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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第3幕 廻り流され我は我と覚えず
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勇者ポーチドの初期装備

 パチパチと生木が焼けて弾ける音が聞こえる。鼻腔に僅かながら焚き火の香りが漂う。

意識が少しずつ取り戻されていく。

目を開くと木々の間に星空が広がっているのが見える。


「ここは…。」


「目覚めたか、桃太郎。」


 「桃太郎」の言葉に、脳が急速に覚醒する。僕は跳ね上がるように上半身を起こした。


「ニコナッ、ウズウズにミスミちゃんは!」


「三人は大丈夫じゃろう。そんなヤワな子らじゃない。」



 僕は今更ながら声の主の方を見る。焚き火を挟んでそこに座っていたのは、世捨人のような、平たく言えば浮浪者のような出で立ちの、白髪と白髭が一体化したようなじいさんだった。

見た目による信頼度などはさて置き、少なくとも敵ではないことは確かだと感じさせる、柔らかい雰囲気があった。


 僕は意識を失う直前のことを思い出していく。自分の身体をあらためる。怪我はおろか、その痕跡すら無かった。


「それにしても。

 それにしても情けない状態じゃな、桃太郎。ん?」


「僕は…、僕は桃太郎じゃない。」


「気に食わんか、その呼び名は。

 キャスト名、通り名みたいなもんじゃろうが。気に入らないのであれば、そうじゃのう…。さしずめポーチド野郎といったところか。」


「ポーチド?」


「儂はな、ハードボイルドが好きじゃ。映画も小説もな。ハードボイルドとは固茹で卵のことじゃが、タフネスでクールな漢のことを指す。お主はどうじゃ? 戦いもせず、うじうじと。

 ゆるゆると半熟卵ですらないわい。

 まさにポーチドエッグ、ポーチド野郎じゃ。」


「でも僕は、戦うなんてことは…。」



 じいさんは焚き火に木を配る。炎がゆらゆらと立ち上がり、白髭を紅く染め上げた。

僕は目を合わせることが出来ず、その炎を見つめる。無力感が僕を支配する。


「食え。」


 じいさんが包みを投げてよこしてきた。包みの中身はおにぎりだった。僕は朝から、正確には昨夜からほとんど食べ物を取っていなかった。身体が素直に食べ物を欲する。


「いただき…ます。」


 僕はおにぎりにかぶりついた。がむしゃらに食べた。自然に涙が溢れでてくる。

焚き火の弾ける音。微かに聞こえる虫の音。時折、遠くで夜鳥が鳴く。

僕は静かな夜空の下で、自分の無力感を噛み締め、それでいて生にしがみついていた。



「美味いか。」


「美味い、です。」


「それはな、まだお前が「生きたい」って思っている証拠じゃ。」


 じいさんは僕が食べる姿をじっと見つめていた。僕が食べ終わる頃合いを見計らって話を続けた。



「鬼はな、その「生きたい」って思いを踏みにじる存在じゃ。

鬼を討伐するということは、生きるために戦う、生きたいって思う人々のために戦う。そしてな、人として「生きたい」って思っていた鬼を救うために戦うってことじゃ。」


「あなたは…」


「儂か。儂はキャスト名、通り名で言えば「おじいさん」じゃ。

 名はイチモンジ。イチモンジさんと呼べ、ポーチド。」


 イチモンジと名乗るじいさんは、焚き火の横に突き刺し、炙っていた肉を指差した。


「それも食え。生きるためにな。」


「…はい。」


 その肉は野趣溢れる野生の肉の味がした気がしたが、その肉の入手経緯を聞いたところで何にもならないと思った。それよりも僕は鬼のことが聞きたかった。

いや、僕はどうすべきなのか聞きたかった。



「肉を食う、米を食う、魚も野菜も。

 生きるために生きてるものを犠牲にする。

 そこに必要なものは何じゃ?

