疑問符だらけにフラメンコ
高いヒールから続く踝と足首、そして美しい脹脛。その先は深紅の布に遮られる。
緩やかな布のライン。「女性らしさ」を最も象徴するような妖艶なラインどりで、太腿から腰、腹部のくびれ、上半身へと滑らかに降りていく。
フッ…、深紅のそれはマーメイドタイプのロングスカートというやつか。いや、片面だけが長く揺らめくところを見ると、フィッシュテールとかいうやつか?
艶めかしいそれは、円熟した赤ワインを彷彿とさせるような色合いのワンピースドレス。夜会ドレスといった感じだ。
シンプルさがよりラインを浮きだたせるようなデザイン。
ノースリーブの両肩からは、その深紅に対比するような白い腕が伸びている。そして首元からは同じ色調の長いスカーフ、その下には山羊の顔…
天地が逆さのまま見下げたその山羊面の女に、僕は慌てて上体を起こして翻り、今度は石段の下から見上げた。
明らかにこの場にはそぐわない出で立ち。「迷子、迷い人」の類ではない。
その容姿、声質から成熟した女性であることは伺えるのだが…
「何者…、だ?」
「何者? 何者と問うの? 今更?
ふざけているのかしら?
ただでさえわたしの行く手を阻んでいるというのに、この男はふざけているのかしら?
だから私は嫌だったのよ、こんな美しくもない祭りなんてもののところに来るのはいやだったのよ?」
「…うるさい。」
僕の独り言のような質問にまくし立てる山羊女。
それに対して独り言のように切り捨てるウズウズ。
腰に手を当て、モデル立ちのように佇む山羊女。
相変わらずの脱力感たっぷりで佇むウズウズ。
この二人の立ち姿から緊迫感、敵と相対しているという緊張感のようなものが、全く感じられないのは僕の気のせいなのだろうか。
「ぅーずぅーずー。」
僕はウズウズの背後から耳元に顔を寄せて、小声で話す。
髪から炭やら油やらの焦げた匂いの奥に、仄かに柑橘系の匂いが混じる。ちょっと良い匂いな気がする…。
いや、そんな場合ではない!
「あいつは山羊…、鬼か?」
「…、試す…。」
ウズウズはそう言うや、起し金を真上へと振り上げ放つ。
キラキラ回転しながら高くまで登った起し金は、一瞬だけ虚空に留まった後、続けて重力に従い回転しながら落ちてくる。
僕も山羊女も、確かにその起し金を見上げ、銀色の回転に視線が奪われていたように思う。
ウズウズは振り上げた腕を下ろし、背面を通過する起し金を後ろ手でキャッチする。
ウズウズはただ「腕を振り上げ、下ろした」だけだった。
だがその間に、焼き物に使っていた鉄串を数本、山羊女の顔から腹部までの正中線上に放っていた。
山羊女はその場でターンし、その動きが必要だったのかはさておきターンし、首元から下げていたスカーフを手に、その鉄串を絡めとるようにキャッチした。
キャッチした後にはフラメンコの「オレッ!」みたいなポーズでキメていた。
「そこの間抜け面な男に引き続き、そこの女もふざけているの?
こんなもので貫けると、わたしを殺傷せしめるとでも思っているの?
なめているのかしら? それとも野蛮で美しくない人なのかしら?」
「いつの間にウズウズは攻撃したの?
つか、試すって即攻撃なの?
挙句、全て防いだっていうの? あの山羊さんは?」
「何なの? この男は顔だけじゃなく中身も間抜けなの?
この状況が理解できていないっていうの?
まさか「こいつは鬼か?」とかって思っているの?
頭、沸いてるの?
だのに「桃太郎には手を出すな」とかってマネージャは言うの?」
「って、やっぱりお前は鬼の一味なのかよっ!」
一連の会話の中で僕は「山羊女」が鬼であると悟った。
僕のツッコミと同時に、これが返事だと言わんばかりに、女が上げた手を下ろし、どういう理屈かスカーフで僕らへ向かって鉄串を投げ返す。
ウズウズがいつの間に持っていたのか、竹筒のようなもので、カッカッカッと鉄串を全て回収し、何事もなかったかのように静かにその竹筒を懐へと忍ばせる。
「じゃあ、そういうことで、って立ち去っても文句はないでしょ? そうよね?
