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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のニ幕 生けるもの皆氷門に閉ざされ
55/205

種子に雨降る

 暴力的なまでに荒れ狂う「感情の奔流」。そしてそこに身をさらけ出したが故に起こる「混沌」。


 「理解」は「受け入れる」に非ず。「認識」は「理解」に非ず。

そして「知覚」は「認識」に非ず。




ニコナが凍ってゆく 僕は「知覚」する

氷に包まれた少女 氷像と化した少女 蹴った姿勢のまま時が止まった少女


凍る? 人間が凍る? 凍るとはなんだ?


「知覚」したものが「認識」まで及ばない

僕は(まばた)きを忘れる 焦点が一点に集中される


文字通り凍り付く少女 粉々に砕かれる少女


 視覚情報が網膜に伝わり、電気信号に変換されて僕の脳髄へと到達し「知覚」する。


深緑のハーフコートの男

不遜な佇まい 冷徹な表情 ただ機械的になされる破壊行動

それは僕の「認識」から排除される。


砕く 砕かれる 粉々 散りゆく きらめき

瞬間的且つ緩慢な映像が、僕の視覚情報に入り込む。



 遅れて聴覚情報が鼓膜に伝わり、電気信号に変換されて僕の脳髄へと到達し「知覚」する。


パキャンッ キャラ キャラ キャラ キャラ

氷の割れる音 砕け散る音 少女の終焉の音 絶望の音


男が発する低い声 トーンダウンする声 切れ切れの単語

手を出す 手を出さない 相応の代償 代償 代償……

それらも「認識」から排除される。


 分別された情報。「認識」として残った情報が、僕の脳内を占める。



音がなくなる 無音

音の代わりに激しく脳内を響きまわる「感情の奔流」


ニコナ… ニコナ? ニコナ!

僕の可愛いニコナ! 僕の大好きなニコナ! いつもクールなニコナ!

でもはじけたように笑うニコナ! 狂喜に満ちたニコナ!

僕の、僕の、僕の大切なニコナ!!

僕の、僕だけの、僕にとっての、僕のののののニコナニコナニコナ!!!

愛してるよニコナ! どこにも行ってはいけないニコナ!

いなくなってはいけないニコナ! いなくなるなど許さないよニコナ!

ああああああ、ニコナニコナニコナニコナ!!

ニコナは、ニコナが、ニコナの、ニコナは僕の!

僕の僕の僕の僕の、僕のものだ!

僕の僕の大切な! 僕の従者、僕の眷属、僕のおおおおお!!

あああああ、おおおおお! 僕のおおおおお!




 事実とは、「知覚」されたる事実とは「種子」だ。

五感を通じて取り込まれた「種子」は脳内に到達すると、選別され、取捨される。

排除されなかった「種子」、あるいは排除することができないほどの鋭い「種子」が「認識」され、脳髄へと深く突き刺さり発芽してゆく。


 時として発芽と共に芽が、茎が、葉が瞬く間に脳髄を突き破り、一気に体外へと、表情へと、声へと、行動へと花を咲かせる。

だが、地表へと突き破ることができなかったとき、「種子」から発芽したものが向かうのは深層。

内へ、内へ。深く、より深く。

根はおびただしく、どこまでもどこまでも張ってゆく。




これはなんだ? 砕かれたのはなんだ?


砕かれたのは少女 少女の生命

生命が損なわれる 永久に失われる

そこにあるのは「死」


 根が下へ下へと伸びてゆく。


「死」とはなんだ? 

終わり 終焉 無の世界

死 死


 より深く、より複雑に伸びてゆく。


無とは? 虚無とは? 零とは?

死 死 死


 絡まり、捻じれ、再び分かれ。


死 死 死 死



嫌だっ! それは嫌だ!

そんなの許せない! 許さない! 許すまじ!

許すわけにわわわわわ! 許さんっ!

誰だ! 誰が! 誰の! だだだだだ

誰がやった! 誰がやられた! 誰がやるううううう!

ぶっ殺す! 殺す殺す殺す!

ここここころろろろおおおっ!!


 根は「死」という概念を回避する、忌避する、遠ざける。

「理解」に到達することなく、更なる深みへ、深層へと進む。


如何(どう)してくれよう? 如何様(いかよう)にしてくれよう?

為さねば! 為す! 為し遂げるぅ!

ナアアアア、ウウウウウ、ムムムムム!

無ウウウッ!!


 根は一つの硬く閉ざされた球体に到達する。

根毛が球体を取り囲み、締め上げ、あるいは入るべく入り口をまさぐる。



 そこに一つの雫が、「認識」された雫が根を伝い流される。雫は男の言葉だ。


 その言葉は「桃太郎」。


 染み込む「認識」された言葉により球体に亀裂が入り、根は取り込むべく球体へと侵食する。

「認識」は「理解」へと移行する。


無だ! 無無無むむむぅ!

