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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のウ幕 花の色褪せて手より零れ落ちる
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無慈悲なたこ焼き

 僕の目の前を通り抜け、黒装束へと迫る「黄色い花柄の疾風」。

疾風は眼下から舞い上がるように伸び上がり、黒装束へと襲いかかる。


 風に煽られるように、はためくように、ゆらりと後方へ身を下げる黒装束。

柳のごとく無抵抗であるが故の、流されるままに成される、紙一重の身躱し。


 初撃を躱されたかに見えた疾風だったが、そこからさらに突き出される「赤い閃光」。

風を受け流す柳とて、稲妻のごとき鋭さは受け流すことは出来ない。

黒装束の顔面を「赤い閃光」が貫く。

 

 確かに顔面を貫いたかに見えた。しかしそれは残像。

黒装束は後退した身体をさらに仰け反らせ、腰から二つの銀のへら、起し金を取り出し、流れるような煌めきを展開する。


 一瞬の攻防の中、起し金の光が舞い、幾筋もの銀線が「祭りの情景」に映える。



 捉えられた赤い閃光、、赤いフランクが、


…赤いフランク? フランクフルト?




「そうきたか。」


 可愛げな「黄色い花柄」の浴衣姿の少女が、フランクフルトをフリフリと動かし呟く。

彼女の手に握られていたフランクフルトに切り込みが現れ、「タコさんフランク」へと変貌していく。


「……。」


「もしかじられたら、にぃちゃんに2本買ってもらおうかと思ってたのに。」


「…、食べればよかった。」



「いや、ちょっと待て。

ニコナ、お前の初動も会話もおかしいぞ!

そしてはい、そこ!

ウズウズもがっかりする場面じゃない!」


「挨拶みたいなもんじゃん。

それに今日は立ち回りする気もないしさ。」


 ニコナがウズウズに対して挑戦的な視線を残したまま、僕に言葉を返した。

そもそも挨拶程度の行動で、人ごみの中から突如、相手の眼前にフランクフルトを突き付けるのはどうなのか。「ケチャップもマスタードも付いていないからいいものを! もしその攻防で飛び散ったら、それこそ大惨事に!」とツッコミの追撃を入れたかったが、それで戦いの火ぶたが切られても困るのでやめておいた。


 いや、それよりも「鬼がいつ現れるかわからない」というこの状況下の中で、こんな人ごみの中で深く思考し油断しまくりだった僕が、「こんなところで鬼の襲撃か! しまった油断大敵だった! 僕は愚かだ!」と焦りまくって自責の念にかられた、前回の僕の心のを返せ!



「あのだなぁ…」


 という僕の言葉を遮るように、ニコナの後ろから大きな猫のぬいぐるみ、不釣合いなほど立派なリボンを付けたぬいぐるみが割って入ってくる。

そしてぬいぐるみの背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。


「まってよぉ、にこなぁ。

あ! なになにそれ! そこのお姉さんにやってもらったの?

すごーい! ヒヨもやってほしーい!」


 いつぞやのヒヨちゃんが、朱色の明るい浴衣姿のヒヨちゃんが、ニコナの「タコさんフランク」に目を輝かせ、そのままウズウズの方へと視線を向けて歓声を上げた。

ヒヨちゃんから差し出されたフランクフルトに対し、ウズウズは無表情のまま佇む。


 起し金が振るわれたようには見えなかった。だが二人の間に「銀色の軌跡」が魔法のようにきらめく。

そしてヒヨちゃんの手に「カニさんフランク」が出現する。


 興奮したヒヨちゃんがさらに目を輝かせ、ニコナに纏わりつくようにはしゃいだ。



「こんばんは、お兄さん。

 すみません、お騒がせして。」


「おぉっと、琴子ちゃん! こんばんは。

 いや、せっかくのお祭りだしね。賑やかでいいんじゃないかな!」


素晴らしい、素晴らしいよ!

「ニコナ三人衆、随一の良心」琴子ちゃん!

君の良心に癒されるよ僕は! 白地に藍色の浴衣がよくお似合いじゃないか! 将来が楽しみだ!



「そちらのお姉さんは、お兄さんの彼女さんですか?」


「ふーん、にぃちゃんは「猿」の方がいいって言うんだ。」


「いやいやいや!

 何を仰る、お琴さん!

 いや、その、あの、あれだよ、

 どーりょ! 同僚だヨ!

 生きるのに精いっぱい

 なウズウズに同情! でもなく、

 唐突な質問に僕の心は

 ドッキドキに動揺! でもなく、

 ただの、普通の、

 いたって何もなく、

 同僚さッ! イェー!」


 無駄にラップ調に、琴子ちゃんの質問に僕は回答する。

どこをどう見てそうなりましたか! あなたの良識はどこへ行ってしまったというのですか!

