカレているのだろうか。
それに対しウズウズも意に返すことなく側面にまわりこむと、いつの間に装備していたのか、二本のダガーナイフで切りかかった。
ウズウズの変則的な動き。
山羊女のリズミカルな動き。
ウズウズの死角、死角へとまわり込みながらの斬撃。
山羊女の情熱的なダンシング、そして身躱し。
ウズウズの地を這うような、泥水のような唸りのある連撃。
山羊女のフィギュアスケートのような、華麗な身のこなし。
ふたりのリズムと言うのだろうか、動きに噛み合う要素など一切ないのにもかかわらず、山羊女はウズウズの動きにまるでダンスパートナーかのように合わせつつ、攻撃を回避し続ける。
二人の動きに激しさ、速度が増していく。
やがてウズウズの腕、6本の腕が全て攻撃に転じ、不規則かつ多方向からの乱撃へとなった。
それでもなお、山羊女は全てを踊り躱しきる。
「素晴らしい、素敵だと思うわよ?
貴女に眠る情熱が表出してきたってことかしら?
でも惜しいわね? 美しさがまだまだ足りないと思うのよ?
そしてそろそろ幕引きかしら?
舞台の最後は必ず暗転し、漆黒が訪れるのよ? 知ってた?」
その山羊女の台詞に僕の背筋が一気に泡立つ。触れてはいけない何かに触れ、そしてそこに身を沈めたような感覚。
僕は山羊女に近寄り刃圏に入ったにも関わらず、一太刀入れることが出来なかった。得体のしれないおぞましさ、その不穏さに躊躇した。そうだ。今更ながら僕は気が付いてしまったのだった。
「僕の選択」が間違っていた事実に。
僕の背後から近づいていた紙吹雪が、通常ならば白いであろう紙吹雪が漆黒の渦となり、飲み込まんとしていた。
僕より先に気が付いたウズウズが、山羊女から反転し、僕の側面を抜け、背後へとまわる。
その行動に半歩遅れて僕は振り返った。
そこに見たものは、「後悔」以外の何物でもなかった。
普段の猫背には珍しく、背筋を伸ばし立ちすくむウズウズの後ろ姿。
漆黒の渦によって弾き飛ばされるウズウズの眼鏡。
「ウズ…ウズ?」
一時の静寂の後、大量の出血と共にウズウズはその場に崩れ落ちた。