無駄無駄無駄無駄! 無に帰すぅ!

抹消ぅ! 抹殺ぅ!

消去ぉおおお! デリートォオオオ!

とととととぅ、とう、とう、

桃源んんんんん!

んんんむむむぅん、(うん)っ!




「君の方から来るとはね。」


 少年が読んでいた本から顔を上げて、僕の方へと笑顔を向ける。少し寂しげな笑顔を向ける。


「むぅうう、無無無!

 無に帰してやるぅうう!」


「混沌が螺旋して収縮して、一つの形になってきたというところかな?

 一時の結果は同じでも、過程によってその後が変わるというものなんだけどね。」


 少年が読んでいた分厚い本をバタンと閉じ、書架に収める。

ここは書庫だろうか。狭く小さな世界をさらに書架と本が所狭しと埋めている。


「寄こせ! 寄越しなさい!

 よよよ寄こsay yeah!」


「Yeah! とは元気に答える気にはなれないなぁ。

 第一、受け入れてもいないのに、だよ?」


 少年はクスクスと笑う。笑う目の端に寂しさが付着している。

少年は「僕」だ。いつぞやの「僕」がそこにいる。


「ま、いっか。

 封じるのも解放するのも、選択したのは僕、だしね。」


 どこから取り出したのか、「僕」が傘をさす。

ビニール傘をフィルターに天空を見上げる。書庫に天井はない。暗い天空から雨粒が降る。


ポツ、ポツ、ポツ。


雨粒が傘に当たる。一粒一粒が音を鳴らす。

雨粒が赤い。鮮烈な鮮血の雨粒が降り注ぐ。

傘が徐々に赤く染まり、やがて「僕」の姿か消えてゆく。


「迎えにくるの、待ってるよ。」


 その言葉を皮切りに根が「理解」の一部を吸い上げてゆく。

吸い上げられた「理解」は脈動し、おびただしい生命、独立した生き物のように根の中を怒涛の勢いで這ってゆく。

元の「種子」を蹴散らし、すでに別の生体となったその「理解」は、はち切れるように芽となって地表を食い破り表出する。




 僕の視覚が、深緑のハーフコートの男を捉える。この男は兵跡とかいったか。

いや、名前などこの際、関係は無い。消え失せる対象に名前など必要は無い。

目の前にいる者は鬼だ。鬼は滅せねばならない。斬殺、封殺、滅殺せねばならない。


「ただ滅するのみ。」


 僕の周りの空間が歪む。虚空と虚無の境目がなくなる。意思をもった「無」が僕となる。


「? 何が起こった?」


 兵跡が僕から何かを感じ取り、大きく飛び退く。

捻じれた空間を僕は身に纏う。「柴刈乃大鉈」、いや「宝刀鬼殺し」とは言いえて妙なり。「鬼殺し」の(やいば)に歪んだ空間、「無」という実体化した概念が滴り、一層の艶めかしい輝きを放つ。


 淡い振動が刃体から伝わる。僕は笑みをこぼす。


「そうかそうかぁ! わかるか? わかるよなぁ!

 鬼! 鬼! 鬼ぃぃぃぃいいいい!

 無に帰るといいぃぃぃぃぃいいいいいっっ!!」


「ちぃっ!」


 僕は一直線に兵跡に向かって駆け出す。僕の接近に対し、兵跡が飛びのきながら地表を打つ。地中から氷柱が次々に立ち上がり、僕の行く手を阻まんとする。


「るーるっるるるぅ、るーるるるるるぅ♪」


 僕は鼻歌交じりで、その氷柱をなぎ倒して征く。なぎ倒された氷柱は、砕け散るより早く霧消して逝く。

嗚呼、阿ぁ。消へて無くなray!

全ては、邪魔するものは無に帰れ!!



「常軌を逸した存在か。

 クレイジー」


 後退を繰り返していた兵跡が、崩壊した橋桁に到達する。洞窟状になったコンクリートの間へと身を置いた兵跡は、ゆっくりとした動作で横に手を付く。


「引かせてもらうよ。桃太郎くん。」


 洞窟状の穴を氷門が塞ぎ、さらに氷結が崩壊した橋桁を走り、取り込んで砦と化す。


「鬼ごっこよりもかくれんぼとか!

 語るに落ちるとは正にこのこと!

 んま、僕にとっては、どちらも変わらんけどなっ!」


 僕は「柴刈乃大鉈」を握り直し、脇構えとなる。




「うざっ。」


 その言葉とともに僕は後頭部に鈍痛を、そして冷ややかな、文字通り冷ややかな衝撃を唐突に受け、意識が凍結した。

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