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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第3幕 廻り流され我は我と覚えず
43/205

北東は鬼門ゆえに

―――――――――――――――――――

 緊急速報

 鬼の発生が確認されました。

 北東より接近中です。

 直ちに退避行動を開始して下さい。

―――――――――――――――――――


 スマホの画面に「緊急速報」がポップアップされる。

おいおい! いつから政府は鬼を災害認定にしたんだよっ! 確かに災害だけれどもさ!

って、ミスミからのメールかよっ!


 僕はすぐに地図アプリを立ち上げ、現在位置と北東なる方角を調べる。

僕は「平静を装いつつ慌てる風を装う」という、結局は動揺したままおもむろに立ち上がった。


「いやー、しまった!

 ユイ先輩、すみません。もうそろそろ帰りますよね?

 僕としたことがさっき、パン屋の前でスマホを取り出したときに部屋の鍵を落としたみたいなんです!

 もう雨も上がりましたし、先に戻っててください!

 今日は本当にすみません! ではまた!」


 僕はリュックを担ぎ、東屋を出る。


「え? 大丈夫? 一緒に行こうか?」


「いえ、大丈夫です!

 それより、夏とは言え濡れたままでは風邪ひきますから!

 今度、この埋め合わせします!」


 そしてパン屋の方角へと、僕は走り出す。



 鬼が接近中だということは、どうせまた僕に鬼が寄ってきているということだ。ユイ先輩と一緒にいては巻き込んでしまうだろうし、ペンションへ向かうなど論外だ。

つまり鬼は北東から、南西は湖、そしておおむね南東はペンションでパン屋は北西。つまりパン屋へ引き返せば少なくともユイ先輩やペンションへは、鬼は行かないはず!


「くそー、もう一足遅くても良かったんじゃないのか。ミスミめ、まんまと盗みおって!」


「いえ、あの方は何も盗らなかったわ。

 私のためにメールして下さったんです。」


「いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。

 …僕の心です。」


「…え?」


「では失礼します。(敬礼)

 鬼から逃げろ! 地の果てまで逃げるんだ!」


 ミスミ…、いや鬼の野郎! せっかくのユイ先輩とのひと時に水を差すとは! クラリスに謝れ! 銭形に謝れ!

僕は一人芝居を叫びながら、泣く泣く走り続けた。

僕はポケットからイヤホンを取り出し、ハンズフリーでミスミにコールする。



「民間人を巻き込まないのは賢明な判断だと思います。」


「そいつはどうも! で、今の状況は?」


「鬼は進路を変えながら接近中です。

 こちらも応戦しておりますが、幌谷さんと接触することは95%避けられないかと。」


「つまり…、複数いるってことなのか?」


「そんなに多くはありません。確認している範囲では20体ほどです。」


「十分、多いよっ!」


「まもなく後方から現れますので。」


「そして早いよっ!」


「その先右手に小道があります。そちらの方へ。」


 後ろの方で何かが茂みから飛び出すような音が聞こえたが、ここで振り返るわけにもいかない。走りながら小道とやらを見つけることに集中する。


 あれか? 小道というよりは獣道(けものみち)に近くないか? そして上り坂かよ! 空腹にはきつい!!

かと言って躊躇するわけにもいかず、小道と呼ばれる獣道に僕は飛び込んだ。横から張り出す枝葉が邪魔で、ますます移動速度が低下する。

そうだ! ここでサバイバルキットが役に立つのでは? まだ一度も活躍してないし!

そう頭をよぎったが、リュックを下ろす暇がない!

後ろからくる追跡者の音が、もう間近に迫っていることを知らせる。

なんか今、リュックをかすめました? いやいや、開けてくれなくても結構ですが?


 と、その時、前方の茂みから黄色いマント…、いや黄色いポンチョが躍り出た。

黄色いポンチョは躍り出た勢いのまま向かいの大木を蹴って飛び上がり、僕にめがけて前転宙返りで胴回し蹴りを放つ。

僕は咄嗟にヘッドスライディング調に躱し、身をかがめる。

胴回し蹴りは後方から来ていた大柄な鬼へダイレクトヒットした。盛大に吹き飛んで転げ落ちる様が視界に入る。



「やっほー、にぃちゃん。」


「やっほー、じゃないよ! なんでニコナがここにいるんだよ!」


「ミスミさんに連れてきてもらった!