だってそうでしょ? 仕事をこなせばいいわけでしょ?」
そう言うと山羊女から一瞬だけ鬼気が立ち昇った。
地から風が吹き上げ、どこから出したのか紙吹雪が僕らの視界を埋めるように舞い上がる。
「なっ!」
瞬間的に視界が奪われた直後、紙吹雪が消え去り、女の背後を埋め尽くす数の鬼が現れる。
今まで見てきたような大柄な鬼ではなく、地獄絵図に出てくるような小柄な「餓鬼」のような鬼。だがその数が半端な数ではなかった。
『ギギギッギギッ!』
山羊女は動かない。
だがその餓鬼共が奇声を上げて、石段の上方から飛び掛かってくる。
山羊面のせいで女の表情はわからなかったが、ひきつった、歪な笑みを女は浮かべたような気がした。
僕は反射的に懐に手を突っ込み「太鼓のバチ」を取り出す、脇から振り出すころには空間に亀裂が広がり、虚空より「柴刈乃大鉈」が現出し、僕は前面を横なぎに一閃する。
ウズウズが僕の剣筋を下にかいくぐり、僕の空いた左脇へと立ち並ぶ。
ウズウズのその正面に幾筋もの銀線が煌めき、迫っていた餓鬼を切り結んだ。
正面に迫ってきていた餓鬼が複数体、その場に音を立て崩れ去る。
しかし間髪入れずに、積み重なる鬼の屍が無いかのように、第二陣の餓鬼が迫り来ていた。
僕の横に立つウズウズから若竹色のオーラが薄く立ち上がる。ウズウズの背面に猿の顔のようなものが二つ浮かび上がった。
それに僕は思わずビクッとする。
いやいや、ウズウズさん? 背後霊を二体も纏っていますが?
この状況の最中にありながらツッコミを入れざるを得ませんが? 何なの? その不気味なやつは!
「…傾聴。」
ウズウズが揺らめき、第二陣の中へと歩む。前面180度はおろか前後左右の360度、いやその上部に至るまで刃圏内の全ての餓鬼を切り捨てる。
視線は相変わらず前方を見つめたまま…、いや、空虚な視線は漠然と前方に向いている、といった感じだ。
いずれにしろ、視線を向けずとも聴覚や嗅覚で気配のようなものを感知し、「全方位オート迎撃」といった動きだった。
「オールディフェンス」といった感じなのだろうか? あの不気味な、若竹色に揺らめく二匹の「猿の背後霊」のなせる技なのか…
ウズウズを中心に、ドーム状に幾筋かの銀線が走る。
左右の手に握られた起し金は、斬る、返す、捌く、叩くと、ウズウズの手により本来のポテンシャルを大きく超えて機能し、巧みに操られ餓鬼を葬っていく。
『ギギッ、ギギギィィィ…』
第二陣に引き続き第三陣の餓鬼までもが倒れ伏す、しかし単体のそれは大柄な鬼に及ばなくとも「数の暴力」とでもいうのだろうか、ウズウズの刃圏外に及んだ餓鬼共が僕の周囲へと迫る。
「おおおおおぉぉぉぉぉおおおっっ!!」
僕は怒声を上げながら、1体、また1体と慌てて斬りつけ、突き刺し、跳ね上げる。
だが討ち漏らした餓鬼が数体、まるで僕の存在が見えていないかのように、脇をすり抜けて下層へと降りていく。
「ああ?」
僕が通り抜けてく餓鬼を追うその視線の端に、踵を返して上層へと立ち去る山羊女が見えた。
しかし、このまま餓鬼どもが下層へと降りるということは、祭り会場が、多くの人々が襲われるということだ。
僕は視線の動きのまま下層へと上体をひねり、追うように駆け下りる。
安易に敵に背を向けた僕だったが、ウズウズが僕の背後を守るように、迫ってきていた餓鬼共を捌く。
だが、その間にも僕らの脇を餓鬼どもが降りていった。
「行かせてたまるかよーーーッ!!」
僕の雄叫びが夜空へと虚しく響く。
所詮、「多勢に無勢」だというのか。「数の暴力」に僕らは無力だというのか。