 感謝じゃ。生きる事への感謝じゃ。

 そんな当たり前のことを忘れてはならぬ。

 生きるために食う。そして生きるために戦う。」


「生きるために…ですか?」


「生きるものに感謝し、それを踏みにじる存在に抗うため。生きるものの剣となり盾となるため。それが出来る力がお前にはあると言うことじゃ。

 ま、今はポーチド野郎じゃがな。」


「僕にそんな力は…」


「内なる声に耳を傾けるんじゃ。」


「…、フォース?」


「儂はジェダイの緑色の漢じゃないわい。」


 イチモンジのじいさんは、肉を突き刺していた鉄串を弄ぶように振り、懐かしそうな表情で眺める。



「内なる声を聞き、考え、自覚すれば自ずと進む道もわかるのじゃろうがな。それまでは長く時間のかかるポーチド野郎といったところかの。

 ポーチドエッグの調理時間は短いのにな!」


 イチモンジのじいさんは僕をしっかりと見据えて言葉を続けた。


「じゃがこの儂は、お前に力を与えるためにここにおる。鬼に抗う力を与えるためにここにおる。儂の役目はお前を、鬼の討伐へと送り出すことじゃ。」


 そういうと、イチモンジのじいさんは懐から木の棒を取り出し、僕の方へ差し出した。

僕はじいさんの方へと歩み、膝をつく。


「受け取れぃ!」


 その木の棒を手にした瞬間、ピリッと静電気のような感触があった。僕はその木の棒をまじまじと眺め、手触りを確認する。

それは使い込まれ、叩き込まれた手触りがあった。見た目の割には確かな重みがあった。



「こ、これは…!

 ドラゴン某クエストで有名な初期装備、ヒノキの棒!」


「いや、ヒノキじゃなくて樫じゃないかの?

 和太鼓のバチじゃ。こないだちょうど良さそうじゃから、譲ってもらったわい。」


「これで…、どう鬼に抗えと!」


「やれやれ、腹が満たされたら元気が出てきおったか。

 なんでもいいんじゃ、この鉄串であってもな。儂からお前に「受け渡す」ということが必要なだけじゃからの。」


「でも…、これで?」


「日本刀を渡したとて、お前、今の時代に持ち運べるわけがないじゃろうが!

 心配するな。刀なんぞ斬る気持ちがあれば成り立つ。」


 イチモンジのじいさんは大きく伸びをすると、半信半疑な僕に、再び真剣な眼差しを向けた。


対鬼刀(たいおにがたな)柴刈乃大鉈(しばかりのおおなた)、またの名を『宝刀鬼殺し』。しかと扱え!」


 「しかと扱え!」だとか大仰な名前を告げられたところで、この木の棒で鬼とまともに戦える気はしなかった。だが、この「儀式」のようなものに、妙な懐かしさ、何度か体験したようなしっくりくるものを感じた。



「さて、夜が明けるな。

 そろそろ行くとしようかの。」


 空を見上げると、うっすらと朝焼けが、濃い紫色が広がりつつあった。いつのまにか周囲も明るくなり始めていた。

イチモンジのじいさんは、すでに消えかけていた焚き火に水をかけ、仕上げに念入りに焚き火跡を踏みつけている。


「僕は…、どうしたらいいのでしょうか。」


「鬼を倒せ。

 とはいえ、鬼との戦いは望むと望まざると起こるじゃろうがな。

 ま、頃合い見計らって「おばあさん」を探せ。」


「おばあさん?」


「ただし!

 会った時には「おばあさん」と呼ぶな!

 ポーチドぐらいなら殺されるからな!」


「すみません…、鬼より怖くないですか?」


「だからこそ、会わねばならぬ。」


「よくわかりませんが、おじいさ…、イチモンジさんは「おばあさん」がいる場所を知っては…」


「別居中じゃ!」


「…。すみません。」


 他人の家庭環境にまで突っ込むつもりはないが、おじいさんとおばあさんは仲が悪いのだろうか…。

そもそも、おばあさんの居場所を聞こうと思っただけなのだが、おじいさんとおばあさんが、現代でも婚姻関係にあるとは思っていなかった。


「あと、僕はどうすれば…」


「さすがポーチド!

 さっきから「僕はどうすれば…」ばかりじゃな! だから鬼討伐に行け!」


「いえ、あの、帰り道はどっちかなと。」


「ほれ。」


 イチモンジのじいさんは、くだらないことを聞くなと言わんばかりに、僕の後ろ、茂みの方を指差した。


 そこには白い建物、僕が宿泊しているペンションの裏手が見えた…。

歩いて2〜3分の距離だろうか。こんなに近いのに野宿していたのか…。



 振り返った時にはイチモンジのじいさんはいなかった。

だが、焚き火の跡の匂いと手元に握られた木の棒の感触が、イチモンジがそこにいたという存在感を僕にしっかりと残していた。


 ペンションの前へと戻り、朝焼けに染まった湖畔を眺める。

まだまだ知りたいことや、確認したいことがあったが、今はもう少し眠りたかった。


 僕は静かに部屋へと戻り、木の棒を握ったままベッドへと倒れ、しばしの眠りに落ちた。

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