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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のニ幕 生けるもの皆氷門に閉ざされ
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いけすかない河川敷

「おい、兄ちゃん。あんた桃太郎だろう。」



 どこかで聞いたようなセリフじゃないか。僕はそう声をかけてきた中学生らしき少年を訝しげに見る。

この辺りに、その少年の着ているような制服が仮にあったとしても、記憶には全く無い。言うまでも無いことだが、僕は全くもって中学生男子、そしてその制服には一切、興味は無い。

ついでに、一応は誤解の無いように言い訳をしておくが、僕が中学生女子の制服ならここら一帯は全てチェック済みだ! というわけでは無いことを、仮にそうだとしても、あえて明記しておこう。繰り返すが僕は中学生女子、あるいは中学生女子の制服に発情しているわけでは、無い!



「全然、これっぽっちも、全く違うけれど。

 これは何か新手の勧誘作業だろうか。」


 僕はこういう輩は無視してもいいかな? とは思ったが、男女だとかその他あらゆる枠組みの公平さを期すために、一応、テンプレート的に答えた。


「チッ、いけすかねぇ野郎だ。」


 そう言うや、少年はそのしゃがみこんでいた郵便ポストの上から空中へとジャンプし、前転宙返りで着地する。着地した際、身を前傾にしながら低い体勢を保ち、いかにも「直ぐにでも突撃するぜ!」といったスタンバイな感じを表し、あまつさえ背中から抜き出した木刀を右後方に構えるなどという、完璧な攻撃体勢を取っていた。


 中二病的な体勢に、見ている僕の方が恥ずかしくなった。


「すまないが、人違いではない…のかな?」


 喋っている最中に笑ってはいけない。多感な年頃の少年を傷つけてしまっては、過去の自分に対しても失礼ではないか。

僕も通ってきた…、かもしれない、ような気がする道ではないか。



「これでも、そんな軽口が叩けるかよ!」


 そう言うや、少年は一直線に間合いをつめ、木刀を僕へと振り下ろす。

僕は咄嗟に後ろポケットに入れていた「柴刈りの何某」を取り出し、その一閃を受ける。


 つもりだったが、誤算だった。

「柴刈りの何某」を入れたのは左後ろポケットであり、右手で取り出すにはわずかに遠かった。まして隠すために着ていたシャツが、これまた邪魔くさく、右手に絡んだ。


パシッ!


 乾いた音が僕の顔面で鳴り響く。

少年の一閃を、離れていたはずのニコナが僕の前面に立ち、ハイキック、スニーカーの靴底で受ける。

ニコナはいたって涼しい顔で、少年の次の動向を待つ。



「お、女に受けさせるとはなッ。

 いけすかねぇ!

 寸止めだってーの!」


 赤面した少年が木刀を下ろし、視線をずらしながら背を向けて数歩距離を置く。


 くくっ、くっくっくっ!

ふっふっふ、ふわっはっはっは!!

僕の勝ちのようだな!

ニコナのスパッツ越しのスカート下を見て戦意喪失とは若い! そこで赤面して攻めきれぬようではまだまだ青い! 赤くて青い!!


「こ、今回は挨拶までだ!

 この次はそうはいかねぇからな!」


 そう捨てゼリフをはいて、少年は立ち去っていく。いったいなんなのだろうか。

それこそテンプレート的なセリフではないか。



「なぁニコナ。彼は君の兄弟かなにかか?」


 僕は歩き出しながらたずねる。


「んなわけないじゃん。あたしは一人っ子だし。にぃちゃんの弟かと思った。」


 ニコナは涼しげな表情のまま、僕の傍らを歩く。


「それこそ冗談を。面倒を見るのは姉ちゃんだけで十分すぎる。

 第一、似ても似つかないだろ、僕とは。」


「そぉ?」


 確かに戸籍的背景から考えれば、僕のあずかり知らぬところで弟の一人や二人いても、おかしくはないかもしれない。だが、壇之浦はそういう男ではない。もし仮にいたとしたならば、壇之浦のことだ、「こいつはお前の弟だ、うまいことやれ」とでも言って、すでに紹介していることだろう。つまり壇之浦とはそういう男だというこであり、僕の弟だとかいう設定はありえない。

だいたいにしてあんな中二病だった時期は…ない! 似てなどいない!



「それでニコナ、どこに向かってるんだ?」


「にぃちゃんが決めるのかと思ってた。」


「鍛錬する場所に心当たりはないな。」


 日頃、格闘技はおろか体力づくりなんかしていない僕に、鍛錬などをする行きつけの場所などはない。


「んー、河川敷でいいんじゃないかなぁ。」


「河川敷ねぇ。」


 河川敷の道をランニングしたり、素振りしたり、太極拳したりするのだろうか。

確かに河川敷の土手を部活生女子達がキラキラと汗を輝かせながら、青春の1ページを彩っているのを想像すると、悪くはない気がする。

あるいは、マネージャー女子がストップウォッチを片手に可愛らしい声援を送り、走り抜けた際には、ちょっとはにかみながらタオルとスポーツドリンクを手渡してくれるというのも、悪くはないかもしれない。

ふむ。諸兄ならばこの想い、わかってくれるのではなかろうか。



 だが僕の期待に反し、たどり着いた河川敷は寂しい場所だった。部活生はおろか、犬の散歩をするおっちゃんすら見当たらない。しいていうならば、番長同士の決闘向けな感じだ。

