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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のニ幕 生けるもの皆氷門に閉ざされ
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犬歯に魅せられて崩落

 諸兄諸姉はケモノ化と聞いてどんなキャラを想像するだろうか。

犬化や、猫化はその代表格だろう。もちろん犬化の中には狼や狐などのイヌ科、猫化の中には虎やライオンなどのネコ科を含むとしても、ウサギや鹿などの草食系、鳥類、爬虫類(蛇を含む)、はたまたケモノではないが魚類など、多種多様に、それこそ実在する動物の数だけあるに違いない。

だが、ここで僕が言いたいのは「ケモノ化と聞いてどんなキャラを想像する」=「どんなケモノ化が好きか」というところに焦点がある。つまり「どんなケモノ化に萌えるか」ということだ。

もちろん百戦錬磨の、経験豊かな諸兄諸姉に至っては、「象の良さに勝てるわけがない!」だとか「おいおい、昆虫類を含んで頂かないことには議論は成立しないぞ!」だとか、はたまた「動物の種類にこだわっているようでは、まだまだ若いな(笑)」等、僕の拙い想いに辛辣なご意見もあることだろう。

しかしながら、そういった日々新たに生まれ来るケモノ達に感動しつつも、僕は断然に猫化が最強だと思っている。


 さて、「なぜならば…」という講釈は一先ず置いておいたとして、それを述べるためにもあえて後回しにさせて頂くとして、諸兄諸姉はケモノ化のどの段階を想像するだろうか。いや、ストレートに言ってどのレベルが萌えるだろうか。


①耳と尻尾があるだけで基本は人間。

(容易にコスプレ出来るレベル)

②明らかに顔立ちや毛深さにその特徴が見られる。

(だがしかし服を着ているレベル)

③骨格に著しい変化があり半人半獣。

(言うまでもなく全裸〜半裸なレベル)

④もはや四足歩行等になり、ほぼケモノ。(むしろ擬人化というレベル)

⑤いや、これはケモノでは?

(人である定義が難儀するレベル)


 僕は断然、③半人半獣派だ。

つまるところ僕は、半人半猫な身体の柔軟さや毛並みの柔らかさを持った、ゴロニャーンでツンデレチックな性格の、甘ったるい猫娘が最強だと思うのだ!

いやいや、わかるよ? 諸兄諸姉! 安易すぎるのは重々承知している! だがあの猫撫で声に抗うことなどできようか。いや出来まい!

一応、注釈的に言っておくが、猫と鼠の壮絶な死闘を描いた名作アニメの悲運の主人公、某トムよりも人間寄り(な身体つき)であることは付け加えておく!



ガコンッ


 マンション入口の前に設置された自販機で、スポーツドリンクにしようか迷ったものの、僕はコーラを二本買った。

さて、「魔獣モード」のニコナをどうしたものか。


 そんな僕の心配をよそに、ニコナは胴回し蹴りで大岩の側面を削り取り、仮想相手への攻撃を終えて闘気を収める。

ふと、ニコナのスニーカーの耐久度の高さに疑問を持ったが、闘気を纏っているからとか、そういうことなのだろうか。



「やっぱ、動かない相手にはいまいちだなぁ。」


「いやいや、これだけの砂を作ったのだから、十分だと思うぞ。」


 僕はコーラを掲げながらニコナに応える。

ニコナが嬉しそうに土手の上まで上がってきて、コーラを受け取る。


「ありがと、にぃちゃん!」


「あー、まぁあれだ。

 僕もちょうど飲みたかったからな。」


 ニコナが土手に腰を下ろし、美味しそうにコーラを飲む。コーラに限ったことではないが、ニコナは本当に美味しそうに飲み物を飲む。

僕も腰を下ろし、コーラを喉に流し込んだ。炭酸の刺激が妙に心地よかった。



「思ってたより、見た目に変化はないんだな。その、魔獣モードとかいうやつは。」


「?」


「いや、例えば犬耳が生えたりだとか、尻尾が生えたりだとかさ。」


「えー、なんかそれ、邪魔そう。」


「そうか? 尻尾が生えたらバランス取れそうだけどな。」


「だってさ、尻尾なんて生えたら出すところ無いじゃん。」


「いやま、確かにそうかもしれないけどな。」


 確かにパンツに穴を開けるのもあれだし、尻尾が引っ込んだ時には、ただの恥ずかしい人ではあるのだが。とはいえ、耳同様に尻尾は重要なポイントではないか。

ちなみに「ケモノ耳」は、①にあっては「髪の毛で本来の耳が隠れている」というのはお約束だ。そういう意味では、ニコナはショートボブなのでギリギリラインなのかもしれない。



