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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第3幕 廻り流され我は我と覚えず
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BCDは優雅さを忘れない(猫)

 やぁ、読者諸君。

俺の名前は高橋。言うまでもないことだが、見たとおり猫だ。

そして隣で寝ているのが鈴木。言うまでもなく猫だ。

2人合わせて「ブラック・キャット・ダンディズ」、略してBCDと呼んでくれて構わない。

なに? ABCじゃないのかって?

「A」を求めてはいけないのはこの世の常識だぜ? それぐらい猫でもわかるって話さ!


 さて、俺が語る前に1点だけ注意事項を述べておこうか。

読者諸君の中にはネコイズムを提唱する者もいるかもしれないな。そういう者にしてみれば、俺の語り口調にやや物足りなさを感じるはずだ。その場合は申し訳ないが、自主的に語尾に「にゃ」あるいは「にゃー」を付けていただきたい。

それでも物足りないと感じるならば、全文を「にゃー、にゃー」にしていただければよい。所詮、俺がこれから語ることは、猫の戯言であることに間違いはない。


 ちなみに俺の個人的な意見だが、「にゃー」ではなく「うなーぅ」の方がよりBCDだということを付け加えておこう。

なお特別な配慮として、我々の台詞の括弧は『』としておく。



 おやおや、そうこうしているうちに来客の登場だ。

「カスッ、カスッ」と微かな打突音が聞こえる。来客よ、我が城の呼び鈴は鳴らないことをご存じないのか。

ふむ、鈴木も来客の気配に気が付いたようだな。


 コンコンッ コンコンコンッ


 ノックに切り替えたか。残念ながら我が主様(あるじさま)は不在だ。代わりに俺が応えようじゃないか。


『新聞なら間に合ってる。試し読みなら2部置いていき給え。あれは寝心地が良いからな。』


「ウズウズ? いないのか?」


 ほほう、来客はいつぞやの青年か。主様はいないぜ?

そんなにドアを細く開けて内部の状況を伺う必要はない。なぜなら我々は主様の許可なしに、そのドアの隙間から出かけていくような、不逞の輩ではないからな。


『上がり給え。なに、主様に代わって我々が応対しようではないか。』


「えーと、田中と山田だっけか。」



 まったく。名前を間違えるなど、愚かしいにもほどがあるな、青年。

しかし我々は寛大だ。それぐらいのことは許してやろうではないか。


『生憎、主様は不在でな。何用で参られたか。』


『来客とは珍しい。』


「お邪魔しまーす。」


 そう言いながらも、玄関先で立ち止まり、部屋の中まで入ってはこぬのか、青年。

よろしい。それが礼儀だと言うのならば逆らうまい。玄関先まで我々が出向こうではないか。


「おー、よしよし! おやつ持ってきたぞ!

 その代わりモフモフさせてくれるかな?」


『やや! この匂いは煮干しではあるまいか!』


『鈴木! そう簡単に懐柔されてはダンディが廃る!

 と、いいつつ抜け駆けダッシュ!』


「ほうかほうか、うまいか!

 よーしよし、また持ってくるからな!

 でもあれだ…、その、何というかあれだ。

 ウズウズがいないっていうのもあれだから、もう帰るな!

 また来るからな!」


 逃げるように帰っていった青年を見て俺は思ったよ。人間ってのは面倒くさい習性があるってな。手土産(煮干し)を持ってきたのだから、もう少しゆっくりしていけばいいものを。

