ゴールドラインあるいは柔らかな楽園
「なあ、にぃちゃん。今日はちょっと暑くないか。」
「それ、こないだも言っていたが、軒島が動き過ぎだからなんじゃないだろうか。」
いい加減、軒島ニコナの唐突な出現に慣れてきた僕は、即答してやった。相変わらず軒島ニコナは制服+スパッツか。
僕も多分に漏れず制服好きだとはいえ、「制服」とは何も学生服だけを指すものではないということは、諸兄もご存じのとおりだろう。もちろん学生服たる「制服」も多種多様なバリエーションが日々発現するこの世の中で、僕を飽きさせることは無いのだが、こと軒島ニコナのように毎度同じ制服を着てこられても、それは新鮮味が薄れるというものだ。
まして今時、現実世界には珍しくはあるが、セーラー服を基調としたデザインは、やや食傷気味ではないか。
「軒島って呼ばれるの、なんかやだなぁ。」
軒島ニコナは激しい連打から、一旦三回の後方倒立回転の後、再度前方へ跳躍し、飛び蹴りから着地と同時に空中回し蹴り二連撃を決め、倒れたと想定したのか地面に向けて正拳を入れたところで呟いた。
改めて見ると、軒島ニコナの動きは確かにすごいのだが、こいつはいったい何と戦っているのか。いや、何と戦っていようとも僕には関係はない。ただ、せーラー服の上というものは裾が短く、ブラウスをスカートの中にインするものではないことから、ウエストあたりの肌が時たま見えることはプラス評価にしてやろうじゃないか。もちろんそれは、軒島ニコナの動きについていける僕の動体視力のなせる業なのだが。
欲を言えば、スパッツはやめてニーソックスにしていただきたい。夏のセーラー服同様、布地と布地の間に見える肌、ミニスカートとニーソの間に見えるゴールドラインを求めて男たちは大空へと旅立っていくのではないか。
「き…」
「君って呼ばれるのもやだ。」
僕の発言に被せてくるか軒島ニコナ!
「君」以外にも二人称代名詞はいくらでも思い浮かぶが、言ったところで否定されるのは目に見えている。残すところは「軒島ニコナ」か「ニコナ」だろうが、フルネームで呼んだところで、これも否定対象だろう。別に僕は女性を下の名前で呼ぶことに抵抗があるわけではない。ただどうして三回しか会っていない中学生女子と、精神的距離感を一気に縮めなくてはならないのか。たとえ肉体的距離感が異常接近したとしてもだ。
「くっ、それならば僕のことを「にぃちゃん」と呼ぶのはやめてもらえないかな?
ニコナさん!」
「あのねぇ、にぃちゃん。これはあたしの優しさ。
にぃちゃんがあたしと歩いていて、他人行儀に呼びあっていたら捕まるよ?」
軒島ニコナは憐みの目で僕を見ながら言い放った。
妹属性だと? まさか妹属性できていたとは気が付かなかった。軒島ニコナの言動に1n‐ha.の妹領域も感じられなかった。
姉しかいない僕は、確かに「姉よりも妹だよな」と、常日頃から妹キャラを渇望していたことは素直に認めよう。「おいおい、姉キャラだって需要があるんだぞ、贅沢言うな!」という諸兄の意見は十分に理解している。だが人は隣の芝生の方が青く見えるのだ。隣の妹の方が良く見えるのだ!
軒島ニコナの言っていることは確かに正論だ。この法治国家日本において、僕のような大学生が中学生女子を連れて歩き、プロレスごっこに興じていたとしたら、秒速で逮捕されることは間違いないだろう。むしろ今まで逮捕されなかったのは軒島ニコナのお陰だとでもいうのか。
ならば僕だって正論で勝負するしかあるまい。
「身長150cm以下、体重40kg前半、BWH85以上、55前後、80前半!
髪型はショートなのに無理やりおさげ、黒縁眼鏡で一人称は「ボク」!
性格は甲斐甲斐しいのにドジっ子。趣味は読書と掃除!
僕はそれ以外を妹とは認めない!」
「細かいなぁ。
髪型変えて、眼鏡かけて、「ボク」って言えばいいわけ?」
なに? そのハードルをやすやすと超えるつもりか軒島ニコナ!
軒島ニコナを頭の先からつま先まで確認すると、基本スペックにおいては確かに一部を除いてすべて網羅できるかもしれない。だがその一部が重要ではないか。
初代二子山親方は言っている。「15尺の土俵。あの中にはなんでも落ちている。女房、金、ダイヤモンド、全てがある。全人生がある。」と。
そうなのだ。我々にとって15尺とはいかないが、その分15cm×2の双子山は全人生があるではないか! 高天原のような触れてはいけない神域とはおさらばしようではないか!
「そんな小手先だけで勝負するつもりか、ニコナ!
確かに認めよう。女子高生が制服を着ていなければ、ただの小娘。
ナースが制服を着ていなければパンピ。
巫女しかり、競泳水着しかり、くのいちしかりだろうが!
だが…」
「ニコナ、って呼び捨てでいいよ。」
「ぐっ。
だが…、だがしかし、ニコナには越えられない山があるではないか!
双子山はロマンだ! そこに楽園があるのだ! 巨乳が好きで何が悪い!」
勢いあまって軒島ニコナを呼び捨てしてしまったが、僕は最後まで言いきってやった。これで軒島ニコナはぐうの音も出まい。そう、そうなのだ。人間には越えることのできない絶対領域というものがあるのだ!
「成長過程にある乙女の希望を打ち砕くようなことを言うなよな。」
軒島ニコナはそう言いながら、つかつかと僕に歩み寄り、30cm誤差±5cmの至近距離まで詰め寄った。おやおや? 今までのアクセス方法と違うじゃないか。
鼻先に仄かなシャンプーの香りがする。僕を見上げる軒島ニコナの瞳に僕はドキッとした。軒島ニコナはゆっくりと、その小さな手で僕の襟をつまみ、自身の方へと引き寄せる。
なんだこの展開は! 顔と顔との距離はまさに15cmを切ろうとしている。
キ、キスなのか?
と思ったが束の間、軒島ニコナは素早く反転すると同時に僕の腕を取り、態勢の崩れていた僕は足をはね上げられ、勢いよく前方へと投げられた。
もしこの場にギャラリーがいたのならば、それは見事で美しい山嵐を見ることが出来たことであろう。もちろん僕並みの動体視力をそのギャラリーが持ち合わせていたのならばだが。
そして僕は当然、客観的視点でその美しい山嵐を見ることは叶わないのだが、代わりに軒島ニコナの白桃を思わせるかのような可愛らしい臀部が僕の太腿に接触し、全神経を集中した太腿からの電気パルス信号によって形状、質感、量感を瞬時に計測した僕は、まさに「柔らかな楽園」へと誘われながら、どこに不時着するかわからない飛行を始めたのだった。