水風船の左右に金剛力士像
「あっと、ごめんなさい。」
とは咄嗟に言ったものの、振り返りざまに抱きしめたが故に感じる、喉元に当たる固いおでこと、胸に当たる二つの感触に身に覚えがあった。
こ、この柔らかく弾む、「お祭りと言ったらこれだよね!」っといった感じの、二つの水風船は!
「そんなあなたは、ウズウズさん!」
僕はぶつかったウズウズの両肩を掴み、寄り掛かるようにうなだれる彼女を引き剥がして、真っ直ぐに見つめあらためた。
「よう、ほろぅやー。」
「よう、じゃねぇよ!
神出鬼没うなだれローテンション娘!」
僕は「7割ぐらい僕の不注意、残り3割はウズウズの気配の無さ、いや、生きる気力の無さ」ぐらいかなとか思いながらも、自分の不注意を棚上げしてツッコミを入れた。
それに対し、ウズウズは「どう返せば良いのかわからない」といった感じで、プルプルと震えているような気がしたが、正直なところ無表情を通り越し、その生気のない表情からは読み取ることが難しい。
その段階になって初めて、ウズウズの背後にいるとてつもなくイカツイお兄様方二人の存在に、僕の眼球の奥の脳髄の、それすら通り越して僕の背後の地面に突き刺さるような眼光に気がついた。
「す、すまん…。
ぶつかったのは僕の不注意かも、いや、僕の不注意です…。」
僕の返答に対し、ウズウズのそれはどういう回答表現なのかはわからないが、再度お辞儀でもするかのように、僕の胸に前面から寄り掛かった。
僕は恐る恐る再度、ウズウズをゆっくりと引き剥がす。
「あのー、えーっと…
時にウズウズさん、後ろのお二人は?」
「テキ屋…
………
………仲間? どーりょ?」
ウズウズよ。質問に対して回答するまでの間が長いよ!
そして疑問符で答えるのはやめてくれ!
聞きたい危機的状況の回避方法が、まるで解決まで至ってないぞ!
「あー、うーんと、お二方はバイトの先輩かな?
随分と眼光が、最終兵器のような熱量だけれども。」
「なんじゃい若いの、お嬢の知り合いか?」
「は、はい。
いつもいつも大変お世話になっております、であります候。」
僕はすぐさまレーザー発する左右の金剛力士像から視線を逸らし、「左右の視線から逃れる、つまり正面を向く」という限られた選択肢であったことも手伝って、助けを求めるべく目の前のウズウズを見つめた。
だがしかし、ウズウズの眼鏡が祭の光を反射し、表情の読み取れ無さが、さらに僕の不安をかき立てる。
「えーと、今日も焼きそば作るのかな? ウズウズちゃんは。」
「……。
焼きそばお好み焼き焼き鳥広島焼きたこ焼きフランクフルト…」
「オーケーオーケー!
つまり焼き物全般、出店屋台掛け持ち!
