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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のニ幕 生けるもの皆氷門に閉ざされ
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波打ち際の郵便ポスト

ズゥゥゥッ

ザザアァァン

シャラシャラシャラァ


 僕は海辺のコンクリートブロックの上で、体育座りして波打ち際を見ていた。ここは…、小さな漁港横の砂浜だ。海水浴場のようなそれではなかったので、人気(ひとけ)はない。僕は一人だ。


ズゥゥゥッ

ザザアァァン

シャラシャラシャラァ


ズゥゥゥッ

ザザアァァン

シャラシャラシャラァ


 波は一定のリズムで繰り返し、繰り返し、寄せては返す。そんな波を見ているうちに、人生の名言でも例えられそうな気分になってくる。



「おーい、そんなところにいたら、風邪ひいちゃうぞっ!」


 僕は座ったまま振り返る。


「あっ、ミシュール先生!」


 ミシュール先生が子供のようにあどけない笑顔で手を振っている。手の振りに合わせて「ミシュール先生=胸」という代名詞のような、その豊満な二つの「たわわ」が揺れている。そして僕は自分の服を見る。そうか、そうだった。僕は高校生だった。

僕は立ち上がり、お尻の砂を払って向きを変える。ミシュール先生の他、見慣れたクラスメートが僕を待っていた。



「今行きまーす!」


 僕は明るく返事を返し、小走りで皆の方へと向かう。

だが、おかしなことに僕の足は徐々に速度が遅くなっていく。振り上げている手までもが速度を落とす。


「あれ?」


 そして僕の体の異変から視線を上げると、皆の様子がおかしなことに気が付く。

誰もがうつろな目となって、生気が失われていくのがわかる。


「えっ?」


 歩みが遅くなっていたはずの僕は、いつのまにか皆の前にたどり着く。体の異変、低速だった動きが取り戻される。いや、鼓動が徐々に早くなり、今度は時間の速度が速くなっていく。

生気を失っていた皆が元気を取り戻していく。


 あぁ、これも誤解だ。元気を取り戻しているのではない。その目は赤々と燃え上がるように光り、瘴気が溢れ出している。

皆が鬼と化していく。

ミシュール先生にいたっては、角まで生えてきている。そいつは…、牛の角か?


 僕は慌てて逃げだす。



「あ! 幌谷くぅーん!」


「そんなあなたは、とんかつ屋の幸子さん!」


「うちはとんかつだけじゃなく、コロッケもおいしいんだ、ぞっ!」


 そいつは知ってます! 何度も繰り返し見ました、聞きました! そのセリフ!

そしてその笑顔が大好きです!!



「そんなことよりもっ!」


 僕はとんかつ屋の幸子の手を取る。


「逃げねばなりませぬ!」


「きゃっ!」


 彼女の手は思っていたよりも小さく、そしてか弱かった。

僕は彼女の手を引き、全力で走る。



「ゴフッ…」


 突如、背後から水に溺れたような声が聞こえ、幸子の手が重くなる。僕は嫌な予感を無視しようと努めながら、走る速度を落とさずゆっくりと振り返る。僕は泣きそうなうになるのを我慢するあまり、顔がゆがむ。


 幸子は口から血を吐き、僕に引きずられていた。

鬼が、元クラスメート達の鬼が、僕らの周囲を取り囲み始める。


「幸子?」


 抱き寄せた幸子の背中がべっとりと濡れている。僕はその濡れた手を見る。




「さちこぉぉぉぉぉおおおおおおっっ!!」




 僕は自分の叫び声で跳ね起きた。

全身が汗をかいている。辺りを見回す。あぁ、ここは僕の部屋だ。


 夢…、か……。


 合宿から帰ってきてここ数日、嫌な夢ばかり見る。

鬼だとか桃太郎だとか、全部一切合切、実は夢オチなんじゃないかな?

僕の妄想が暴走しただけで、本当は何も起こってなどいないのでは?


 僕の手に握られていた木の棒を見た。

あぁ、夢じゃない…。

目覚めたあとのこの世界は、いや、眠る前の全ては現実だ。



「おはよう、はーちゃん。」


 その声に、今度は僕の心臓が跳ね起きた。

僕の死角、つまり僕の背後、この上半身が起きた体勢からいえば、僕の枕元に姉が寝転んでいた…。


「ね、姉ちゃん! いつからそこに!

 いやいや、今日は? 仕事は?」


「だってはーちゃん、合宿だって言ってずっと居なかったし、帰ってきたと思ったら、バイト行ったり寝てばかりじゃない。」


「えーと、つまりそれで仕事を休んだの?

 姉ちゃんは?」


「これから行くけどね。

 だから寝顔を見てたの。」


 「だから寝顔を見てた」、の意味がわかりませんが?

しかも枕元に横たわる必要性がわかりかねますが?



「それよりもはーちゃん、その棒は何?」


 この棒よりも、むしろ寝起きに発した叫び声について言及されなかった方が気になったが、姉には「薩長ーっ(同盟)」とでも聞こえたのだろうか…。


「これはー、あぁ、あれだよ。マイ麺棒だよ! 最近バイトで使うんだよね! やっぱり道具は手に馴染ませないと、ね!」


「ハッ! もしかしてはーちゃん、「昼間はこの麺棒で蕎麦を延しているけど、夜は貴女を延して」って…」


「ないないないないっ!

