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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第2幕 鬼来たりて童は舞い踊り
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ハッピと木杭は行方知れず

 死に直面した者は、「走馬灯」というものを見るらしいが、実際はどうなのだろうか。

おそらく一般的な人々は、人生の最後に体験するのであろうから、運よく(あるいは運悪くなのかもしれないが)死に直面して事なきを得るというレアな人物から、その事実を確認するのは難しいことだろう。

そして、僕はといえば今直面している危機的状況を、まるで写真を撮るかのように、まるで一場面を切り抜いたかのように、時間が止まっているような不可思議な感覚に陥る。それはまるで、僕に何かしらの選択をしろと、黒か白か決めろと、迫っているようだった。

僕は過去にも、何度かこの感覚を経験しているような気がした。


 イカレたサーファー。こいつは半鬼か。

そのイカレたサーファーが僕の眼前にサーフボードを振り下ろしている。こいつはいったい何を考えているのだ。その目からは、まったく破壊や殺戮という感情以外に読み取ることができない。

イエーイ! ノッテルか~い! いやお前、全然波になど乗ってはいないじゃないか。

この状況で、首以外にまるで身動きの取れない僕が、いったい何を選択しろというのだ…。

ふむ、思考はこれで時間切れか。


 止まっていた時間が動き出す。


 死を覚悟した僕の眼前に、断頭せんとサーフボードが迫る。

しかしサーフボードは突如軌道をそらし、斜め45度からスライスするように跳ね上がっていく。そしてその軌道は僕の腹部をごっそりと抉りとる。

首じゃなくて腹かよ! 飛び散る僕の臓腑、盛大に噴き上がる血飛沫(ちしぶき)…。

僕は活字に起こせないような断末魔をあげる。


 と、思いきや、飛び散ったのは砂だ。当然、血飛沫は上がらない。

砂で作られた半球体の土偶の腹が、盛大に吹き飛んでいく。それはまるで、起死回生からのバンカーショット、「PM2.5はここが発生地点だぜぃ!」と言わんばかりの豪快なショットだった。

僕はすかさずイカレたサーファーに目を向ける。右足のアキレス腱と右上腕部を著しく損傷し、片膝をついて、肩で荒い息をしている。プロサーファーはプロゴルファーになどなれなかったか。

そしてその背後には、起し金を両手に構えたウズウズこと、佐藤ウズシオがまるで亡霊のように佇んでいた。それはそれで怖いよ、ウズウズ!



「ウズウズ、助かった。」


「…。まだ来る。」


 そう言いながらウズウズは、無感情にサーファー野郎の鬼門を背後からつぶす。

僕の眼前に倒れたサーファー野郎をしり目に、僕は孵化するために地上に這い出すカブトムシの幼虫の如く、もぞもぞと砂中から脱出した。

うん、腹の上の砂山が無くなったのは幸いだった。



「まじか…。」


 起き上がった僕は、その光景に言葉が詰まる。先ほどまでのハッピー・ユアライフな海水浴場は、僕が寝ている間にゾンビ映画に切り替わったようだ。幸か不幸か一般の海水浴客は避難しているみたいだったが、その代わりに海水浴場を占めているのは50人ぐらいの鬼化した者どもだった。


 その眼はどいつもこいつも赫々と狂気に満ち、そして明らかに僕らの方へとロックオンしている。いったい、どこから持ち出したというのだ。鉄パイプや金属バットなどを手にしている者もいるではないか。

あぁ、明らかにどいつもこいつイカレていやがる。


 直近の鬼化した女が、バットを振りかぶりながら飛びかかっってくる。

ウズウズが二本の起し金をクロスさせながらそれを受け、そしていなしながら体制を低く左前方に捌いて横っ腹を薙ぐ。続けざまに突進してくる男の両目を、その体勢から伸び上がるように下方から切り上げ、そしてそのまま飛び上がると、背面へと前宙しながら着地し、男の背筋を切り裂く。


 どうやらウズウズは極力、僕の前面から離れないようにしながら、迫りくるイカレた鬼どもから僕を守ってくれているようだった。両側から迫ってきた二人に起し金を投げつけ、その二人の鬼門へと突き立てる。

倒し切れていなかったバット女が、ウズウズの背後から覆いかぶさるように飛びかかる。

が、ウズウズは着ていたハッピを脱ぎ去って低く身を屈めて躱す。あらわになったウズウズの背中には、二本のダガーナイフが装備されていた。素早くウズウズはその二本のナイフを抜いて、自分を飛び越え虚空を舞ったバット女の、その背後から鬼門を刺し潰す。