お兄さんは悲しくなりましたよ!



「そしてニコナさん?

 たまたま偶然なめぐり合わせに、一石を投じるのはやめておこうぜ?」


「まいいや。

 そいじゃぁね、にぃちゃん?」


 ニコナが含んだ言い方で僕から視線を外し、「タコさんフランク」を軽く掲げて話を終了させた。

今の会話に興味を持ち始めたヒヨちゃんの背中を無理やり押しながら、振り返ることなく立ち去ってゆく。

琴子ちゃんが折り目正しくお辞儀をすると、三人の浴衣少女達はお祭りの雑踏へと消えていった。


 嵐の後の静けさ。いや、雑踏の賑やかさは変わることなく、平和を象徴している。

だが嵐は確かな足跡を僕に残していった。

まったく、ニコナはなんだっていうんだ。これではまるで僕が悪いみたいじゃないか。



「まぁなんだ。その…

 行くか、ウズウズ。」


 ウズウズが無言でコクッと頷く。


 心なしか人々が増えてきたようだ。「こんな人混みの中を歩いて大丈夫なのか? ウズウズ?」と心配になったが、ウズウズはゆらゆらとぼとぼしながら、人々にぶつかることなく巧みにすり抜けて進んでいく。

その姿、動きはまるで黒い揚羽蝶のようだった。非日常的な祭りの灯や雰囲気も相まって、儚い幻想のようだった。

ついて行く僕の方が必死で、時折「あ、すみません。」などと呟く様は、まったくもって現実的だ。


 やがて一つの出店屋台、「台湾風たこ焼き」と掲げられた店にウズウズが入って行く。

つられて僕も店の中、この場合は裏手と言うべきか、そこへと足を踏み入れた。




「おう、若いの。

 そこのキャベツの千切り。」


「はい、金剛の兄貴!

 ここでいいすか?」


「おう。それとな、爪楊枝補充しとけや。」


「はいっ!」


 作業の合間に横目でウズウズを見る。

相変わらずの手捌きで、上体を不動にしながら神速でたこ焼きを生み出していく。

そこには一つの無駄な動きはない。

まさに「揺れぬ巨大たこ焼きを二つ胸に抱えた製造マシーン」だ。

無表情がさらに、マシーンの非情さに拍車をかける。


 あ、神速の速さで一つ食べた。


「おう、若いの。

 ボーッとすんなや、このずん胴混ぜとけ。」


「すんません!」


 ウズウズが動き始めると同時に、その動き、その容姿に群衆が足を止める。

やがて店の前には人だかりができ始め、その人だかりに誘われるように後方の群衆がのぞき込み、更に人だかりが増え続ける。


 ウズウズの神速のたこ焼きピン(たこ焼きを返す道具)の動きに誘われるのか、それとも2つの「揺れぬ巨大たこ焼き」に魅惑させられるのか、あるいは香り立つ出来立てのたこ焼きに、流れるように降り注がれるソース、散りばめられる青ノリ、そして舞い上がる鰹節に食欲が刺激されるのか…

人だかりが長蛇の列へと変わっていき、出店は戦場さながらの慌ただしさだ。


 戦場に降臨しているのは天使か悪魔か。いずれにしろウズウズのその表情は無慈悲だ。

生み出されるたこ焼きに情けをかけることはない。淡々と、淡々とたこ焼きが返され、トレーに上げられていく。



「よし、あらかたさばいたな。

 おう、次いくぞ若いの。」


「はい! 金剛の兄貴!」


「お嬢、仕度出来たら頼んまぁ。」


「…、問題ない。」


 ウズウズがたこ焼きピンを布巾でふき取り、懐へとしまう。


 入れ替わるように、裏手で休憩していた職人風な方々と若い売り子が店に立つ。

ウズウズが店の奥に引っ込んだことにより、先頭付近にいた客の残念そうな表情に目が留まったが、売り子たちがその客を逃すことはない。

戦士に休息はないのだ。次の戦場が俺たちを待っている…




 って、なんで僕は働いてんの?

居酒屋バイトの習慣で反射的に手伝っちゃったけど、もうかれこれ1時間以上働いてるよね?

ここの出店で4軒目だよね?

気がついたらタオルを首から下げてるよね?



「おう、若いの。

 若い割にはいい働きじゃねぇか。

 次が最後の店な。」


 金剛の兄貴改め、近藤の兄貴×2に両側から肩を抱かれ、僕は次の店へ、次の戦場へと向かった。

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