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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第3幕 廻り流され我は我と覚えず
32/205

熱く滾る冷やし担々麺

 夏真っ盛りだ。


 この燃えるような暑さが我々の心をも(たぎ)らせ、燃え上がらせるのはなぜなのだろうか。そしてこの我々の心の燃え上がりに呼応するように、美しく魅惑的なアイドル達の活動も活性化する。そう、我々の心を鎮めるのではなく、なお一層「火に油を注ぐ」が如く、輝かんばかりのアイドル達の笑顔が、夏の我々を心躍らせるのだ!

つまりこれはひと夏のバカンス。恋に恋い焦がれるアヴァンチュールの象徴。それがアイドルだ!


 ところで諸兄諸姉よ。アイドルと一口に言っても、今は昔と違いアイドルも多種多様ではないだろうか。

一時期は映画業界の衰退、続いてテレビ業界の低迷に伴い、女優系アイドル、音楽系アイドル、そしてバラエティ系アイドルがあおりを食らったという。だがそれに代わるインターネットの普及が我々と世界を繋ぎ、そしてそれが新たな形のアイドルを生むきっかけとなり、動画配信サービスで開花する素人アイドル、はたまた特定の地域に根差した地元アイドル時代の到来と、いまだにアイドルは生まれ続け、我々を飽きさせることはない。もはやアイドルは身近な存在だといえるのだ。


 アイドルの定義の一つに「成長過程にある魅力的な人物」というのがあるが、永遠の成長過程を持つ二次元アイドルの台頭も看過できない。もはやアニメという枠だけに留まらず、あらゆるエンタメに登場し、定着し、一つの人格として成立し、その地位を確立している。ボーカロイドに至っては、成長過程を共有するどころか製作者と融合の域に達しているではないか。もはやアイドルは創れる、育てる時代になったのかもしれない。


 「いやいや、何を言っているのだ! アイドルとはそもそも…」と、僕の一個人の推論に対し、諸兄諸姉からお叱りを受けることだろう。ごもっともだ。

だが待ってくれ諸兄諸姉よ!

どのようなジャンルのアイドルであろうとも、我々のアイドルに対する愛に優劣はないのではなかろうか。そう、我々は三次元、二次元にかかわらず、「成長過程にある魅力的な人物」に心惹かれ、応援し、その成長過程を共有したいのではなかろうか!



『世界がこんなに白かったなんて!』


 テレビ画面には突き抜けるような青空を背景に、無数の白いシャツがはためき、同じく白いシャツを着たアイドル「宝鏡カグヤ」が輝かんばかりの笑顔で言う。

本来、洗濯機などの家電CMは主婦層をターゲットにしているためか、クリーンでそれなりの年齢のタレントを起用するものだが、宝鏡カグヤは高校生でありながらW&Cと専属契約を結び、洗濯機のCMから脚光を浴びて一躍国民的アイドルとなった。

今やW&Cの他のCMはもちろんのこと、映画やドラマなどの女優業を中心に活動しており、僕も熱狂的とは言わないまでも、ここ一押しのアイドルだ。


 今年の春に公開された映画「ワサビ満載pizzaは畳味」では、脇役ながらも純粋で可憐な少女を演じ切り、宝鏡カグヤは見た目の可愛さだけではない、と世に知らしめた。

かくいう僕も、その映画のとあるワンシーンの、あどけない笑顔で「きれいな花火だったねぇ。」のセリフから、「さ、帰ろっか!」という純真無垢ながらもちょっと小悪魔的な笑み、そしてターンしてからの妙に艶やかな浴衣の後ろ姿に、一気に打ちのめされた。

なんて純真無垢で妖艶な曲線美を持つ腰のラインなのかと!


 ちなみにW&Cは、元は洗濯機を中心とする白物家電の一大メーカーだった日本企業が、アメリカの洗剤会社に買収され社名を変更したものだ。元々、政界や財界との黒い噂が絶えなかったここの財閥が、名実ともに「ウォッシュ&クリーン」されたのだから致し方がないというものだろう。



『君の服も洗ってあげるね!』


 それは後ろ姿だけしか映らない、どういう設定かわからない某男に向けた言葉だったが、僕の服はおろか心も白く純真にしてくれるのではないかと、思わずその宝鏡カグヤの笑顔に期待してしまった。


