コンビニの双竜
午後11時42分。僕は自宅からちょうど850m、歩くにはやや遠い某コンビニへと向かっていた。そう、まもなく訪れる明日という日は、延期に次ぐ延期で約4か月遅れとなった待望の「がんばれ!ミシュール先生!!」DVDの発売日なのだ。初回限定版として「特典映像集3枚パック」はもちろんのこと、DVDにはミシュール先生役他、主要メンバーの声優サイン。そして何よりミシュール先生の等身大シール付きという、予約段階から瞬殺で完売となった神DVDの発売日なのだ。
本音で言えば、僕はミシュール先生よりも、第3.5話に出てきたトンカツ屋の幸子さんの方がすこぶる好みなので、「ミシュール先生のシールよりも幸子をシールにしろよ!」と我儘を言いたいところではあるのだが、ミシュール先生の豊満なボディに僕は抗えず、「そのポージングは悩殺上等だろう!」と独り言をつぶやきながら歩を速めてしまうのだった。
ちなみにその回で、ミシュール先生が「とんかつを食べながら、私のことホルスタイン!って妄想したでしょ!」とのセリフは、名言であること認めざるを得ない。
なお、それからの昼食をトンカツ定食2週間続けたことは、僕の本気度の現れと言えよう。
そんな初回限定版DVDをまさかコンビニで買えるとは! しかも日付が変わった瞬間だと? と諸兄は疑うかもしれないが、そこの某コンビニ系列がタイアップを野球やらサッカーやらスポーツ路線でいるのにもかかわらず、そこの店長は我々との精神的同志であるため、こっそりと神アニメの流通ラインを確保しているのだ。神店長good job !
ははは。これでは早々にコンビニに到着し、読む気のない雑誌を見るふりして0時まで時間調整をしてしまうではないか。
そう思いながらも僕の足はさらに加速してしまうのだった。
タリラリラーン
某コンビニたるところの「天界の扉」が僕を感知し自動で開かれる。
「…………。」
はやる気持ちを押し殺すためフードを眼深くかぶった僕の耳に、いつものネパール人店員の声が聞こえない。何気なく僕はレジカウンターに目を向ける。
て、おーい。なんで佐藤ウズシオが店員としているんだよ!
陽気なネパール人店員はどこへ行った、我が同志の神店長はどこへ行った?
一人先に天界入りか?
いや待て。ここは動揺することはない。今までの人生だってこれぐらいの不安材料は見て見ぬふりしてきたはずだ。そうだ見間違いかもしれないじゃないか。そうだ、まだ0時まで4分あるじゃないか。
僕は精神統一を図るべく、雑誌コーナーへと足を向けた。
なぜだ、なぜなんだ。なぜコンビニの雑誌コーナーは外の窓に隣接して造るのだ?
あぁ、あれか。待ち合わせの時間つぶしに雑誌を立ち読みする客が「おう、お疲れ。ん? 俺? 今来たところだよハニー!」と大人の楽園コーナーから何の気なしに走りださせるために、計算に次ぐ計算のうえ作られているということか。それに関しては僕も理解しようじゃないか。しかしそれは日中の話であって、夜中においてはレジカウンターの奥までマジックミラーよろしく鮮明に映し出してしまうではないか!
僕は不安材料を正視するがごとく、マジックミラー化した窓に映る店員を観察した。間違いない、あの猫背、あの眼鏡。髪は二つしばりで服装こそアロハシャツではなく見慣れた店の制服ではあったが、間違いなく佐藤ウズシオだ。なにより決定的なのは、彼女が声を発しないことではないか。
もう運命の時間は1分を超過した。僕は決死の覚悟をきめ、雑誌コーナーからレジへの最短距離上にある買う必要のない、そう「今夜も張り切って行っちゃうぞー!」な精力ドリンクを2本握りしめ、佐藤ウズシオの住まう牙城、レジカウンターへと悠然と進んだ。
強気な男の精力ドリンクをレジカウンターに置く。あぁ、まるでドリンクのビンが双竜の頭のようではないか。その牙は僕に向かうのか、それとも佐藤ウズシオに向かっているのか。
佐藤ウズシオの操作するバーコードリーダーを経由して、この場の空気にそぐわない軽快な機械音が2回鳴った。
「……。870円?」
意外だ。佐藤ウズシオは喋ることができたのか。そして思いのほかチャーミングな声なのか。
いや待て、惑わされてはいけない。僕はなぜここに立っている?
そう、強気な男の精力ドリンクを2本買うためではない。僕は「がんばれ!ミシュール先生!!」DVDを買うために来たのではないか。がんばれミシュール先生! 自身を奮い立たせろ!
そして僕は意を決して顔を上げた。
しかし双竜の牙は佐藤ウズシオなどには向いていなかった。僕に向いていたのだ。目の前にある制服のロゴをゆがませるほどの双竜ヘッド。佐藤ウズシオはこれほどまでに巨大な力を二つも備えていたのか!
佐藤ウズシオは猫背になることによって、その巨大な双竜を隠していたというのか!
乳暖簾がかすかに揺れている。そう、本来は猫背などではなく背筋をぴんと張ることによって完成するであろう、肩からバストのトップを経由し、垂直に垂れさがる衣服による乳暖簾。
ちなみに暖簾の竿を通す部分を「ちち」というそうだ。ここで「竿をちちに通したい!」とかいう話を諸兄は期待するかもしれないが、話が広大になりすぎるのでやむを得ず割愛させてもらおう。
そうだ、ミシュール先生が第8話で丈の短いブラウスを着用し、そこに出来た乳暖簾を春風にそよがしていたあの回。「メロンパン食べたいの?」と、口元にメロンパンのかけらをつけ、首をかしげながら問い尋ねるミシュール先生のあのセリフは名言だった。
あの名言は爽やかに揺れる乳暖簾と、メロンパンよりも巨大なメロンパン二つも持ち合わせていたミシュール先生だからこそ出来た名言ではなかったか。
僕はそのおかげで3時のおやつにメロンパンを25日間食べ続けたことを、今ここに正直に話そう。
接客能力が無い佐藤ウズシオを採用するとは、さてはあのゲス店長、ミシュール先生を再現する気か! 店内のメロンパンをすべて排除するぞ!
「……。息子。」
なに? 僕の心は奮い立っているが、僕の息子は奮い立ってなどいない! 断じて!
「よう、息子。」
あ、あぁ。壇之浦の息子だと言いたいわけか佐藤ウズシオ。僕と壇之浦との会話を再現しているのか佐藤ウズシオ。チャーミングか!
危うく「僕の息子と双竜ドリンクは関係がありません!」と、いらない言い訳をしてしまうところだったじゃないか。
佐藤ウズシオはカウンターの下にしゃがみ込み、僕の目的の品をカウンターに置く。しかし佐藤ウズシオはその「がんばれ!ミシュール先生!!」DVD初回限定版セットの紙袋からバーコードを見つけられず途方に暮れていた。
「あー、先払いしているから大丈夫。これ引換券だから。」
僕は引換券と870円をトレーに置いた。よもやこんなに長い戦いが繰り広げられるとは思ってもいなかった。
達成感よりも、何かしらの消耗感を感じながら僕はコンビニを後にする。
「アーリャシマシッター。」
佐藤ウズシオの声が背中を追いかける。そこだけは陽気なネパール人店員から学んだのか。