ウズウズはさらに攻撃速度を増し、次々に鬼どもを捌き続けていった。が、さすがに数が数だ。鬼門を潰すところまでは至らない奴らが、超回復し再度襲い掛かっていく。



「にぃちゃん、あぶな…」


「おふぅ!」


 背後からニコナに脛を薙ぎ払われ、体勢を崩した僕は威勢よく地面に倒れる。僕がさっきまでいたであろう地点に、頭部があったであろう地点に向けて太い木杭が飛んできたのを、ニコナが間髪入れずに蹴り返す。

うん、見事な下段、上段蹴りのコンボだね! でも僕が受けたダメージは、それといい勝負なんじゃないかなぁ?


「…いから、下がっていた方がいいと思うよ。」


 ニコナはそう言い残すと笑顔で鬼どもの中心部へと、文字通り飛び込んでいく。蹴り技を極めながらそれを食らった者を足場にし、まるで川面に顔を出した岩を次から次へと飛んでいくように、複数の鬼を蹴り倒していった。

それを見ていたウズウズは一呼吸、ため息をついているかのようなポーズをとったあと、鬼どもを切り伏せながら徐々に前進していく。



 その光景をただ眺めていた僕は、考える前に二人に呼びかけていた。


「鬼を殲滅。…いや、排除しろ。」


 ウズウズがちらっとこちらを向いて頷く。ニコナは僕の声が聞こえたのか、手を上げて了解の合図を返す。


 ドグン


 一瞬、僕の心臓が高く跳ね上がる。僕の全身を血液が勢いよく駆け巡る。こめかみの血管が膨張し脳みそが高速回転するのがわかる。あぁ、この光景に見覚えがある。既視感とかそういうレベルじゃない。

鬼退治。鬼退治なのかこれは。僕は僕じゃない誰かに心が支配されそうになるのを堪える。



 二人の活躍によってあらかた片付いたかに見えたが、人間よりも一回り大きい男が憤慨する感情を抑えきれないかのように、大きな牙をむき出しにしてこちらへと歩んでくる。


「…。おに。」


「あ、本物の鬼だ。にぃちゃん。」


「あぁ、わかってる。」


 僕が持ったところで意味があるのかわからなかったが、傍らに落ちていた鉄パイプを僕は拾い上げた。

ウズウズが両手のダガーナイフを下ろし、脱力する。

ニコナがゆっくりと構えなおし、深く呼吸をして胆力を高める。



 完全に鬼化した男は全身が赤く染まり、黒い霧のようなものを纏っていた。あの頭部に見えるのは角なのだろうか。夏の日差しが熱いはずなのに、確かに鬼化した男からは熱気を放っているように見えるのに、なぜだか辺りが冷たく凍り付いているかのような感覚に陥った。


 血の気が多いニコナが先に仕掛けるかと思っていたが、僕の隣にいたウズウズがゆらっと体勢を崩すように前に倒れ、僕の視界から消えた。そして超低空で鬼に急接近し、先手を仕掛ける。

踝の腱から始まり、膝頭の下、内腿の付け根、左上腕部の腱、左手首と切りつけながら相手の斜め後方へと離脱する。

間髪入れずにニコナが飛び上がり、その突き出した左手を把持し、下からひじ関節へ向けて膝蹴りを放ち、そのまま浮き上がると頸椎へ両足で蹴りこむ。そのまま逆さの体勢で落ちながら正中線へ連撃を打ち込み、いったん逆立ちで着地したかと思うと、再度跳ね上がって顎の下へ、喉仏を蹴り上げる。


 ニコナが鬼から距離をとり、僕の横前方で身構える。ウズウズが徐々に背面から鬼への距離を詰める。

鬼は倒れることなく、跳ね上がった頭部をゆっくりと戻して、僕とニコナを睨みつけた。ダメージはさほどないというのか。

己の強さを誇示するように両手を大きく上方に構え、吠える。空気が振動する。


 そこに立っているものは人間ではない。まさしく鬼だ。

僕が知っている鬼は虎のパンツを履いていたが、やつははち切れんばかりにパンパンになったバミューダショーツを履いている。それが辛うじてやつが「元人間」だったことの名残だった。

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