僕のテンションはガタ落ちだ。


「随分と寂しい場所だな。」


「人がいなくて丁度いいんじゃん。」


 ニコナは躊躇することなく、河原へと降りていく。動き回るには丁度いい広さなのかもしれないが、僕のやる気には微塵もリンクしないのだが。

僕は渋々ニコナに続いて河原へと降りる。


 ニコナは手頃な石、ゴルフボールぐらいの小石を拾うと、リフティングのようなことを始めた。


シュッ、パシッ 

シュッ、パシッ

シュッ、パシッ


 リズミカルに軽快な空を切る音と、石を弾く音が響く。


 僕も試しにやってみたが、一回しか続かない。試しに大きめの石に変えてみたが、痛くてやはり一回が限界だ。

ニコナを見ると、そのリフティングらしきものの速度、勢いが徐々に増していく。


シパパパパパパパパパパッ


 もはや音は連続音となりはじめている。

なんだろうか。架空の相手に攻撃を全力でやりつつ、当たる直前には小石を空中に浮かすだけの力に留めているということなのだろうか。


 僕は石リフティングを諦め、「柴刈りの何某」なる木の棒を手に取る。

うーむ、しっくりくるこの感触は太鼓のバチだからだろうか。太さや重さは適度だ。

僕は木の棒を、今度は両手で握りしめてみる。

そういえば、あの少年はこんな感じの歩法で、打ち込む際の踏み込み方はこんな感じだっただろうか。

そして握り方は、左手で振り下ろし、右手で軌道をコントロールする感じだったか?

僕は少年の打ち込み方をトレースしてみる。どこかその動きに懐かしいような、不思議な感覚に陥った。

とはいえ、こんな短い木の棒を両手に構えては、残った打点がわずか過ぎる。これは両手で構えるには不向きだ。

むしろこんな木の棒でどう戦えばいいのだろうか…。



パシュッ!


 何かが弾ける、乾いた音が響く。

ニコナが小石を空中で砕き、粉々にしていた。どういう行為をすれば空中で小石が砕け散るのか。


「さて、そろそろ始めるかな。」


 って、今までのはウォームアップかよ! そんなニコナに、お兄ちゃんは自信喪失だよ!


 ニコナは重心を低くしやや後傾に保ち、両拳をコンパクトに前へ添えるような、独特な構えを取った。

ゆっくりと息を吸い込んだ後、腹の底へと吐き出すように息を吐く。

深呼吸のたびに闘気が上がっていくのがわかる。



「ワァッ!」



 それはまるで背後から友達を驚かすような掛け声だったが、ニコナのその声とともに衝撃波のようなものが地を疾る。

僕はその衝撃波に、恐怖、驚愕、その他形容しがたい圧力を受ける。

簡単に言うと「ビックリしてビクッとする」ということなのだが、ビクッとするの次元が違う。


 ニコナが地面を蹴り上げ、盛大に飛び散った石飛礫(いしつぶて)に対し、次々に空中で粉砕していく。

あぁ、そしてニコナ。なんて楽しそうに笑っているんだ。

その笑顔が懐かしい…。



 僕はニコナの楽しそうな鍛錬を眺めながら、おもむろにスマホを取り出し、コールする。


「ミスミちゃん。

 あれはなんなんだろうか。」


 僕の唐突な電話も、唐突な質問も気兼ねすることなく、返答が返ってくる。


「あれは「魔獣モード」です。便宜上、ボクがそう呼んでいるだけですが。」


「犬、猿、雉って魔獣だっけ?」


「知りませんでしたか?」


「全然。」



 そんなことは昔話にも載ってはいない。

僕が質問しなくても、ミスミは通話の間を埋めるように、的確な回答を返してくる。


「身体能力が大幅に上昇します。

 セーブするのが困難なので、長時間の多用はしない方がいいと思いますが。

 端的に言うと「感情的」になっていつも以上の力が出る、といったところでしょうか。」


「これはミスミちゃんもウズウズも使えるということか。」


「ウズシオさんは、先日のニコナを見て「…思い出した」と仰っていましたから、今頃は使えるようになっているのではないかと。」


「ちなみに、僕にはこういう特典はないのだろ…」


「98%あり得ませんね。

 桃太郎は魔獣ではありませんので。」


 そんなことは! 98%ぐらい知ってたけどさ!

食い気味で言われなくてもわかっていたけどもさ!



「使い過ぎると、多用するとどうなるんだ?」


「暴走します。」


 いや、すでに暴走しているような気がするが、これ以上どうなるというのだ。


「そういえば、最初に衝撃波みたいなものがあったけど。」


「ニコナ独特の付加能力だと思います。

 威圧(バインドボイス)といったところではないでしょうか。

力不足な相手では意識を失うか、戦意喪失となるかと思います。

同等程度でも一瞬はバインドするかもしれません。戦場では一瞬が明暗を分けますが。」


「とても参考になったよ。」


 僕はニコナのその「魔獣モード」とやらに視線を釘付けにされながら、通話を終了した。



 あぁ、大事なことを聞きそびれた。

使い過ぎないようにニコナを止めなくては、と思ったのだが、いったいどうやって止めればいいのだろうか?

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