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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のニ幕 生けるもの皆氷門に閉ざされ
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明滅するネオンサインの下で

 諸兄諸姉は日本刀を持ったことがあるだろうか。ご存知のように「銃砲刀剣類所持等取締法」なる法律のため、現代においては「日本」の「刀」でありながら、我々が日本人であるにもかかわらず、持ったことのある方は少ないに違いない。もちろん僕だって日本刀はおろか模造刀すら持ったことはない。

なので推測の域は越えないわけだが、この「柴刈乃大鉈」なる日本刀は、一般的な日本刀に比べるとやや刀身が長い気がする。そして重さが「太鼓のバチ」、元の「木の棒」と大した変わっていなかった。

それ故に僕は、日本刀を持っている実感が、目には映っているし掌の感触は確かに木の棒とは違ったわけだが、全く日本刀を持っているという実感がわかなかった。


 「柴刈乃大鉈」は黒々と刀身を怪しく光らせていたが、微かにピシッ、パキッと軋むような音と共に、ジジッ、ジジジッと電気を帯びているような音がした。


 これは「おぉ! 柴刈ちゃんは雷属性? それとも空間を割くとか?」なんて期待するようなものではない。

それはまるで切れかけて明滅する蛍光灯。あぁ、あいつに似ている。洋画なんかで出てくる真夜中のバーの店の名前を象ったネオンサイン。消えたり着いたりするネオン管の不安定さと似ている。

そんな不安定さにありながら、柴刈乃大鉈は「鬼を斬るために此処に在る」といった自己主張をやめなかった。決して「柴を刈る」ためにここにあるのではないのだと。「柴を刈るように群生する鬼どもを狩る」ためにあるのだと。



 完全に鬼化した鬼が4人。先陣を切って鉄骨を持った鬼が、軽々と持ち上げた鉄骨を無造作にニコナへと振り下ろす。ニコナは身を翻しながら回転し、その初撃を躱すとそのまま振り下ろされた鉄骨の側面を滑るように接近し、鬼の腰に蹴りをいれる。

体軸をずらされた鬼の背後の視界が開け、ニコナはそこに迫っていた肥満体質の鬼の前面へと出た。

肥満鬼が両手で挟み込むようにニコナを捉えにいったが、その手は空を切る。ニコナは背面へと地に倒れこんでこれを躱し、そのまま身を低くして鬼の真下へと潜り込むと、両足で肥満鬼の下腹部を突き上げるように蹴り上げた。


 僕の眼前へと迫ってきた、筋肉が隆起するにいいだけ隆起し、もはや全裸と化した鬼が「見よ! この肉体美! 私の武器はこの自慢の肉体さ!」と言わんばかりにショルダータックルで突っ込んでくる。

僕は咄嗟に横へと飛びのき、そのショルダータックルを躱す。

そして僕に遅れてついてきた刀が、その自慢の肉体を舐めるように肩から腰へと滑り切った。

全裸鬼の傷口から瘴気が黒い霧のように吹きだす。だが「傷は浅い」と手応えが伝える。


 鉄骨鬼が初撃を躱したニコナへと追撃するために、振り向きながら鉄骨を横殴りにする。

偶然にもその軌道上へと入り込んでしまった僕は、右手に持ていた刀を翻して左手で逆手にして両手で握り、その鉄骨を受ける。

ニコナが逆立ち状態からその光景を見ると、にっこりとほほ笑んで両手でジャンプし、後方宙返りでその鉄骨の上に飛び乗りしゃがみこむ。



「にぃちゃん! やる気になったの?」


「いや、やむにやまれずだ!」


 僕の回答や行動に気を良くしたのかどうなのかはわからないが、ニコナは無邪気な笑顔を僕に向けた後、飛び上りざまに胴回し蹴りで鉄骨鬼の首をきめて、強引に引き倒す。


「あ!」


「なに?」


「新しい技、思いついた!」


 そう言うやニコナは大きく飛び上る。その上昇軌道を思わず視線で追うと、先程僕に向けて自動車を投げた毛むくじゃらの鬼が、「じゃあ、これならお気に召されますか?」と言わんばかりに投げつけてきていたトラックが視界に入った。

「自動車とかトラックとか、無造作に、さも当たり前のように手あたり次第投げるなよ! 子供かっ! 怪力になった子供かっ!!」という僕の心の叫びなど、毛むくじゃら鬼には届くまい。