「あ、でもなんか犬歯? は伸びるよ。」


 そういうと、ニコナは口を開けて、指先で今は普通となった犬歯をツンツンする。

その仕草があまりにも無邪気で可愛らしく、僕は思わず視線を逸らし、コーラを飲んだ。

そして盛大にむせた。


「ゲホッ、ゲフッ…。

 気管がっ! 気管が死ぬっ!」


「にぃちゃんってさぁ、挙動不審だよね。」


「…いや、世の中が不審なんだよ。

 僕は至って普通だ。」


 そうだ。いつだって世の中の方が不審じゃないか。特にここ最近は不審どころか不穏な毎日だ。


「ニコナはその、なんというか犬になって不満はないのか。」


「? なんで?」


「いや、その、否応なしに鬼退治というか。」


「んー、あたしは強くなれるならそれでいい。」


「ニコナは…、強くなりたいのか。」


「うん。強くなりたい。」


 そう言いながらニコナは遠くの、川向うの景色を眺めていた。

十分、強いとは思うのだが、ニコナはどこを目指しているのだろうか。僕は「なんで強くなりたいんだ?」と聞こうかと思ったが、それを聞いたとて僕が叶えられるものではないような気がして、言葉にはしなかった。

お互い何かしらの思案に耽り、少しの間、川向うの風景を眺めていた。



ドズンッ


 一時の静寂を破り突如、川の上流側から低く鈍い音が響いてくる。さらにドンッ、ズズンッと立て続けに地響きのようなものが聞こえてきた。


「なんだ?」


 僕はそう言って立ち上がった。川の上流を見たものの、何かが起こったことは確かだろうが、この距離からは何が起こったのかがわからない。ニコナが僕の傍に立ち、同じように上流を見る。

やがて川に濁流が数度にわたり訪れたが、その後は濁った水が静かに流れた。

その流れにのって、上流から次から次へと大小さまざまな木々がごみに交じり流れてくる。おそらく川沿いに立っていた木だろう。

その流れてくる大木の一つに男が立っていた。



「おやおや、幌谷さーん。こんなところで奇遇ですねー。

 どーも、蛙水でございますー。」


「蛙水ッ!」


 僕は蛙水が一体何を仕掛けてきたのかという不安と、それでいてその気の抜けた声に苛立ちを覚えた。

ニコナが臨戦態勢となり身構える。


「奇遇とは言いましたものの、なんですか? こんなところにいるのは勘というやつですか?

 でも勘だとしたら、ちょっと場所が違いましたねー。ああ、これはもう勘違い。

 行くべきだったのはもう一つ先の橋ですよー。」


 川の流れに身を任せたままの蛙水を乗せた大木は、やがて僕らの前を通り過ぎ離れていく。


「いったい何をしやがった!」


「いやいや、今回の私は傍観者、しいて言えば立会人。私の仕事ではありません。

 私は売るのが仕事であって、壊すのは仕事ではありませんのでねー。

 ではまた今度、近いうちに。失礼いたしますー。」


 壊す? 橋を壊したというのか?

蛙水はそう言い残すと、「それを言うために大木に乗ってきた」とでもいうように、流れる木々を足場にして次々に飛び移り、向こう岸へと消えていく。ニコナが追いかけそうになるのを僕は制止した。



「だめだニコナ。それよりも…」


「だって、にぃちゃん!」


 ニコナの犬歯が伸び、わずかに闘気が増しているのがわかる。だが蛙水が手を下していないと言っていたということは、向こうの橋に別の鬼がいるはずだ。そして間髪入れず僕のスマホが鳴る。


「ミスミちゃんか?」


「状況は薄々承知しているかもしれませんが、橋が崩落しました。おそらく意図的にです。

 そして鬼の存在も確認されました。

 ボクは先に向かいます。助力願えますか?」


「わかった。急いで向かうよ。」


「まだ確かなことは言えませんが…、中鬼がいます。85%ぐらいの確率で。」


「中鬼?」


「蛙水と同等クラスの鬼ということです。」


「…。わかった。」


 僕は通話の切れたスマホをポケットにねじ込み、もう片方の手に持っていた木の棒を見つめる。仮に向こうへ行ったとして僕に何ができるのだろうか。いや違う。いや違わないかもしれない。わからないが行かないことには始まらない気がした。



「にぃちゃん、ミスミちゃんから?」


「あぁ、やっぱりあっちに鬼がいるのは確かだ。」


 蛙水を追いかけたい気持ちもあったようだが、事態の深刻さを感じ取ったのだろうか。ニコナは一瞬悩んだ様子だったが、上流側へと駆け出した。


「じゃあ、先に行くね! にぃちゃん!」


 と、いうセリフと同時に走り出すとは、ほぼセリフがフェイドアウトしてるぞニコナ!

僕も全力で向かうけれどもさ! 何というかニコナもミスミちゃんも機動力高いな! 



 基礎体力がギリギリ普通の人並の僕が、やっとの思いでたどり着いた先にあったのは、まるで映画のワンシーンのような、非日常的な「瓦礫の山」といった、目を疑うような悲しい情景だった。

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