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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第3幕 廻り流され我は我と覚えず
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ミステリアスなBBQ職人

 僕らはしばしの談笑のあと、それぞれが夕食までのちょっとした時間を部屋で過ごしたり、明日からの準備に費やすこととなり、一時(いっとき)の解散となった。

僕はすでにチェックインを済ましていたので外に残り、世界を赤く染める夕焼け空を眺めていた。

湖と空との境界線が曖昧となり、夕焼け空とそれを反転して映し出す湖面を見つめていると、どちらが「真」でどちらが「虚」なのかわからなくなってきた。いや、「真」だの「虚」だのと決めているのは僕自身であり、目に飛び込むのはどちらも「真」であるのかもしれない。あるいはどちらも「虚」なのだろうか…。



「喉が渇いたな。」


 僕は誰に言うとなく呟き、ベンチから腰をあげる。そういえばお昼から何も飲んでいなかったことに今更気がついた。

ペンションに入り、辺りを見回す。確かこの廊下の奥に食堂と厨房があったはずだ。そこに行けば水ぐらいは貰えるだろう。

1年前の合宿の曖昧な記憶を頼りに、僕は廊下を進んだ。照明がオフになっているのか、それとも球切れなのだろうか、廊下は明かりがともっておらず、ホールから差し込む光だけが頼りで薄暗かった。

ペンションには諸先輩たちや従業員がいるはずなのに、どうしたことか話声はおろか人の気配すら感じられぬほど、辺りは静かだった。


 ギシリ


 普段なら聞こえないであろう床の軋みが、この静けさのせいで妙にくっきりと僕の耳に届く。

その音が僕の心の奥から引っ張り出すように、一つの不安を浮上させる。

こういうのをシックスセンス、「虫の知らせ」とでも言うのだろうか。ちなみに「虫の知らせ」の「虫」とは、潜在意識などを例えたもので、人間の体内に棲み感情に働きかける存在として、古くから信じられてきたものだという。体内に「虫」が棲んでいると考える方が怖い気がするのだが…。



 いや、バカな。そんなのはただの杞憂だ。僕は心に芽生えた不安をかき消す。


 廊下の先が曲がり角で、そこに新たな薄明かりが差し込んでいる。僕は喉が渇きすぎて飲み込むことのできない唾を飲み込む。鼻腔が何かの嫌な匂いをキャッチする。

曲がり角の直近で一度立ち止まり、目をつぶって意を決する。

再び目を開き、思い切って角を曲がり、光がさすドアを開けた。


「うっ」


 部屋中が血の匂いで充満している。僕は思わず鼻を腕で覆う。

そこには見るにも無残な、ただの肉塊と化したバラバラの遺体が転がっていた。

一体だれがこんなことを…。


 部屋に入り込み、立ち止まってその遺体に目を奪われていた僕は、すぐ横に人がいることに気が付くのが数秒遅れた。

その者は全身を赤く染め、血に染まった鉈のような大きな刃物を持って、こちらを生気のない目で見つめていた…。



「ギャーーーーーッ!!」



 って、前回「オノマトペ研究会合宿連続殺人事件~某湖畔に伝わる赤頭巾伝説の謎~」風な締めくくり方だったけど、誰だってこういうオチは読めてるよ馬鹿野郎! むしろ読ませてるよ!

なんでウズウズがここにいるんだよ!


「よう、ほろぅやー。」


「よう、じゃないよ! 息子よりはマシだけど、なんで棒読みだよ!

 なんでウズウズがここにいるんだよ!」


「…。バイト?」


「いやいやいや、聞きたいのはこっちだよ!

 それが最大のミステリーだろうが!」


 と、僕は一気にまくし立ててしまったが、ウズウズは無表情ながらも「なんでそんな当たり前のことを」といった風でトボトボとシンクへと向かい、使い終わった鉈のような中華包丁を下げた。

僕の的中した不安など知らぬかのように、ウズウズは再び惨殺遺体、賢明な諸兄諸姉ならばお察しのように解体された猪的な肉塊を、手早く食べごろの大きさに捌き始める。

相変わらず素晴らしいナイフ捌き、いや包丁捌きだ。



「水、飲んでいいか?」


 ウズウズは無言だったが、なんとなく「いいよ、そこのコップ使って。」と答えているような気がして、僕は一杯目の水を一気に飲み、続けて二杯目の水をゆっくりと飲んだ。

そしてなんとなく、シンクにあった中華包丁を僕は洗った。


「猪って美味いんだっけ?」


「…肉だから。」


 肉だから美味くないわけがないと言いたいのだろうか。ウズウズは草食系女子に見せかけながら俄然、肉食系女子だ。いや、ただの肉好きな女子だ。

僕はウズウズが「なぜここでバイトしているのか?」と追求するのを諦めた。

最大のミステリーは最大のミステリーのままでいい。気にしなくても世界はミステリーに溢れている。それに僕の祖父は名探偵でもなかったし、僕の見た目は大人で中身も大人だ。