 純粋に麺棒だからっ! 純麺棒、純マイ麺棒だよ!」


 頼むから姉ちゃん! ただでさえ「棒」とか、容易に想像できる形状なんだから!

これ以上踏み込んだら規制対象になるんだから!

僕は慌てて姉の言葉を遮った。


「それよりもさ、確かに最近、ご飯も一緒に食べてないしさ、今晩、どっかに食べに行こうよ! 蕎麦以外でさ! いやーははは、なんか今日はいつも以上に暑いなぁ!」


 僕は悪夢による寝汗の上に、さらによくわからん焦りの汗を重ね、発汗作用真っしぐらなまま、立ち上がり、ベランダで風にでもあたろうとその場を離れた。



「はーちゃん! じゃあ今日は早く帰ってくるね! なに食べに行こうか?」


 だが姉の歓喜の言葉に答える間もなく、ベランダの端からジーッと覗き込む目と視線が合った。

そこにいたのは白けた表情のニコナだった…。

僕は三度目の大量の汗を流し、いや吹き出し、それにより体内水分の喪失は限界に達した。

よもや自分の汗に水没するとはな。死因は脱水症状か、それとも溺死か…。

僕は姉から見えぬように手合図で「ちょっと待て!」とニコナに発し、ベランダのカーテンをさも「直射日光を防ごうかなー」といった具合に半分閉め、姉の視線がベランダに向かぬよう、即反転して台所へと向かう。

ついでに失われた水分を急速補給だ!


「そ、そうだなー、色々とピックアップしとくよ! だから楽しみにしてて!

 ほら姉ちゃん、遅刻しちゃうよ?」


 僕は強制的に姉を送り出す。玄関までお見送りだ!

姉はルンルン気分で出勤していった。課題は残っているものの、とりあえずは回避成功だ!



「にぃちゃんっちは朝から賑やかだねぇ。」


 ニコナがカラカラとベランダの窓を開けて入ってくる。


「ああ、あまりの賑やかさに、心中穏やかにいられないよ。」


 僕は再度、台所へと向かい、グラス一杯の水を一気に飲み干す。

ついでに二人分の麦茶を用意する。



「ニコナ…、その、あの後は大丈夫だったのか?」


 僕は後ろめたさを感じながら、それでも気になり質問した。


「うん。でもびっくりしたよ。

 にぃちゃん、「うわー!」って走っていって、崖にダイブするんだもん。」


「あ? あぁ、つい取り乱してしまってな…。」


「あたしもセーブきかなくってさぁ。

 ちょっとやりすぎちゃって、ミスミちゃんに止められたよ。」


「そっか…。まぁそれでも、無事で何よりだよ。」


 僕は心底安心し、ニコナに麦茶の入ったグラスを手渡す。この際、あの鬼達がどうなったかは聞くまい。

ニコナは「いただきます」と言って、ごくごくと麦茶を飲んだ。



「おかげで闘い方? 思い出してきたよ。」


「闘い方?」


「うん、なんていうか力の出し方?」


 そう言ってニコナは部屋をキョロキョロと見回す。


「ここだと、なんか壊しちゃいそうだしなぁ。

そうだ、にぃちゃんも少しは頑張った方がいいと思うんだよね。だから一緒に鍛錬しに行こう。」


 どんな力を出すつもりだよ! 


 僕は僕なりに、主に精神面で頑張っているつもりではあったが、この麺棒改め、太鼓のバチ改め、「宝刀鬼殺し」なる棒をどう扱えば良いのか試したくはあった。

いつまでも守られているわけには、いかない。


 僕の返答を待たずして、ニコナは「ごちそうさま」と一言残し、グラスをシンクに戻すとベランダを出ていく。ベランダから飛び降りる時点で、すでに人間離れしているとは思うのだが。

僕は動きやすそうな服装に着替え、「柴刈りの何某」をあれやこれや試した末、後ろのポケットに入れ、上から覆い隠すように半そでのシャツを纏い、慌てて階下へと向かう。

確かに日本刀なんかを持ち歩くよりは数段ましだが、この木の棒とて自然に持ち歩くのはそれなりの努力がいるような気がする。少なくとも「太鼓のバチ」を常備しているような「お祭り野郎」は、そうそういまい。



「お待たせ…。」


 待ちくたびれたニコナがすでに鍛錬しにどこかへ行ってしまうのでは? と、少々不安ではあったが、ニコナはちゃんと僕を待っていてくれた。

いや、僕を待っていたのはニコナだけではなかった。


 ニコナの視線の先には、どういう趣旨なのかはわからないが「郵便ポスト」の上に佇む少年がいた。

だが、その少年の視線はニコナの視線を通り越し、出てきたばかりの僕へと向けられていた。

その少年の視線に名前を付けるとするならば、それは「純粋なる苛立ち」だった。

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