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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のニ幕 生けるもの皆氷門に閉ざされ
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度重なる木っ端微塵

 僕はリレーの選手よろしく「木の棒」をバトンに見立てて走るに走った。この道に、この先にゴールはあるのだろうか。もちろん言うまでもないことだが、僕はただの一度もリレーの選手になったことはない。

ただ言い訳ではないが、持久力はある方だと思う。中学、高校と新聞配達をしていたおかげでマラソンは比較的、得意な方だ。

そうだ、僕は走れるインドア派だ!


 「走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題ではないのだ。人の命も問題ではないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいもののために走っているのだ」とは走れメロス、つまり太宰治の言葉だ。

そうだ。僕は走らねばならない。信じられている(だろう)から走る。間に合う間に合わないは問題ではないらしい(でも人の命は問題だと思う)ので走る。もっと恐ろしく大きいものはこの際、気にしないようにして走る! ランニングハイが僕を呼んでいる!



 だが、僕のそんな根拠無き希望や勇気のような、自身を鼓舞するものなど、現実を目の当たりにすれば木っ端微塵に崩されてゆく。

このようなことが人為的に、いや、鬼為的に起こりうる、起こせるものなのだろうか。近づくにつれて、見たことのない惨状が眼前に広がってゆく。


 橋を支える橋脚が破壊され、自重に耐えかねた橋が折れ、川底へ斜めに突き刺さっている。その上には通行していたであろう車が折り重なるように、まるで癇癪を起こした男児が沢山の積み木とミニカーの入った箱をひっくり返したかのように、非現実的な瓦礫の山が築き上げられていた。


 僕はその光景に言葉を失い、思考が追いつかなくなる。

この惨状を目の前にして、いったい僕は何をすればいいのか。いったい何が出来るというのだ。僕は自然と失速し立ち止まる。




 ピリッと静電気のようなものが木の棒から発せられ、僕は我に返えった。


 崩壊した橋の袂に複数の人影が見える。僕はそこを目指して再度、走った。そこにいるのは親友のセリヌンティウスか、それとも暴君ディオニス王か…

いや、そこにいるのは親友ではないだろうがニコナ。そう、ニコナの後ろ姿が見える。

そして暴君ならぬ鬼。ちょうどをニコナが半鬼化した者を数体、倒し切ったところだった。


 ニコナは山吹色のオーラのようなものを纏っている。そのオーラは薄っすらと姿かたちを作り、まるで大きな狼、魔獣と呼ぶには相応しい出で立ちだ。

鬼の瘴気とは種類は違うが、身の毛がよだつようなオーラ。「狂気」あるいは「狂喜」といった言葉がふさわしいようなオーラだった。これが正しい魔獣モードなのだろうか。



「ニコナ?」


「にぃちゃん、遅いよ。」


 その言葉にどこか楽し気な、心底楽しんでいるような雰囲気があった。ニコナの視線の先には半鬼化した者、完全に鬼化した者が複数体、新たにこちらへと向かってくるのが見える。

僕は反射的に木の棒を構えた。


クシャッ


 生卵を割るときのような、そう、ちょうど「目玉焼きを作るぞー!」といった、朝食の準備に取り掛かる平和的な食卓に響く最初の音のような、何かに亀裂が入る音が耳に届く。

僕はチラッと手元を見た。木の棒に白い亀裂が入っている。

亀裂? いやいやいや、まだ戦う前なんですけども? もう破損してるとか、これからどうしろと!

イチモンジさん、これ、不良品、粗悪品、紛い物なんじゃないでしょうかねー?



「どーん!」


 ニコナが明るい掛け声とともに、構えるとともに震脚する。大地の震えとともにオーラの波紋が円心状に広がり、半鬼化したものの歩みが止まる。

直後、ニコナはまるで大地を滑るように水平に跳躍すると、一気に間合いを詰め、その勢いのまま正面にいた鬼の鬼門に肘を打ち込む。さらに間髪入れずに左手にいた鬼へと裏拳を叩き込み、同時に右手の鬼へと足刀をきめた。

三方に鬼が吹き飛ぶ。


 「窮鼠猫を噛む」とはこういうことなのだろうか。もちろん追い詰めているのは化け猫ではなく魔獣、犬のニコナなわけだが、追い詰められた感のある半鬼化した者どもが、それをきっかけに形振(なりふ)り構わず一斉にニコナへと飛びかかった。

ニコナは八極拳のようにコンパクトに腕を縮め、相手の連続してくる攻撃を受け、いなしながらカウンターを打ち込み、あるいは相手の腕や首を絡めとりながら追撃し、引き倒し、また同士打ちに誘い込みながら捌き続ける。