「ニコニコ―!」


 投げつけられたトラックは空中でニコナの踏み台となり、軌道を変えて志半ば僕の手前へと墜落する。

ニコナがくるくると膝を抱えながら上空で回転し、毛むくじゃら鬼へと放物線を描く。

あぁ、回転する放物線か。新たな美しさの体現じゃないか、ニコナ。


「くるくるスターーーーーンプッ!」


 ニコナが投擲後の毛むくじゃら鬼の背中へと、両足で着地する。着地とは言ったが、明らかに踏み抜く、蹴りぬくといった衝撃を与えていた。

「新しい技」というほどの目新しさは感じなかったが、大きなダメージを与えているのは確かなようだ。



「うはぅおっとっ!」


 起き上がりざまに横からの張りてをかましてくる肥満鬼の攻撃を、僕は辛うじて刀で受けた。その直後には全裸鬼が振り下ろしの(こぶし)を浴びせてくる。僕は意図的にならば格好いいのだろうが、ぎりぎりのラインで、まさに紙一重の数ミリ手前で躱す。僕の上腕部のシャツがチリチリとすり下ろされる。


 ニコナが毛むくじゃら鬼の反撃を捌きながら、バックステップで相手を引き連れて戻ってくる。まるで二人は社交ダンスを踊っているかのようだが、僕にはそんなゆとりはない。僕の衣装はすでに損傷だ。

怒り狂った鉄骨鬼が、僕の受けによって切れ込みの入った鉄骨を無理やり半分にちぎり、駄々をこねる子供のように、その両手の鉄骨を交互に振り回してニコナの背後へと差し迫った。



「にぃちゃん、パースッ!」


 ニコナがバックステップから突如、体勢を沈めて右足を大きく円を描くように後方へと体軸を逸らすと、毛むくじゃら鬼のストレートパンチを掴み、合気の要領で盛大に僕の方へと投げ飛ばす。

そしてそのままの勢いで、鉄骨鬼の振り下ろされた右肘へとハイキックで迎撃する。


「この状況でパスとか、荷が重いわーっ!」


 吹っ飛ばされてきた毛むくじゃら鬼を躱しつつ、肥満鬼の空いた胴へと薙ぎにいく。

毛むくじゃら鬼と全裸鬼が衝突し互いに激しく肉体を叩きつけあい、鉄骨鬼の右腕がひしゃげ、そして肥満鬼の横っ腹が掻っ捌かれて瘴気の黒い霧が溢れ出す。


 僕とニコナが入れ替わるように立ち位置を交代し、僕は動きの止まった鉄骨鬼の右腕を切り落とした。

そしてニコナが肥満鬼の背面から正確に鬼門へと貫き手を放ち、肥満鬼へと引導を渡す。



 肥満鬼が盛大に地へと倒れ、土煙りが上がった。膝をついた片腕の鉄骨鬼が再び立ち上がる。戦意喪失というものがないのか、こいつらには。

横目でチラッと確認すると、全裸鬼が怒気を昂らせるかのように、両手を高々と構えていた。


「なんか、こいつを相手にするのはやだなぁ。」


「僕は全員、全鬼やだけどな。」


 再びの鉄骨鬼の猛攻、鉄骨が短くなった分、よりシャープに間断なく打ち込んでくる。僕は受けに集中しなんとか捌く。重たい金属音が響く。

対して僕の背後からは、ニコナが次々に打撃を打ち込んでいるのが音でわかる。


「にぃちゃん、後ろねっ!」


 僕はその言葉に反応し鉄骨鬼の振り下ろした鉄骨をを跳ね上げると、振り向きざまに刀を水平に薙いだ。

ニコナが僕の刀の軌道を後方へと跳躍して躱す。半回転した切っ先が、ニコナにタイミングを合わされて前のめりになっていた全裸鬼の顔面を切り裂く。

ニコナは逆立ちで僕の両肩に乗ると、毛むくじゃら鬼が振り下ろした二つの大ハンマー状のコンクリートブロックを旋風脚で跳ねのける。


 続けざま、ニコナは僕の肩から跳躍し、着地と同時に鉄骨鬼の鬼門へと正拳突きを叩きこむ。僕はニコナの跳躍の反動に押されるように前進し、顔面を押さえながら後ろへとのけ反っていた全裸鬼の鬼門へ突きを放つ。

鬼門に深々と刺さった「柴刈乃大鉈」が、蝕むように全裸鬼の身体へと黒い亀裂を走らせ絶命へと導く。



『水の流れ絶えることなく、風の香り止むことなく。』


 声が僕の心中で響く。


 二体の鬼が地に沈むと同時に僕は駆け出し、毛むくじゃら鬼へと迫り袈裟切りにする。

体勢を沈めた僕の背後からニコナ躍り出て、胴回し蹴りのような踵落としを鬼門へと打ち放つ。

毛むくじゃら鬼が地面へと叩きつけられ、土煙を立てながら地にのめり込んだ。




パチパチパチパチパチパチッ


「素晴らしい。ブラボーだね。

 鬼って倒せるんだ。」


 唐突に乾いた拍手と抑揚のない賛辞が聞こえる。

その声に視線を向けるとそこには、このくそ暑い夏だというのにもかかわらず、アーミー調の深緑のハーフコートを着た男が、土手に胡座をかいていた。



 ニコナがボツリと「兵跡?」と呟いたのが聞こえた。

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