 僕は近所のラーメン屋で、テレビ画面にくぎ付けだった数秒間からはたと我に返り、箸が止まっていた冷やし担々麺を食べることを再開する。

嗚呼、仮にここで冷やし担々麺の汁が服に付いてしまったとして、彼女が現れて洗ってはくれないだろうか。

いや、それは無い。

せめて洗濯機を買い替えようか…。



 CMのあと流れてきたニュース番組の音声だけを聞きながら、僕は残りの冷やし担々麺を食べ続ける。

昨日もそうだったが今日にいたっても、2日前の海水浴場での事件はニュースにはなっていなかった。確かに一地方の、名も知れていないような海水浴場の事件など、全国区のニュースでは取り上げないかもしれない。だがローカルのニュースでも取り上げないのはおかしいのではないだろうか。あれだけの規模で起こったことなのに。


 ネットで海水浴場の名前を検索してみたが、辛うじて「酔っ払いが暴れていた」だとか「地元のヤンキー同士が喧嘩していた」だとか、憶測的な個人のつぶやきが数件ヒットしただけだった。



 僕は冷やし担々麺を食べきり、氷の解けかけたお冷を一気に飲み干す。

一呼吸、深呼吸をした後、席を立って会計をすまし、ラーメン屋の外へ出る。

店を出た瞬間に強い日差しが僕の目に飛び込み、思わず僕は目を細めながら、その忌々しい真夏の日差しを見上げる。


 夏の暑い日差しが嫌いなわけではない。確かに「夏の暑さ」とは我々の心をも(たぎ)らせ、燃え上がらせる「歓喜の光」だ。だのにこの半ば強制的に前へと進ませるような、後押し感はいったい何なのか。僕は納得がいって前へと歩いているわけではないのに。

そんな誰に言うともない言い訳を、「虚構と現実」の対比のような「心躍るような夏と気怠い圧力のような夏」の真逆性に混乱しながら、僕は当てもなく商店街を歩いた。



 おもむろに、いや、予測の範疇で僕のスマホが着信を知らせる。



「ミスミです。」


「うん。」


 先に諸兄諸姉に言い訳をしておくが、僕のスマホに電話をかけてくる人物が姉かミスミだけで、且つ姉は仕事中だからこの時間にかけてくるのはミスミちゃんだけだよなー。ハハハ、画面見なくてもわかるよ!

君だけだよ! 僕に電話かけてくるのは!


 とか、そんなことは断じてない! 僕に友達がいないとか勘繰るなよ、諸兄諸姉!



「ところでさ、海水よ…」


「知ってます。90%ぐらいの内容は。」


「……。それでさ、」


「12時へ全力で進んでください。」


「12時?」


「つまり、そのまま真っ直ぐ走っていただければ問題ありません。」


「なんですと?」


「とにかく、今すぐ、全力で走ってください。」


「どんだけ火急の事態だよ!」



 僕はそう言いながらも、スマホを耳に当てながら全力で駆け出した。


「イヤホンは。」


「も、持ってるけど、いえ、家にあるよ!」


「知ってます。」


「し、知ってるなら聞くな!」


 むしろ家の中まで把握しないでくれ! 僕のプライベートはどこに行った!



「一応、5%ぐらいの可能性にかけました。持っていたらハンズフリーの方が楽ではないかと。

 次の角を3時…右に曲がってください。できれば速度は落とさないで…。」


「これでも、全力だよ!

 そ、それで、どこまで…」


「右手に見える建築現場に。」


「入れと?」


「入れますので。」


「鬼かよ!」


 「鬼が来てるのかよ!」と「建築現場に突入せよとか、君は鬼かよ!」をかけてみた。

いわんとする建築現場は都合よく人が通れるほどゲートが開いており、そして飛び込んだその中は都合よく誰もいなかった。いや「都合よく」そう設定されているのではないかと、一瞬、頭をよぎったが、そんなことを考えている場合ではない。


 そこは何といえばいいのだろうか。建物が建てられる前の状態なのだろう。まるで遺跡の発掘調査のように色々なところが掘られ、そして至る所にコンクリートの四角い塊が点在し、その塊の中央からいくつもの鉄筋が突き出している。そういった情景を除けば、ただのだだっ広い場所だ。



「奥のほうまで行っていただければ。」


「行きましたともさ!

 ミスミちゃんから、見えている通り、

 にさ!」


 僕は足元の悪い中を我ながら器用に渡り走り、肩で息をつきながら振り返った。


 あぁ、やっぱりこの夏の暑い日差しは、僕を強制的に走らせ、どこかへと向かわせる光だったのだ。

僕の後を追って入ってきた男の表情は逆光気味の光の加減でよくわからない。

だが、そいつは間違いなく狂気を纏った鬼だってことはわかる。


 なぜ僕は、来る日も来る日も鬼ごっこをしなければならないのか。

夏というキーワードは、強制イベントの符号だとでもいうのか。


 僕の頭の中では、さっきの洗濯機CMの音楽が、無意味な爽やかさで繰り返し、繰り返し流れ続けていた。

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