 バイクって早いね。走るよりも早かった!」


「楽しそうだな…。って、いつの間に知り合いになったんだ?」


「こないだ、偶然、たまたま、道を歩いてたらっ!」


 そう言いながら追い上げてきた他の2体の鬼へ、ニコナは間断なく攻撃する。

パスッ、パスッ、と鬼の体が穿たれる。ミスミが援護射撃をしているということか。

ミスミの狙撃により、体勢を崩した鬼の鬼門へとニコナがとどめを刺す。そしてもう一体の鬼をニコナが空中へと蹴り上げる。後方へと大きく開かれた鬼の胸部、鬼門にミスミがとどめの一発を放つ。



 先程ドロップキックで転げ落ちた大柄の鬼が、再び上がってくる。


「まだ来るから、にぃちゃんは先に進んでた方がいいんじゃないかなぁ。」


「はいそうですか…。って、そうさせてもらうしかない!」


「ここはニコナに任せて、もう少し視界の開けたところまで出ていただけた方が良いかと。」


 …、ミスミとまだ通話中だった。

僕は立ち上がると、甘んじて先へと駆け出した。すでに横っ腹が痛い。まだ攻撃を受けていないはずだったが、マイセルフでダメージ蓄積中だ。



「別動隊の数体が先回りしているようです。お気をつけて。」


「気を付けるけれども! 気を付け方がわからん!」


「両足の踵をつけ、つま先を45度程度に開き、両膝をつけて伸ばす。

 腰を伸ばし、胸を張り、あごを引いて(かしら)は真っ直ぐ前を見る。

 肘を伸ばし、手の指を揃え腿の外側につけます。」


「いやいや、「きをつけ」の仕方じゃないし! 立ち止まったらダメなんじゃないの!」


「大丈夫です。こちらも別動隊が動いているようですから。

 立ち止まらないで気を付けてください。」


「それって直立不動でジャンプして移動しろってことか?! キモいよっ!」


 そうこうしてるうちに目の前が開けた。しかし最初に視界に入ってきたのは「ようこそ! お待ちしておりました!」と言わんばかりの、和装の鬼3体だ。歓迎の歩みを始めるその鬼に対し、僕は結局、その場で直立不動となった。

直立不動の僕の後方から、低い体勢で僕の横をすり抜けていく「赤い彗星」、つまり高速の赤頭巾、いわゆるウズウズが僕より先に飛び出し、「はじめまして!」の挨拶よろしく、先制の中華包丁を横なぎに浴びせた。

こちらの別動隊とはウズウズか! いや心強いのだが、その包丁はまた借りものなのでは? 僕はもう洗わないぞ!


 横なぎに払った中華包丁は弧を描くような軌道で真下から跳ね上げられ、もう一体の鬼の手首を切り上げた。さすがの鬼もその流れるような刃先に躊躇し、一旦攻撃の手が止まる。間髪入れずウズウズがその中華包丁を鉈のように振り下ろし、そのまま正面の一体の顔面へと投擲した。

しゃがみこんだウズウズはスカートの内側に手を入れ、その太腿に装備したナイフを取り両手に装備する。

はい、それが正規の構えということですね、ウズウズさん!

ウズウズは僕を守るように前面から離れず、だが確実に一体、また一体と鬼を沈めていく。



 「前門の虎、後門の狼」というが、前面も後面も鬼。いや、僕の前衛は猿のウズウズで、後衛は犬のニコナ、そして援護に雉のミスミ。追い詰められているのは僕ではなく鬼なのか。

何遍も繰り返されてきた情景のような錯覚を覚える。いや違う、()()()()()()犬と共に前衛で戦い、後衛の猿が気になって振り返ったんだ。そして雉が援護を務めながら僕らに言ったんだ。「前方に新手が来ます。」と。


 一瞬の激しい頭痛の後、眩暈が僕を襲う。

そうだ。そんなわけがない。第一に僕が、この僕が鬼と戦えるわけがないじゃないか。

「戦わないだけだろ?」僕の中の誰かが言う。

バカ言うな、あんな鬼とかいう化け物と僕が戦えるわけがないだろ!

「でも戦わせてるよね。」笑い声交じりな言葉が続く。これを自嘲というのか?



「前方に新手が…、誰かが来ます。」


 ミスミの落ち着いた、それでいて柔らかな声が耳元で僕に呼びかける。

現実とも非現実とも区別のつかないデジャヴの中で、僕は前方へと目を向ける。


「大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫。」


 と、ミスミには言ったものの、前方から現れたのはこの場に似つかわしくない、この大自然に全くそぐわない、スーツ姿の男だった。

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