まったく、せっかちな男だ。



『ところで高橋。我々の先祖が砂漠出身だって知っていたか。』


『すごいところから切り込んでくるな、鈴木。知らないがそれがどうした。』


『砂漠というところには水がないそうだ。我々が水を苦手とするというのも頷ける話ではないか。』


『確かにな、鈴木。』


『ところでな、高橋。煮干しというやつは水の中で生きているそうだぞ。』


『そんなわけがあるまい。水の中でどうやって息をするというのだ。

 俺が思うに、煮干しはトンボの仲間だと思うぞ、鈴木よ。』


『いや、そうではないのだ高橋。間違いなくあいつらは水の中の生き物だ。

 そこで気になるのだが、なぜ水の中の生き物が我々の好物なのかということだ。』


『つまりそれがトンボの仲間だという証拠ではないか、鈴木よ。』


『そこまで疑うなら今度トンボを食べてみようではないか、高橋よ。』


『もちろんだ、鈴木。我々BCDは疑問即解明が信条だ。』


 やれやれ。空を飛ぶ奴らはごまんと見たことがあるが、水の中を飛ぶ奴がいるわけがない。知識ってのは時に厄介なものだ。我々を導きもするが足止めもする。




 おっと、そうこうしているうちに主様(あるじさま)のご帰還だ。俺ぐらいになると足音はしなくても気配でわかるのさ。


『おかえり、我が主様よ。』


「ただいま、高橋。 …、誰か来たの?」


『おかえり主様。いつぞやの青年だよ。』


「ただいま、鈴木。青年て?」


『あぁ、こないだ道中で会って一緒に帰還したではないか。』


『青年が煮干しを持ってきたぞ。もうないがな。』


「そっか。」


『ところで主様よ。煮干しは何の仲間だ。』


『トンボの仲間だと推測しているのだが。』


「…。昆布と鰹節。」


『!』『!!』




「2~3日、家を空けるから。」


 昆布というやつは知らないが鰹節というやつは知っている。あいつも美味い。だがあいつが飛べるとは到底思えないのだがな。やはり知識は厄介だ。

我が主様が大きなキャリーケースをゴロゴロと引っ張り出す。鈴木が早くもそのキャリーケースを踏み台にして主様の背中に乗る。やれやれ、足止めをされているのは俺だけか。

俺は優雅に主様の背中に飛び乗った。優雅さを忘れてはダンディが廃るというものだ。


 久々の外は日差しこそ弱いのが救いだったが、相変わらず暑い。次から次へと移り変わる匂いが、どれも夏の香りを纏っていた。

通りですれ違う人々に、どこかせわしなさを感じる。誰もがスマホを手にし、何かをしながら歩いている。

もう少しゆっくり生きていけばいいものを。


 公園の前を通り過ぎ、路地裏へと主様が曲がる。キャリーケースのタイヤの音だけが、路地裏の壁の間にこだましている。

路地裏を抜けたところに、一台のタクシーが静かに停まった。ハンチング帽を被った運転手が降りてくる。やや、久しぶりだなハンチング。元気そうでなによりだ。

ハンチングはトランクを開け、キャリーケースを積み込む。積み込む際に「重っ。」と小さく呟いた。


 主様と共にそのタクシーへと乗り込む。ふむ、涼しくてなかなか快適ではないか。早速、鈴木が傍らで寝始めた。どれどれ、俺は助手席にでも移動しようか。

タクシーは停まった時と同じように静かに走り出す。


「キャリーケースの中身は使用済ナイフですか。」


「全部使った。」


「わかりました、メンテしときます。

 新しいナイフと旅道具一式、行き先の情報は次の車にあります。他に必要な物はありますか?」


『ハンチング、我々の食事はどうなっている。』


「特にない。高橋と鈴木に鰹節。」


「わかりました。

 彼等はいつものところで面倒みます。」


『俺は昆布という奴でも構わんがな。』


社長(かしら)からの伝言です。

 ××会の残党はあらかた片付きました。娘さんの警護はもう大丈夫だろうとのことです。

 あとは我々の方でやっておきます。

 息子さんの方は別件ですが、引き続きよろしく頼むと。

 …。まぁ警護はないとはいえ、たまに店に顔を出してやってください。

 個人的な意見ですが。」


「ん。」


『おっと、主様はお疲れだ。そろそろ話は終わりにするんだな、ハンチング。』



 その後、ハンチングの運転するタクシーは街外れまで走り、主様はそこで別の車に乗り換えて郊外へと旅立った。ハンチングがタクシーに迎車の大きな札をフロントに置く。


 しばらくの間、我々は無言だったが、ハンチングが前方を見据えながら口を開いた。


「なぁ、爪を切ってやろうか? こう見えてもそういうのは得意なんだぜ。」


『冗談はやめておくんだな、ハンチング。』


「そうかそうか、戻ったら切ってやる。」


 やれやれ、まず我々の言葉を理解するところから始めたらどうだ、ハンチング。

鋭い爪はダンディの嗜みだ。断固、切られるわけにはいかないのだ。

これは別宅に着いたら、即ソファーの下に退避だな。

ふむ、鈴木も寝てるように見せかけて耳がこちらを向いている。しっかり情報をキャッチしているようだ。これぞBCD、我々に抜かりはない。



 さて、この辺で俺が語るのは終わりにしておこうか。

読者諸君、またいつかお会いしよう。その時に我々の言葉がわからなかったとしても、好きなように解釈して読み進めるといい。所詮、今回の話は猫の戯言に過ぎないのだからな。

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