 赤ずきんちゃんだって大人になってるぢゃないか。可憐な少女の面影など微塵もない。

胸に抱えているのはケーキとワインの入ったバケットなどではない。自らの成長の証たる豊満な二つの慈愛ではないか。


 赤いエプロンと三角巾を身につけたウズウズは、淡々と肉を捌き続けている。淡い色のシュシュがアクセントか。

ウエストで縛るタイプのエプロンが、豊満な二つの慈愛を強調していた。


x=ay^2+by+c


aの値はいかほどのものか…。

赤い布地を舞台に慈愛が奏でる豊かなラインの方が、遥かにミステリーぢゃないか。

一つだけわかるのはaの値が解明された時、この世の男たちは全て狼へと変貌し、そして赤ずきんちゃんに魅了された狼達が次々に腹を石ころで満たし、やがて全滅してしまうということだ。

うーむ、これは人類の存亡にかかわる。このミステリーは解明してはならない!

僕は人類の存亡の為にあえて解明を試みず、あえてこの光景を僕だけの中に封印せねばならない…。



「抜け駆けは良くないな幌谷氏!」


「ギャーーーーーッ!!」


「そして驚きの声に面白味が無いな、幌谷氏!」


 本日二度目の心停止を僕は体験した。

いつものラフな服装に着替えた部長が、戸口にもたれてニヤリと笑っている。


「いやいや水を少々、頂き貰って、頂戴して拝借していただけですから!」


「ほう。てっきり特上肉を秘密裏に買収していたのかと思ったぞ!

 オーナーから聞いた話だと、新鮮な特上肉が手に入ったという話ではないか!」


 部長の視線が僕から、ウズウズが捌き綺麗に並べられていく猪的な肉に注がれる。



「あー、うーん。

 野趣溢れる野生の肉らしいですね。」


「野趣、野生、結構結構!

 さぁ、宴を始めようではないか!

 ハハハハハ!」


 そう言いながら食堂の方へと向かう部長を、僕は慌てて追いかけた。

厨房を抜ける前にちょっと気になりウズウズの方を見たが、黙々と肉の盛り付けを行なっている。

ウズウズは料理とかに集中するタイプなのだろうか。何故だか僕は、ウズウズのその生きている感に、ちょっと安心した。



 食堂には「オノマトペ研究会」の面々がすでに集まっていた。さすがオノマトペ研究会。一般的なサークルと違い、とても静かで厳かな雰囲気だ。

とはいえ全員とは言わないまでも、一度にこれだけの人数が集まるのは、夏冬年二回の合宿だけなのだから、貴重な機会なのではないだろうか。

部長が皿を手に取り、皆の前へと進む。


「全員、皿は持っているようだな!

 では私から一言。

 食べることも読書のうち。英気を養え!

 以上!」


 部長の挨拶を皮切りに、銘々が皿に食材を取っていく。ここのペンションの夕食はバイキング形式で、各々が好きな食材を持って庭へと行き、焼き台でバーベキューして食べるという仕組みだ。

いつのまに配膳されていたのか。先程ウズウズが捌いていた猪的な肉も、肉コーナーにを置かれている。

猪的な肉には「牡丹肉」との札がつけられていたが、はたして「牡丹肉」で猪の肉だとわかる人がどれだけいるのだろうか。

積極的に「牡丹肉」を取っている部長が、問答無用で副部長の皿にも盛っている。

食の細い副部長に、その肉の量は酷な気がするのだが。



「ユイ先輩! 僕が焼きましょう! こう見えても焼くことに関しては、手前味噌ながら職人レベルですから!」


 そう、僕は昨年の合宿の反省を踏まえ、動画サイトやアウトドア情報サイトで研究を重ね、さらにはバイト先の居酒屋で厨房の手伝いを志願し、実践を積み重ねてきたのだ!


「ほほう! では幌谷氏の匠の技を堪能しようではないか!」


 僕の言葉に部長が答える。フフフ。それも想定内! 「弓を挽かんとせば当に強きを挽くべし、箭を用いんとせば当に長きを使うべし、人を射んとせば先ず馬を射よ」とはまさにこのこと!

とくと味わうがいい! 僕のスペシャリティなBBQを!



 こうして僕は「一介の後輩読書家」から「BBQ職人」へと昇格し、諸先輩方の楽しい宴への一助となって貢献した。そしてその間にユイ先輩が明日の夕方に帰ることが分かった。

その日の深夜に、僕の用意してきたお勧めの本、「スーパー・幌谷セレクション・ストーリー」通称SHSS達をすべて出撃させたことは言うまでもない。

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