 ニコナは一見すると腕、肘、拳、指先と、上腕を主軸にしつつ、肩や背などで相手を吹き飛ばし、上半身を巧みに操っているかのようだったが、その足先は相手の足の甲を踏んで制止する、引っ掛けて体軸を逸らす、蹴り入れて体制を崩すなど、四肢の全てが攻撃と防御を同時に行っていた。



 やがて手前に密集していた鬼を蹴散らすと、徐々に攻撃モーションが超接近型から中距離型へと移行し、蹴り技が増え、まるで木枯らしのように回転しながら鬼たちを迎撃していく。

本領発揮といったところだろうか。ニコナの表情は狂気に満ち、嬉々として鬼を駆逐していた。


 ニコナという木枯らしは、旋回しながら鬼たちの中核へと切り込んでいった。

回転を切らさない連続的な蹴り技の数々。地を這うような足払いかと思えば、ソバット、カポエイラのような縦回転蹴りを放っていく。その上劈掛掌のような打撃技や、直線的に跳躍し飛び横蹴り(ティミョヨプチャギ)などを織り交ぜ、鬼たちを翻弄していった。


 一際、密度の濃い中心部に自ら飛び込むと、ニコナは笑いながら全方位に打撃技を連続で放ち続ける。



 そこへ異常なほどに身体を肥大化させた鬼が、トラックほどの大きさのコンクリートの塊を持ち上げ、叩き込むように投げ下ろす。


「ニコニコーッ!」


 ニコナはそう吠えると、衝撃波のようなオーラとともに上下二段の旋風脚で、付近にいた半鬼を円心状に吹き飛ばす。


「アッパーカットーッ!」


 低く着地した姿勢から伸び上がるように、天に向かって拳を突き上げ、投げ下ろされたコンクリートの塊を木っ端微塵にする。

まるで巨大な豆腐のように砕けたコンクリートが四方へと散り、周囲へバラバラと落下する。土煙りが収まり辺りが静寂した。


 天高く突き上げられた拳、仁王立ちのような立ち姿。あぁ、まるで世紀末覇者拳王、最強の漢、某ラオウ様のようだ。「わが生涯に一片の悔いなし!」というセリフが聞こえてきそうじゃないか、ニコナ!

だがしかし、ほぼ半鬼は壊滅させたとはいえ、まだ数体ほど鬼がおりますが?

闘いはまだ終わってはおりませんが?



 ニコナの咆哮? に呼応するように、負けじと怒りを滾らせるように、鬼どもが低い唸り声を上げる。ビリビリと空気が振動する。

ニコナの威圧(バインド)は逆効果ではなかろうか…

ニコナは大きく高く跳躍し、後方宙返りで距離を取ると、再度、闘気を昂らせて独特の構えを取る。まるで功夫映画のように手招きして相手を誘う。


 その誘いを理解したのかしないのか、鬼の数体は近場の鉄骨やらを引っさげてニコナにゆっくりと近寄っていった。

だが一体の鬼が、ちょっと離れた位置に不動で身構える僕を見つけ、焦点を合わせてくる。


 僕は木の棒を握り直し、後ろ足を踏み直して正対し、その鬼を睨みつけた。


ピシリッ


 またもや木の棒に亀裂が走る。

いったい何だってんだよ、もう! 僕の握力が魔獣モードになったってか? んなわけない! せっかくのやる気という名の開き直りが挫かれそうだよ!



 鬼が、完全に鬼化した毛むくじゃらの大男が、まるでボックスからティッシュペーパーでも取るように傍らの潰れた乗用車を掴み、僕の方へと放り投げてくる。僕は思わずその亀裂の入った木の棒を前面へと掲げた。


 「斬る気持ちがあれば成り立つ」イチモンジさんの言葉が頭の中に響く。


ピシッ パキッ パキパキパキッ


 亀裂が木の棒を越え、その先の空間へと広がってゆく。そしてまるで玉子の殻が剥がれ落ちるかのように、ひび割れた「空間」がポロポロと落ち、木っ端微塵となって散っていく。


「岩にぶつかる川の流れのように、水の流れのように力に逆らわず滑らせる。」


 どこからか声が聞こえてくる。いや、その声は手の平から伝わり、脳内に直接響く。



キーーーーーンッ!


 高い金属音と共に両断された乗用車が二手に分かれて、僕の後方へとすっ飛んでゆく。

僕は全くわけもわからずに両手に握ったの先を見つめた。

そこには黒々と光った大ぶりの日本刀「柴刈乃大鉈」、別名「宝刀鬼殺し」が姿を現していた。

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