ってことな!」
焼き物を呪文のように唱えるウズウズ。
ウズウズの技と魅惑を、屋台各所で発揮するということだろうか。
「…、
ベビーカステラ。」
最後にそう呟き、ウズウズは僕を見上げる。
猫背で見上げるというのもおかしなものだが、なんだか「恨めしい感」が半端ない。
そこで初めてウズウズの瞳が見え、目が合ったような気がした。
「お嬢、先に行ってるからな。」
レーザー装備の金剛力士像の、阿形が凄みをもってそう発し、吽形が凄みをもって睨みをきかした。
一応は「ウズウズの知り合い」だということを認めてくれたのだろうか。金剛力士像が僕らの前から立ち去る。
海水浴場の時もそうだったが、どうもウズウズの近くにいる方々は「抑え込んだ威圧感」がにじみ出ている気がする。にじみ出ている時点で抑え込まれていないわけだが、それにツッコミを入れることができないのはお察しいただきたい。
重圧から解放された僕は、あらためてウズウズを見る。
お祭り会場なだけに和装だったが、浴衣ではないのだなウズウズ。
甚平? いや、作務衣か。
う~ん、作務衣というよりは忍び装束のようないでたちだな。
そして腰サイズのエプロンと見せかけて、タイトスカートなのか。
ま、まぁタイトなスカートも悪くないぢゃないか。
「なんというかあれだな。忍者みたいだな、ウズウズ。」
一瞬、ウズウズの瞳が「カッ!」と光った気がした。
だが、僕のその一言に反応することなく、ウズウズは視線を逸らすと、とぼとぼと歩き出す。
僕は「忍者という描写」が失言だったのかわからず、なんとなくいたたまれずに、ウズウズを追いかけるようについていった。
「…、ニンニン。」
「って、的を得ていたのかよッ!」
心なしかウズウズの背中が、ご機嫌な感じなのは気のせいか。
「その、あれだ。仕事大変そうだな。」
「そうでも、ない
……、よ?」
ボソっと話すウズウズの言葉に耳を傾ける。
考えてみれば、ウズウズにとっての料理、何かしらの金属調理器具を使って料理することは「無心」でいられるということなのだろうか。
僕は「無心」について考えてみる。
代表的なところで「禅」の世界に「無心」となる座禅がある。
「無心」といっても心を無くすわけでも、何も考えないわけではないのだろう。
心、囚われずに思考する…。
ひたすらに「無心」で座禅に取り組む。
ひたすらに「無心」でネギを刻む。
ひたすらに「無心」で焼きそばを作り続ける。生肉を捌き続ける…。
僕は表面上に「無心」を繕いながら、そういった単純作業を表面上には「機械的な動き」を装いながら、その実「思考の深淵」に浸っているような気がする。
僕はそういった「単純作業」が好きだ。
ネギを刻む、洗濯物をたたむ、トイレを磨く…。
そういった行為を「静」とするならば、小説を読んだり友達(が僕には少ないとか言うなよ!)と語りあうことは「動」であって、「静」であるがゆえに「無心」で取り組みながらも存分に「思考」しているような気がするのだ。
それを「自己との対話」とでもいうのだろうか。
わからないが、少なくとも「自問自答」を繰り返すことは僕の癖なのかもしれない。
ウズウズは何を想い、何を思考し焼きそばを作り続けるのか。
何を思って鬼を倒すのか。何を思って「猿」を演じるのか…。
僕はウズウズの横を歩きながら、その1mに満たない距離間にいながら、「無言」という会話でウズウズに問い続けていた。
「猫たちは…、
なんだっけ、名前。」
「…、
高橋と鈴木。」
「あぁ、
高橋と鈴木は
元気か?」
「ん。」
「ちゃんと、
ウズウズは食べてるのか?」
「ん。」
「そっか。」
「今夜は、
割と涼しいな。」
「うん…」
「無言」という僕とウズウズの会話の合間に、一言二言を挟み込む。
それは息継ぎのような呟きだ。
平和の象徴のような「非日常」の、穏やかでありながら騒がしい人々の喧騒が背景音として挿入される。
取ってつけたような、祭りの賑やかでぼんやりとした明かりと人々の笑顔が視界を埋める。
僕とウズウズの間の会話は、噛み合ってるのか噛み合ってないのか。
一方的な「無言」の会話を、僕はウズウズへと伸ばし続ける。
悲しみだとか、苦しみだとか
悩みだとか、憂いだとか
愉しみだとか、喜びだとか
想いだとか、意思だとか
そういったものを包括しているのか、排除しているのか、「無言」という糸は確かにウズウズと僕を繋いでいるような気がした。
さざ波のように押し寄せる人波の、一段と大きくうねった塊に、僕らの歩行速度が落とされる。
僕がその塊に意識を取られた瞬間に、目の前を「疾風」が通り抜ける。
僕の方から来たその「疾風」は、逆サイドにいたウズウズへと襲いかかった。
「疾風」から放たれた「赤い閃光」が、ウズウズの顔面へと迫る。
ウズウズが瞬時にバックステップを踏みながら、「赤い閃光」に対して懐から取り出した起し金で捌く。
起し金の、銀色のきらめきが僕の視界に舞った。
「ッ!」
僕は「無心」に心傾けるあまり、まったくその「疾風」に反応することができなかった。
僕は愚かだ。




